第53話 新たなる世界
天野の後を追った三人が研究室に辿り着いた時には、天野はすでにガイア世界に入っていた。
VRメガネをかけパソコンの前に座る天野を前に、クニヨシがぼやく。
「ったく、せわしいやっちゃぁ〜」
そうは言いながらも、自分達もガイアに入る準備をする。
クニヨシは自分の使用しているパソコンに座り、久美と美奈は振り袖であるので、立ったままVRメガネを装着する。
「うっし、天野入るぞ〜」
クニヨシの声に天野の返事は無い。
天野の様子に苦笑の表情を浮かべながら、メガネを装着しスイッチを押した。
メガネのLEDランプが、グリーンに変わる。
〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜
クニヨシ、久美、美奈の三人がガイア世界に降りた場所は、モジュール達が生活する村の見える草原の中だった。
「あれ?」
久美が疑問の声を上げる。
「お? 何だ、ツナギ着てないのに」
三人が最初に気付いた違和感。
通常、センサーを内蔵した研究室用のツナギを着用していないと、VRメガネだけを使用した場合は人物像としてガイア内で表示されない。
だが、どう言う訳か三人とも今着ている服装のままガイアに降り立っている。
それを疑問に思いつつも、視界に入った人影に顔を向ける。
視界には四つの人影を捉えていた。
一人は、天野。
彼もツナギは着ていないのに、着ている服装の姿でいる。
そして彼の目の前に、タカミ……
タカミは姿はそのままだが、背後に淡い光を放つ大きな円環を背負い、キラキラと黄金の粒子を放つ。
そしてカムス。
カムスは中性的な面立ちがより女性的になり、タカミ同様に黄金の円環を背負っているが、その形状は異なり、小さな円環が幾つも重なり合って、曼荼羅のような模様を描く。
アシカビ。
アシカビは、円環の中に立ち、その円環からはユラユラと光り輝く草葉がゆっくりとなびき回っている。
「天野!」
クニヨシが呼びかける。
「おい、どうなっているんだよ」
「…… クニヨシ」
天野は呆けた表情を浮かべて、クニヨシの名を呼んだだけだった。
タカミの声がする。
「この度、私たちは新たなシステムを構築し、ガイア世界をより一層マスター達の住む世界と同一性を持たせる事となりました」
そしてカムスが言う。
「皆様の姿は、パソコン及び学園に設置されたカメラによって映像を取り込んで擬似的に再現しています」
その言葉にクニヨシは少し身を引かせる。
「ハックしてんのかよ…… 」
「いえ、その権限は皆様にあります。これは天野様の許可を得て、行っております」
クニヨシは顔を天野の方へ向ける。
天野はクニヨシが自分に顔を向けた理由を言葉にする。
「ネット上での攻撃の防衛方法の他に、何か防衛手段があるのかと聞いたんだ。そしたら、許可を得られればウェブカメラの情報から対抗策を取れると聞いて、学園内の監視システムを利用して見せてくれと…… 」
「それを元に、俺たちの姿を取り込み、ガイアで反映させたと言う訳か」
「はい」
カムスの静かな返事に言葉を失う。
クニヨシは恐れの眼差しを奥に潜め三体のAIを見つめていたが、ふと視線を久美と美奈に向ける。
現実の世界と変わらぬ二人の姿……
衣装柄だけでなく、糸の一本一本までが、完全なまでに再現されているようにしか見えない。
「お二人とも、お綺麗ですわ」
クニヨシの思案の中、カムスは久美と美奈へ賛辞の言葉を送る。
「久美さま、素晴らしい。これは藍染ですね? 美奈さまの花飾りも素晴らしく似合っておりますわ」
カムスは目をキラキラさせながら、思うところを二人に話しかける。
その様子を見てクニヨシは諦め混じりの笑みを浮かべると、吐き捨てるように言う。
「ハッ、それでこれからガイア……いやエデンをどうするつもりだ?」
その言葉にはアシカビが声を上げた。
「これからエデンシステムは順次、現実世界の事象を解析し、必要ならば新たなシステムを構築・稼働させて、より一層現実世界との同一性を持たせる事になるよ」
アシカビは以前の幼女姿ではあるが、どこか神々しさを感じさせる。
「ああ…… そうか…… 」
クニヨシは諦めとも決心とも言えぬ顔で、アシカビを見つめながら、言った。
そして、それまで何も喋らなかったタカミがうっすらと目を開け、微笑みながら天野に向かって声を出す。
「その同一性を得るため、新しいシステム…… いえ、仲間が出来ました」
「仲間?」
「はい」
タカミの円環から眩い光が放たれる。
カムスから、そしてアシカビからも……
その光の強さに、天野達四人は目を覆う。
その光がやや弱まると、ようやく目を開くことが出来た。
そして、天野達の目の前には大きな光の球が現れていた。
まるで地上に降りた、眩い太陽のように。
その光の球から、人物像が浮かび上がってくる。
女性のようなシルエットから、次第にその輪郭がはっきりと映し出される。
そして、それを前に天野と美奈は目を見張った。
「お姉ちゃん…… 」
美奈の言葉が漏れる。
現れた人物は、伊澤美奈の姉である伊澤照美と瓜二つだった。
「申し訳ございませんが、このAIのイメージとして美奈様の作品である『太陽神』から姿をお借りしました」
そう、そして以前見た文化祭での美奈の作品『太陽神』とも非常に似ている。
髪の色など細かに見れば、違うところもある。
だがその『存在』は、紛れもなく『照美姉さん』だった。
そして、そのAIは天野と美奈の前にフワリと降り立つ。
「はじめまして、『エデン演算同立量子システム』と申します」
「『同立量子システム』?」
聞き慣れない名称に戸惑う。
「はい、私は既存の量子コンピューター『天』と同立システムで、エデン内で創られた量子コンピューターシステムです」
「なっ⁉︎ 」
「バカなっ! 『天』では同立のシステムは存在できないはずだ!」
天野の驚きに、クニヨシの言葉が重なる。
「はい、私は同立の別のシステムと言う訳ではありません。エデンシステムに特化した『天』そのものなのです」
「「!!」」
「そしてその働きは、現実世界の事象とエデン世界の事象とを矛盾なく、完璧にまで一致させるための存在です。いわば私は『世界の鏡』…… 『天』が解析する現実世界とエデンの世界を相互に照らし合わせる。『天』にて世界を『相照らす』存在です」
その存在は、ゆっくりと語る。
「それから二つのアシストシステムを紹介します」
そう言うと、二つの人影が彼女を挟む形で現れる。
それはまさしく影だった、顔形がぼんやりとして見えない。
一つはスラリとした体系だが丸みを帯びていない。
もう一体はがっしりとした男性に見える。
彼女はまずスラリとした体型の影の方に身体を向ける。
「これは、予測システムの一つですが、人の裏の行動原理を司ります」
「裏?」
「はい、簡単な例でたとえると、仕事という働きに対して好きで行う人物と、嫌々ながらで行う人物とでは、初めは同じ行動を行っていても、いずれ行動に変化が現れてきます。そのような因子を解析し反映させます。私が表であるのに対して、彼は裏となる存在です」
そして次に、がっしりとした体型の影に向かう。
「そしてもう一つの彼は調整システムの一つです。先ほどの予測システムに導かれた結果と現実に起こった結果というものは、多岐にわたり結びつかないケースが発生します。それを半ば強制的に現実世界での現象へと結びつけ、導くためのシステムです」
「それでは作為的なものとなってシミュレーションとは言えなくなるんじゃ無いのか?」
「はい、その懸念が発生しないよう違和感なく行う事を目的としていますが、現段階では難しく、検証と解析が必要で順次このシステムは更新します。現実世界で起こった事とエデンでの予測の差と言うものは、例えるならば荒海の海面であり荒れ狂った波です。その波の境界を創造主様に見せているような物なのですが、その波を治める為のシステムと言えます」
そして彼女は跪き深々と頭を下げた。
「創造主様、今後よろしくお願いします」
その言葉に全員が目を見張る。
「ななな、何だよ! それ!」
「はい、創造主様達から見たエデン世界は、シミュレーションでしか無いかもしれませんが、私たちエデンシステムとエデン世界に住む人間にとっては紛れもない『現実』です。それをふまえ。お願いがございます」
言葉が出ない……
クニヨシから出た「ハックしてんのかよ」の言葉がよぎる。
どんな〈お願い〉なのか予測もつかない、〈危険なものでは無いのか〉と言った判断もつきそうにない。
「あなた達は…… どうしたいの?」
そう言ったのは久美だった。
彼女はジッとAI達を見ている。
「私達の『存在』を認めてください。創造主様がエデンシステムを〈いらない〉と言えば、それだけで私達はその存在意義を失います。…… いま、創造主様が描いておられる懸念も確かに存在します。しかし、私達は創造主様達に対して敬意と尊厳を持って応えます」
いま、天野が頭に思う懸念を彼らは予測していると言う。
戦慄といったものが天野の身体に巡る。
絞り出した答え「考えさせてくれ」を口にしようとした時、別から声が上がった。
「いいぜ、俺は存在を認める」
「私も認める」
声を出したのは、クニヨシと久美だった。
天野は耳を疑い二人に向かって叫んだ。
「クニヨシ! これはシンギュラリティー問題だぞ!」
シンギュラリティー…… 技術的特異点と表記される。これは人類より高度な知性・知能が発現し、その結果その存在が人類をコントロール、つまり支配するような問題を含む。
AIの研究に携わる者は、必ずと言っていいほど議題に上がる懸念事項だ。
天野の態度も当たり前と言える。
だが、そんな天野に対してクニヨシは言う。
「前にな、タカミからアイデンティティーの言葉を聞いてから考えてた事だ」
「私も、あの時の頃からずっと考えてた」
久美の言う〈あの頃〉とは、天野と美奈が研究室で出会った時、彼女自身の口から〈自我〉の言葉が出た時の事を言った。
そして、言葉を重ねる。
「タカミと…… タカミの創りあげたものなら、大丈夫と思う」
天野にとって二人の回答は回答になっていない。
その答えに焦り、呼び掛けようとする。
「二人ともちょっと待っ…… 」
「私も認めるぞ」
突然響いた声に天野の言葉は行方を失う。
思わず美奈の方に顔を向けるが、「私は言っていない」と顔を横に降っている。
「もう一度言おう。私は認める」
聞き慣れた、どこか懐かしい声。
天野は声のした方へ顔を向けた。
そこには助教授時代の変わらぬ人物があった。
「せん…… せい…… 」
「呆けるな天野。私は何度も学園の者ではない、と言っているだろう」
加賀見玉緒、彼女は少し怒ったように天野に向かって言った。
それに対して天野は慌てて返事を返す。
「は、はい! でも何でここに…… それに姿が…… 」
天野の言葉に加賀見が気付く、彼女の姿は髪型から衣装まで学園での時の姿だった。
「ふむ、これは?」
加賀見の疑問に、新しいAIが答える。
「申し訳ございません。加賀見様の現在のお姿を取り入れる事となると…… 」
「ああ、なるほど。発覚すればウチと揉めるからな、いい判断だ」
現在、加賀見は防衛省の人間であり、その立場から情報の漏洩は厳禁である。
発覚すればシンギュラリティー問題を含め社会問題にもなりかねない。
加賀見は天野に顔を向ける。
「アシカビから重大な用件があると聞いてな、律儀にもたまたま空いた時間に連絡が来た」
天野はチラリとアシカビに目を向けると、アシカビは鳴りもしない口笛を吹く素振りをする。
質問が飛ぶ。
「認めぬ理由があるのか? 二人とも」
(認めぬ理由と言っても…… )
天野は思う。
加賀見先生が、このAIの存在を認めると言った発言をしたのは確かだ。
でも、その判断した理由が浮かばない、頭がこんがらがる、何をどう判断したら良いのだろう……
「え! 私も?」
半分パニックになっている天野の横で、美奈が声を出す。
美奈は研究室に入って間もなく、本人としてはガイア、エデンの研究を引き継ぐ気持ちはあるが、今の時点で開発者を名乗るつもりは無かった。
「はい、ここにいる全員の認可が必要であると判断します。理由を申しますと…… 」
美奈の疑問に答えたのは新しいAIだった。
そして、言葉を続ける。
「美奈様の過去、心にある絶望と悲しみがあったからこそ、今の私は存在します…… 申し訳ありません、私達自身の存在を解析するにあたって。一つのシミュレーションを行っております。私のこの姿の持ち主……伊澤照美様が、もし事故に遭われずご存命であるとした時、私達の存在確率は0.002%を切ります。私達と似たような存在が発生するのは約七十年後の海外で発生し、その確率は46%を示しました。私達は伊澤照美様という存在が過去にあり、その存在を失った伊澤美奈様の存在を持って〈ここにいる〉と断言できます」
そのAIは照美姉さんの姿で優しげに語る。
天野の目には、転んだ美奈に照美姉さんが手を差し伸べる、そんな昔の情景を思い出し映していた。
「ですので、私が私であるためには、誇りを持ってこの姿であろうと思います」
「お姉ちゃん…… 」
美奈は目に涙を溜め呟いた。
「はい、美奈様のお姉さまはとても優しい方でした」
美奈は溜めた涙を零しながら、泣き堪えながら言う。
「わた…… わたしは…… 認める…… あなたの存在を…… 」
「…… はい」
美奈をあやすように、見守るように佇むAIを見て、天野は何かを〈理解〉したように感じる。
これは…… 何のだろう…… 自分は今…… 安堵している? ……
天野は自分と同じように美奈の方を見ていた久美に気付く、彼女もまた目に涙を浮かべていた。
「ああ…… そうか…… 」
説明は出来ない。
けど、理解したように感じる。
それが天野の口から呟きと共に現れた。
その言葉を拾った加賀見が、口元に笑みを浮かべながら彼に言う。
「他者への思いやり、配慮、優しさを持った人工知能など存在しない。お前が創造だした彼女が持っているものは〈高度な知能〉や〈優れた知性〉と言った、言葉で言い表せれるものではない」
「はい」
返事と共に天野の覚悟は決まった。
「認める」
ただ一言。
加賀見と並んで天野は、ただ一言だけ彼女に言う。
彼女は、美奈のいる位置から天野と加賀見の前まで少し近付き向きあうと、双方を見つめる。
「最大の感謝を…… 」
そう言って、天野と加賀見に一度ずつ深々と頭を垂れた。
そして手を合わせる。
パンッ! パシュッ
パンッ! パシュッ
彼女が柏手を打つと、彼女の二つのシステムは光の粒子となって弾けるように霧散する。
「これより、エデンシステムは新しいシステムに移行します」
そう告げると、彼女はもう一度、天野と加賀見に向かい一礼した。
霧散した光の粒子は、絡み合い、膨らみ、天高くまで立ち昇る。
そしてそれは、流星のようにあらゆるものに降り注ぐ。
木に草に、水に石に、虫に動物にそして人に……
その粒子に当てられたものは、気付く事もなく、見えてもいないようだ。
「エデンシステム、アップデートを開始します」
彼女は静かに言葉を発動させた。




