第52話 初詣
正月の元旦は寝正月という大変有意義な時間を過ごした天野。
三日目となる今日も、二時間ほど前までは惰眠を貪っていた。
タカミとカムスがどうなっているのか気にはなるが、状況を知る術はなくスマートフォをチラリと見るくらいであったのだが、昨日来たメールで今現在、彼は学園の正面玄関の前に立っている。
「明日のお昼に学園玄関前ね」
それが来たメールの内容だった。
差出人は久美である。
寝ぼけ眼でそれを見たとき、何も考えずに「なんで?」とメールを返すと、即座に返信が来る。
「何って、初詣に行くって約束したじゃない(怒)」
そういう事で、彼は学園に戻ってきたというわけだ。
腕時計を見ると午前10:00を過ぎたところ、待ち合わせの時間まで、まだ大分ある。
天野は足の向きを変えると、研究室の方に歩いて行った。
ガチャッ
研究室の扉を開き中に入る。
もちろん誰もいない。
天野はコートを机の上に無造作に置くと、パソコンを立ち上げ始めた。
「やっぱり、まだのようだな」
システム一覧表示の中でタカミとカムス、それと幾つかのシステムが解析中、もしくはロード中と表示されている。
小さなため息の後、ガイアの様子でも見ようと思い〈ガイアライブ〉と書かれたファイルをクリックする。
数秒後、ディスプレイに映し出された映像を見て、彼はギョッとした表情を浮かべる事となった。
薄暗い、夜明け前だろうか、モジュール…… 村人たち全員が天野に向かって平伏していた。
そして一番前列の老婆が、束ねられた稲穂を両手で上げたり下げたりとしながら、何かを訴えてくる。
「な、何なん…… 」
暫く、固まった表情でそれを見ていたが、どうやら自分に向けて平伏しているわけではない事に気付いた。
天野はコンソールを操作して、視点の位置を変える。
そして、彼は理解した。
彼らは祈りを捧げている。
立ち昇らんとする、太陽に向かって。
(よっぽど重要な儀式のようだな)
老婆は何度も何度も同じ動作を繰り返す。
その時、村人たちは静かに平伏したままだ。
やがて太陽が昇っていき、村人たちの姿が鮮明になっていく。
先ほどまで気付かなかったが、平伏せずに座っている村人が数名いる、いずれも女性だ。
老婆の動きが止まり、稲穂を石の皿の上に置くと、村人の方に身体を向ける。
それと同時に村人は平伏を止め、同時に座っていた女性の一人がスッと立ち上がった。
女性は老婆に近付き、胸元の包みのようなものを手渡す。
それは赤ん坊だった。
老婆は赤ん坊を受け取ると、稲穂の時と同じように掲げる。
「ま、まさか生贄とかないよな」
老婆は、泣き叫ぶ赤ん坊を上げたり下げたりしながら、何か呪文でも唱えているのか口をパクパクさせる。
そして暫くしたら、赤ん坊は母親らしき女性に返された。
その様子にホッとする。
「洗礼のようなものかな?」
太陽を背に映し出されるこの光景を、天野はどこか幻想的に感じ取っていた。
やがて村人たちが散り散りに離れていく中、天野はディスプレイの端に小さく表示されている時計が目に入る。
時刻はAM11:30を過ぎていた。
「っと、そろそろ行くか…… 」
担架のような物の上で正座して運ばれていく老婆の姿を最後に、天野はシステムを閉じた。
〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜
ホットの缶コーヒーを片手に、学園の正面玄関前で風を避けるようにたたずむ。
けれど今日は天気が良い、快晴と言っても良いくらいだ。
そこに聞き慣れた声が響く。
「天野君、おはよー」
「ああ、おはよ…… 」
振り向きざまに出しかけた声が止まる。
そこには振り袖姿の久美と美奈の姿があった。
久美のそれは藍色を基調としており、複数の流線ラインに金糸、銀糸が散りばめられた花が咲いていて、天の川を連想させる。
髪を結い上げ、銀の髪飾りがひときわ映える。
美奈の方は桃色を基調とし、多種多様な花と花弁が舞う中を、それらを乗せた川が流れているデザインだ。
小さな花を集めたような髪飾りが、可愛らしさを引き立てていた。
「明けまして、おめでとう」
「先輩、明けましておめでとうございます」
二人揃って、新年の挨拶を天野に向ける。
「あっ、明けまして、お、おめでとう」
妙に焦った感じで挨拶を返す天野に、久美はニッコリ微笑みを返しながら言う。
「ん? それだけかな?」
ハッキリ言えば、二人とも普段とは見違えるほどに美しい。
だが、綺麗とか美しいだけの言葉ではどこか陳腐なものに感じ、何よりも気恥ずかしい。
結局、天野の口から出た言葉は、さらに陳腐なものだった。
「成人式で着たやつか?」
うわずった声での天野の言葉は、笑顔のままの久美に青筋を立てさせ、美奈もガッカリとした苦笑の表情を浮かべさせた。
「天野君…… 」
久美が何かを言おうとした時に、別の声が上がる。
「ういーっす。おーなんだ、二人とも珍しいカッコしてんなぁ〜」
クニヨシの登場である。
「アンタたち…… 」
そんな男達に向かって久美は吠えた。
「デリカシーってもんを持ってんの!」
振り袖姿で怒鳴る久美に、通行人の視線が集まる。
「いやいや、二人とも綺麗だよ」
慌ててその場を取り繕うとする天野。
そして合わせるようにクニヨシの言葉が入る。
「いやいや、ほんとほんと。二人並ぶと本当の姉妹のよう…… っと」
その発言しかけた言葉に、一瞬空気が止まる。
美奈の事を思ったのだ。
だが、美奈はすぐにそれを察知して、言葉を返した。
「うん、いいの。お姉ちゃんんも喜んでくれていると思うから」
久美はクニヨシに近付き、耳打ちするように話す。
「ちょっと、後輩に気を使わせないでよ」
「んなこと言ったって、お前が怒るから…… 」
「怒るような事を言う、あなた達のせいでしょ!」
天野が止めに入る。
「まあまあ、正月早々、揉めるのも何だし…… 」
「だから、原因はあなた達だって! ほら、言うことあるでしょう!」
そこまで言うと、久美は美奈に「ごめんね」と言いながら近付き、二人並ぶ。
そして、天野とクニヨシに対して目で(ほらさっさと)と訴えた。
「「二人とも、大変お綺麗です」」
同じタイミング、同じ角度で頭を下げる二人に対して、久美は一言だけ返す。
「よろしい」
〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜
四人揃って、神社に向かう。
女性陣に合わせてゆっくりとだ。
ちょっと風はあるものの、快晴で清々しい。
神社に向かう道は人もまばらで、たまに久美と美奈に視線を送る人も見受けられた。
「しっかし、去年は色々あったなぁ〜」
おもむろにクニヨシが口を開く。
「そうよね、色々なことがあり過ぎたわ」
同意の言葉を久美も出す。
確かに色々あった。
卒論の内容変更からエデンの開発、そして加賀見先生のこと……
心なしに気が重くなる。
地面を見つめるようにして歩く天野を、クニヨシは横目でチラリと見る。
「そーいや、誰かさん夏には大分へこんでたしなぁ〜」
この言葉にハッとして言葉を投げかけた時。
「それは…… 」「それは…… 」
天野と久美の言葉がハモる。
お互い自分に向けられた言葉と思ったらしい。
そしてお互いが言葉を飲み込む。
クニヨシは二人に顔を向けることなく、ニヤニヤとした表情を浮かべながら言う。
「何にせよ、よかったじゃねぇか」
その言葉に憮然とした表情を浮かべる天野。
「何がだよ」
「そりゃぁ、卒業出来そうだかんな」
対するクニヨシは、天野の視線を気にすることもなく足を進めていく。
「エデンシステムはまだ完成してないぞ」
ムッとした表情で言い返す天野。
「後輩に引き継げばいいだろ?」
それはそうかも知れないが、天野としては納得はしていない。
だが、時間がないのも事実だ。
「そうですよ。先輩の後は私が引き継ぎます」
それまで、あまり話さなかった美奈が凛とした言葉で言う。
天野が顔を向けると、決意をにじませた美奈の表情がうかがえる。
学科の異なる美奈は専門分野で不備なところがある。
しかし、持ち前の感性の鋭さと集中力の高さ、それにAI達がいれば大丈夫だろうとは思う。
その肝心のAI達からの連絡はまだないが……
「ああ、そうなったら頼むよ美奈」
笑顔でそう言うと、美奈は少し顔を赤らめ小さく「はい」と返事した。
そしてそれを、気付かれまいとしてか声を上げる。
「あっ。鳥居が見えました」
こんもりとした木々の中に鳥居が姿を現す。
大きな神社でないが、立派な鳥居だ。
「はぁ、やっと着いた」
久美はちょっと息が上がっているようだ。
(振り袖を着るからだよ)
天野の頭にそんな言葉も浮かんだが、彼女の綺麗に化粧をした顔に疲れが見て取れると、そんな言葉は口から出せるものでは無い。
「もうちょっとだ。がんばろう」
「うん」
お互い笑みを交わすと、ゆっくりと鳥居に向かって行った。
先頭を行くクニヨシが急に足を止める
そして、鳥居の前で背筋を伸ばし一礼すると、スタスタと入手水舎まで行き、慣れた手つきで手水を取る。
その様子を三人はポカーンとした表情で見ていた。
「どうした? 行くぞ」
「あ、あぁ」
「道の真ん中は通るなよ。神様の道だかんな」
「…… 」
多くの日本人はそうだが、宗教というものにあまり関心はない。
クリスマスやハロウィンといった、海外の宗教にちなんだ行事を行うというか楽しむ事はしても、その行事である『祭り』が宗教的にどの様な意味を持つかを知っている人はほとんどいない。
天野もその様な人の中に入っている。
神社での作法も二礼二拍一礼くらい、と言うかそれだけしか知らなかった。
だからクニヨシの行動は不思議と新鮮なものに映る。
そんな天野の気配を察してかクニヨシは言う。
「じいちゃんが神主の家系でな。ガキの頃叩きこまれた」
「きゃっ」
そこに風が舞う、そこまで強い風では無いが、埃が目に入らない様にと目を閉じ顔を手で覆う。
「へぇ〜、歓迎してくれてるのかね?」
クニヨシの言葉が耳に入る。
「どう言うことだ?」
天野は何の事か分からず、クニヨシに聞く。
「お参りする時に雨が降ったり風が吹いたりと、急に天候が変わったりする時は神様が歓迎してるのさ」
当たり前のように答えるクニヨシ。
「神様を信じているんだな」
「信じる信じないってよりかは、〈いると思う〉程度だけどな」
そう言ってニッと笑うクニヨシ。
そんな彼を天野は不思議そうな顔で見ていた。
「もー、振り袖が汚れちゃう〜」
だが、女性陣には今の歓迎は不評のようである。
「あんまり不平不満を言うと罰当たるぞ〜。参拝しようぜ、っと先客がいるな」
見ると、御社の前に数人の参拝者がいる。
おそらく近くの会社の人達だろう、全員が神前に向かい頭を下げている。
太陽に向かい拝礼する老婆と村人達の姿が浮かぶ……
天野は先ほどのエデンの光景を思い出していた。
「終わったみたいね。行きましょ」
先の参拝者とすれ違う時にお互い軽く会釈する。
四人は並んで神前に立った。
パンッパンッ!
二礼二拍のあと、それぞれは手を合わせながら願をかける。
天野は三人よりも早く、一礼をすると御神体の方に目を向けていた。
丸い鏡のような御神体……
その天野の様子を久美は片目でチラリと見ていた。
〜〜〜・〜〜・〜〜〜・〜〜〜
参拝の帰り道、ちょうど鳥居をくぐろうとした時に久美は先ほどの事が気になり声をかけた。
「さっき、何をお願いしたの?」
その久美の質問に答えたのはクニヨシだった。
「おう、今年こそは年末宝くじが当たりますようにって。決まっているだろ」
「タッキーには聞いていないって」
久美は軽くあしらうと、天野に顔を向ける。
「いや、お願いというか…… 今朝な…… 」
それから、ガイアで起こっていた事を説明する。
「それで思ったんだ…… もし、自分たちのいるこの世界がガイアのように創られているとしたら。神様って自分達と変わらない存在なのかなって」
「変わらないってどういう事?」
天野はゆっくりと述べる。
「シミュレーションって文字通り模倣する事だろ。実際に起こった事をベースに今後起こりうる事を予測するためなんだけど。起こった事に対しては差異や誤差に対して修正をかけるけど、予測に関しては都合のいいようにデータをいじったりはしないだろ?」
「うん」
「だから、いまクニヨシが言ったように宝くじが当たるようには調整しない」
それに対してはクニヨシはムッとした表情をする。
「してくれてもいいんだが?」
「いや、クニヨシ。もし、ガイアに自分と同じ分身みたいな存在があるとして、宝くじが当たるように操作するか?」
「するに決まっているだろ?」
「けど、こっちの世界では当たっていない。向こうの世界では豪遊しているかも知れないけど、こっちでは…… 」
そこに久美が口を挟む。
「カップラーメン啜っているかもね」
事実、その可能性の方が遥かに高い。
「そんなの見たいか? 」
そこまで言うとクニヨシは悲しげな表情を浮かべる。
「まあ、当たった時に自分がどのような行動を起こすとか…… 」
また、久美が口を挟む。
「どのように身を滅ぼすとか…… 」
「ちったぁ! 夢見てもいいじゃねぇか!」
少し涙目でクニヨシは久美に向かって吠えた。
「きゃっ! 唾飛ばさないでよ」
正月早々、久美の突っ込みが激しいが、自分が言わんとした事は理解したようだ。
「だから思ったんだ。もしかしたらこの世界は神様の世界をシミュレートした世界かも知れないと」
そこに美奈が疑問を口にする。
「先輩、じゃあ神様は何でこの世界を創っているのかな?」
「それは、たぶん…… 」
ピッピッピッ!
天野のスマートフォンからけたたましい着信音が鳴る。
いつものメールや電話の着信音とは違う。
慌てて、スマートフォンを取り出し、画面を見る天野。
「出来た…… 」
タカミとカムスのシステムの更新が完了した事を伝えていた。
「悪い! ちょっと研究室に行ってくる!」
言うや否や、天野は走り出す。
「ちょっと!」
天野の背に久美は声をかけるが、耳に届いていない。
振り向きもせず彼は走り去って行った。
「もう、こっちは振り袖着ているのに!」
頬を膨らませ文句を言う久美。
他の二人は呆気に取られていたが、やがて笑い出す。
「はは、アイツだからしゃあないちゃあ、しゃあないけどな」
「私達も行きましょう」
美奈が嬉しそうに言う。
「もう、本当にデリカシー無いんだから。ごめんね美奈ちゃんゆっくり行きましょ」
「はい」
寒い時期の暖かな日差しの中、三人は駆けて行く天野の後をゆっくりと追いかけた。
次はちょっと長いので、投稿が明後日になるかもです。




