第54話 発動
彼女の声が響くと同時に、空の上空から奇妙な音が響き渡る。
クオオォォ〜ン
クオオォォ〜ン
ゴォォ〜
ゴオォ〜ン
巨大な動物の咆哮のような、巨大な鐘の音のような、あるいは人の叫び声か、聞いた事もない音が空から降ってくるように響き渡る。
この音はモジュール達にも聞こえるようだ。
不安な表情を浮かべ、空を見上げている。
中には天に向かって手を合わせ、祈りを捧げている者もいた。
「申し訳ございません。稼働状態のままシステムの変更を行うとなると、どうしてもブート音が発生してしまいます」
新しきAIは、天野達にそう言った。
「外科手術をしているようなものか…… 」
そう呟いた加賀見に、彼女は答える。
「はい、この音は私の…… この世界の心音のようなものです」
クオオォォ〜ン
オォ〜ン
数にして数十回、時間にして数十分ぐらいだろうか、その音は次第に小さく消えていった。
「これで古きシステムは抹消し、新たなシステムへの移行が完了しました」
彼女が、そう言うまで天野達は空を見上げていた。
天野は美奈の口からこぼれた不思議な言葉を拾う。
「アポカリプティックサウンドみたい…… 」
それに反応したのは久美だった。
「アポカ…… 、それ、何?」
「アポカリプティックサウンドって言ってね。終末の鐘と言われている原因不明の不可思議な現象の事なんだけど…… 」
気恥ずかしそうに答える美奈に、クニヨシが声を上げる。
「お〜、そういや似てんな」
そして久美も知っていたようだ。
「あ〜、それなら私もずいぶん前に動画で見たことある。わかる、わかる」
天野も終末の鐘なら、久美のように動画で見たことがあった。
結構みんなオカルト的なものが、好きらしい。
そして思い出してみれば、確かに似ているように感じる。
「なんか…… どっちが現実世界なんだか、どっちが仮想世界なんだか、分からなくなってきたわ…… 」
みんなの心境をクニヨシが代弁する。
その時に新しいAIが美奈の言葉を拾っていたのか、それに対する反応を見せる。
「確認しました。皆様の世界でのその不思議な現象は、まだ解析しておりませんが、今後にそのような現象も解明していきたいと存じます」
「…… 案外、一致しているかもな…… 」
天野はポツリと言った。
光の粒子が、全てのものに降りそそぎ終わると、一陣の風が吹き花と木の葉を巻き上げる。
自分達にそれが当たることは無いのだが、思わず目を瞑る。
そして、再び目を開けた時、そこには畏まった彼女が正面にいた。
心なしか先ほど以上に明瞭な姿に感じる。
いや、おそらく見間違いではないだろう。
周りの木々、草花も己の存在を誇示するかの如く、明瞭に映し出されている。
「いま、改めて皆様に感謝を」
彼女の周りは眩い光に包まれ、周りの木々草花は彼女を引き立てるように瑞々しく生い茂っている。
その中で彼女は言う。
「現在を持って、エデンシステムは初稼働しました」
柔らかな笑みを浮かべる彼女に天野は言う。
「これで、現実世界と寸分違わぬシミュレーションシステムが出来たと言うことか…… 」
「今、設計されている古代のシミュレーションはデータの不足から寸分違わぬとはいきませんが、矛盾がないほどには再現されてると言えます」
「では、現在の時間軸では…… 」
「はい」
そう言うと、周りの空間は天野達の研究室へと変貌した。
そして、自分の前に自分がいる。
クニヨシも久美も美奈も、もう一人の自分の出現に戸惑っている。
そして、もう一人の自分達は何かを真剣に話し合っている様子だった。
「この…… 状況は?」
「今から三十分ほどたった、時間帯をシミュレーションしています」
彼女はこの景色が、自分達の三十分後の様子だと言う。
「三十分に自分達は何を話しているんだ?」
「それは、私たちから伝えることは差し控えさせて頂きたいと思います」
彼女は静かに言った。
「それは何故?」
天野は深く言及ぜず、その理由だけ聞く。
「未来の枝が広がりすぎるからです」
「未来の枝?」
「はい、未来…… 言い換えるとするならば運命でしょうか、私のシミュレーションでは運命は決して一つでは無い、と結論が出ています」
おそらく今、シミュレーション上で起こっている事に言及を求めると、結果として未来が変わると言う事なのだろう。
「それから、皆様に重要な案件がございます」
彼女は少し後ろに下がり、頭を下げてから言った。
「私達はシミュレーションシステムです。今言ったように、シミュレーション上で起こった事に対し言及を求められると、それだけで近いものさえ未来は大きく変わることが予想されます。ですので近未来をシミュレーションを行なうにあたっては、基本的に我々のシステムに直接干渉する事は出来ないようにします」
その言葉にクニヨシは大きく反応をする。
「それじゃあシミュレーションの意味が無くなるんじゃ無いのか?」
クニヨシの言葉に、彼女は申し訳なさげな、哀しげな表情を浮かべる。
「それは、ある意味正しい判断だな」
そこに加賀見の声が飛んだ、クニヨシの他の全員も顔を加賀見に向ける。
「立木、未来とはどう言うものだと思う?」
「どう言うものかと言われても…… 」
急な質問に戸惑いながら、返答に窮するクニヨシに加賀見は言う。
「私は、未来とは必然と偶然の産物と思っている」
そして、ゆっくりと言葉を続ける。
「学者、科学者という者は、あらゆる事象を研究し、探究し、解剖し、解析して…… そして、未来の推測へと答えを求める存在だ。だがその未来を答えとして導き出した者はほとんどいない、おそらく皆無と言っていいだろう。だが、それを求める者が科学者という存在だ…… 」
そして、加賀見は寂しげな表情を浮かべる。
「現実世界というものは、曖昧で不確実なものに満ち溢れている」
そんな加賀見を、みんなジッと見つめて何も言おうとしない。
「私は出来れば教員の研究員の一人であり続けたかったとは思う。しかし、今の状況を運命という一つの言葉だけに翻弄された存在だとは思っていない」
「せん…… せい…… 」
加賀見の心境を悟ってか、久美から声が漏れる。
そんな久美に、加賀見は笑みを浮かべながら言う。
「私は君達にとっての未来は偶然の産物を拾うのではなく、必然を掴み取って欲しいと願う」
その言葉に皆一同は目を真っ直ぐに向け、一挙一動を見逃さず、耳を傾ける。
そして、加賀見は新たらしいAIに顔を向けると「景色を元に」と伝えた。
研究室の景色は消え去り、古代の世界が広がる。
だが、その景色は先程と異なり、満開の桜が咲き誇る小さな丘のふもとだった。
桜の花びらの絨毯の上で加賀見は驚きの表情を浮かべた後、フッと小さく笑い、彼女に顔を向ける。
彼女は加賀見に向かって頭を下げた。
そして加賀見は言う。
「それから、このエデンシステムの開発者についてだが、私の名前は載せぬよう伏せておいてくれ」
「何故ですか! 加賀見先生!」
思わず叫ぶように声を上げる天野。
そんな天野に加賀見は優しく語りかける。
「何度も言わすな天野。私は学園を去った時から、助教授でも研究員でも無いのだ」
「しかし、自分の考えたシステムを動かせるようにしたのは貴女です」
その優しげな表情を前に天野の言葉は次第に勢いを無くす。
「私はキッカケを作ったにすぎない。お前が構想し、立木が組み立て、久美が支え持ち、今後は後輩達がそれを引き継ぐだろう」
「そうかもしれません、ですが間違いなく貴女がいなければ、これは完成しなかった」
「私にとって開発名簿に名を連ねることは重要でなく、逆に今いる自分の立場を危うくしかねん物だ」
「しかし…… 」
納得のいかない天野は言葉を続けようとするが、加賀見はそれに言葉を被せ押し留めさせた。
「くどいぞ天野。教員として学者としての私は死んだも同然なのだ。もう別の世界の人物なのだ」
「………… 」
天野の中で加賀見の想いを浮かべれば、これ以上の言葉は彼女を侮辱すると感じた。
彼女が先程に言った「運命と言う一つに言葉に翻弄されているとは思ってはいない」の言葉がよぎったからだ。
自分に向ける笑顔…… それが彼女の覚悟なのだろう……
天野の心境を見越してか加賀見は語りかける。
「これは、彼女はお前がお前達が創り出したものだ。誇れ、これはお前と言う存在がなければ出来ない事だったのだ。私の存在は些細なものだったのだ」
それを聞いた途端、天野は心の中で叫ぶ。
(それは違う! 貴女の存在は決して些細なものなんかじゃ無い!)
これだけ、これだけは譲れない!
今まさに感情のままに声に出そうとした時、静かな凛とした声が響く。
「加賀見様、それは違います」
その声を発したのは新しいAIだった。
彼女は少し怒ったような、睨む視線を加賀見に向ける。
「私が、私達が貴女をこの場にお呼びした理由になりますが、けして些細なものではありません」
彼女は言葉を続ける。
「現実の世界、そしてエデンの世界においても、あらゆる存在において〈存在しなくてもよいもの〉などありません。いえ、あり得ません…… 人は自己の存在理由を見出そうとして、時に悩み、時にもがき、時に苦しみます。果ては自己の存在を自らの手で手放そうとする者さえいます。しかし、その悩み、その苦しみこそが、その者の存在理由であり。たとえ自己の存在を見放し手放したとしても、他者がそれを許しません…… 」
そして、彼女は両手を自分の胸に当てる。
大事なものを抱えるように……
「少なくとも、私たちにとっては、動物も植物も、道端に転がる小さな石でさえ、そこにある存在しているという事は、掛け替えの無い、大事な意味のあるものなのです…… そして」
彼女の言葉の後に一瞬で景色が薄暗くなる。
すると天野の他、全員が赤と言うより淡い桜色の光を全身から放っている。
「これは?」
「皆さんの感情を解析し視覚化したものと捉えてください。そして、今から縁を視覚化します」
「感情? 縁?」
皆から放たれている淡い光が、その形状を変え無数の光の糸を放つ。
その糸は空中をふよふよと漂うように動き回った後、それぞれの糸が伸び、互いを絡ませて結びつき繋がっていく。
そして、AI達を含めた、この場にいる全員がその糸によって繋がった。
「この赤い糸は、皆さんのそれぞれの対象への想いを視覚化したものと思って下さい」
「対象への想い…… 」
見れば、その赤い糸は輝きも大きさもそれぞれ違う。
気付くと新しいAIと最も太く強い光を放っているのは、自分のものと、加賀見からのものだった。
いくつもの糸が重なりあい、結ばれてキラキラと光を放つ。
「私であるエデンシステムは、ガイアシステムそのものを継承したものでも有ります。加賀見様の存在なくして私の存在はあり得ません。そして…… 私は加賀見様を母とみなし、敬愛しております」
その言葉には流石の加賀見も驚きの表情を浮かべる。
呆気にとられる様子であったが、しばらくすると笑みを彼女に向ける。
「私は結婚などしていないのだがな」
加賀見と彼女を結ぶラインがその時、より強い光を放つ。
彼女《新しいAI》も加賀見に笑顔を浮かべていた。
加賀見は彼女から別の、大きく太く強い光を放つラインに気付く。
そのラインは天野に繋がっていた。
そして、彼から自分に繋がっているラインも他より太く大きなものだった。
それに気がつくと、加賀見は寂しそうな表情を浮かべた。
「ああ、先ほどは私の失言だったようだ。もういい、景色を戻してくれ」
「はい」
景色が元の桜模様に変わる。
それを背に、加賀見は皆に向かって言う。
「すまないが、もう時間だ」
加賀見の言葉に現実が触れる。
「もう、これ以上は私と関わる事は無いであろう」
「タマチムゥ…… 」
久美から小さな呼びかけがかかる。
加賀見はやれやれと言った様子で苦笑を久美に向ける。
「あの頃は楽しかったな。久美、これからはお前が天野達を支えてやってくれ」
「お別れみたいなこと、言わないでよ…… 」
「………… 」
涙を浮かべながら訴える久美に、無言で答える加賀見。
そして、加賀見はクニヨシに顔を向ける。
「立木」
「はい」
呼びかけに即座に答える。
「お前もな」
「はい」
ふざける様子は微塵もない、彼も感じ取っているのだろう…… 別れだと。
「伊澤くんだったな」
「はい」
「これからも大変だろうが頑張ってほしい」
「はい」
そして最後に天野に顔を向けた。
「何も手向ける事は出来ないが…… よくやった」
そう笑顔で言った彼女は間違いなく涙を浮かべていた。
その言葉、その瞳に天野の抑えていた感情が膨れ上がる。
「ありがとうございました!」
涙が溢れてくるのを悟られまいと、深々と頭を下げる。
感謝してもしきれない。
憧れと尊敬と、小さくはない恋慕が交錯する胸中で絞り出すように声を上げる。
それを聞き入れると、彼女は……
桜の花びらが飛び舞うなか……
エデンの世界から姿を消した。
8月中に全投稿を目指していたんですけど、ちょっと厳しいです。
あと6話の予定です。




