第51話 大晦日
学園の一角が見える壁際に、ゴミが置いてある。
かなりの量があるが、そのどれもがクリスマスがらみで出たゴミのようだ。
一台の清掃車が止まると、清掃員は白い息を吐きながら、手早くゴミを収集していく。
ゴミの収集が終わると、清掃員が運転者に声をかける。
「うぉーい、積んだぞ〜、次行ってくれ。寒〜」
走り去る清掃車、そして壁際のゴミはきれいに片付けられている、
ゴミの無くなった、その壁を覗くと、人の気配のない校庭が広がる。
その校庭の中にある建物、ほとんどの窓は暗く電灯が灯っていない。
ただ一室だけが、灯っているだけ。
その部屋には「AI研究室」の札が取り付けられている。
その部屋に掛けられた電子カレンダーは、十二月三十日を表している。
「まいったな…… 」
その部屋の中から声がする。
天野の声だ。
彼は明日が大晦日という日でも研究室に来ていた。
理由はタカミとカムスからの連絡だ。
あれから何も来ない。
ガイアシステムもエデンシステムも稼働はしているが、どのような状態であるか、どのような変化が起こっているかが分からないのである。
ピッピッピ!
「豊野久美さん、からの着信です」
胸ポケットのスマートフォンからタカミの声がする。
一瞬、タカミからの連絡かと思ったのだが、声の内容を聞く限り生活支援の方だ。
ため息混じりにスマートフォンを取り出すと、画面をタップしそれを耳に当てた。
「もしもし」
「あっ、天野くん、こんにちは。今日も研究室? 」
「ああ」
「ごめんね、家族がどうしても年末ぐらいは帰って来いって言って」
これについては特に問題は無かった。
久美がいてくれたら、確かに色々と助けにはなるのだが、問題なのは音沙汰のないAI達だ。
それに彼女の実家は天野と違って、県外のかなり遠い場所である。
家族となかなか会えない彼女にとっては、必要である事もわかる。
「ああ、こっちは大丈夫だ。それで?」
「いま美奈ちゃんと連絡取って話してたんだけど、私三日にはそっちに戻ろうとしているんだ。それで、その日にみんなで、学園近くの神社に初詣したいなぁと思って」
天野は下宿こそしているが、家は県内にあり明日に家に戻っても、二日か三日には戻って来ようかと考えていた。
タカミもカムスも連絡のない状態で、今のところ用事らしい用事もない。
天野自身、ここ数年初詣に行っていない事もあり、行くことに決めた。
「ああ、三日なら用事もないし問題ないよ」
「ほんと? やったぁ! じゃあ時間とか決まったら連絡するね」
「クニヨシへの連絡は?」
「私がメールしておくね」
「わかった。じゃあ」
「うん、またねーー」
ずいぶんと声が弾んでいたなと思いつつ、天野はスマートフォンを胸ポケットにしまった。
「今から家に帰るか…… 」
そう呟くと、ノートパソコンをカバンに詰め込み始める。
「タカミ、実家までの電車のチケットを取っておいてくれ。時間は16時30分ごろで」
カバンを肩に掛け、研究室のかけ時計に目をやり、そう呟く。
「わかりました。検索を開始します」
タカミの声を聞いて、天野は頭に浮かんだ事を、そのまま口にする。
「エデンシステムの進行状況を知りたい…… 」
「申し訳ございません。システム更新のため現在通信出来ません」
支援システムだけが使える事は分かっているんだが、声を聞くとどうしても期待してしまう。
ガックリした態度で部屋を出ると、天野はタカミに命令した。
「高木AI研究室ライトオフ、鍵もかけてくれ」
窓からの消灯と、扉からカチリとした音を確認すると、天野は研究室を後にした。
〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜
チラチラと雪の降る中、天野は二両編成の電車から降りると、マフラーをかけ直す。
小さな駅の改札口を出ると、そのまま天野は歩き出す。
周りはごく一般的な住宅街だ。
季節がら、すっかり日の暮れた暗い路地を、電柱に取り付けられている街灯を頼りに、トボトボと歩いていく。
一軒の平家の家の前にたどり着くと、インターホンの前に立ち「刀那」とだけ口にして、ドアに付いている小さなボタンを押した。
カシャン
鍵の開く音がすると、ドアノブに手をかけ、そのまま扉を開いた。
「ただいま」
玄関に入ると同時に、奥からパタパタとスリッパの音が近付いてくる。
「あら、刀那お帰りなさい。明日じゃなかったの?」
少し驚きながらも嬉しそうな母親が現れる。
「研究が年内は進まないと思って、早めに切り上げたよ」
玄関先で座り込み、靴紐を解きながら、その息子は答えた。
「大変ねぇ、晩ご飯は食べたの?」
「いや、まだ」
「それじゃあ、先にお風呂に入ってきなさい。準備するから」
「わかった」
「その前にお父さんに挨拶なさい」
「うん」
自分の部屋に身体を向きかけていたが、ちょと方向を変え居間の方に向かう。
扉を少し開け、顔を覗かせると、コタツに入りテレビを見ている父の姿が目に止まる。
「父さんただいま」
父親は少し慌てた様子で上体を起こすと、息子に顔を向ける。
「お、お帰り刀那、元気だったか」
「うん」
少し寝入っていたのだろう、その父親は息子を優しく迎え入れた。
(父さんも、歳をとったな…… )
白髪混じりの薄くなった頭髪に、派手な女物の半纏から覗く、しわくちゃな手。
「ゆっくり休みなさい」
「うん」
父さんはあまり喋る方でなく、それは自分も思っている、多分遺伝のせいだろう。
他者から見れば冷めたように見えるかもしれないが、だいたいいつもこんな感じで会話は終わる。
天野は扉を閉める前に、もう一度父親の方に目を向ける。
父親はゆっくりとコタツに入りなおし、身体を横にした。
〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜
タオルを掛け、肩から湯気を立ち昇らせたパジャマ替わりのスエット姿で、食卓の前に立つ天野。
目の前に、ご飯とお味噌汁、小鉢に筑前煮と紅白の蒲鉾とだし巻き玉子、メインディッシュの野菜炒めが並ぶ。
「ごめんねぇ、簡単なものしかなくって」
母さんはそう言うが、急に帰って来たのは自分の都合だったし、何より年末の忙しいこの時期だ。
小鉢のおかずは正月用の『おせち』だろう。
「いや、ご馳走だよ」
普段はコンビニ弁当やスーパーのお惣菜コーナーで済ませているので、久しぶりの母の手料理には顔がほころぶ。
ビールを取り出そうと、冷蔵庫に手をかける。
「ちゃんと野菜食べてる? 朝ごはんも食べてるの?」
「(主にコンビニだけど)食べてるよ」
どこにでもあるような、親元を離れて生活をしている、母親と息子の会話が交わされる。
息子はビールを手を取りテーブルに座ると、フタを開ける。
プシッ!
コトッ
開けて飲もうとした時に、コップが置かれる。
「はい、コップ」
「う…… ん」
普段の行いを探られている感じがして、どことなくいごごちの悪さを感じるが、息子は素直にコップにビールを注ぐ。
そして注ぎ終わると、一度手を離して、その手を合わした。
「いただきます」
「はい、どうぞ」
その様子を見て、母親は笑顔を浮かべるのであった。
〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜
食卓の上に、空になった皿が並ぶ。
「ご馳走様でした」
「はい、お粗末様でした」
食事を終え、満足げに椅子にもたれかかる息子に、父親は短く声を掛ける。
「どうだ、刀那。学校は」
息子は顔を向けると、先ほどまで横になっていた父親は身体の正面を息子に向けて座っている。
そんな父親に息子は軽く笑みを浮かべ答える。
「大丈夫だよ、父さん」
父親は「そうか」とだけ言う。
息子は席を立つと、父親に声を掛ける。
「お休み、父さん」
「ああ、おやすみ」
そう言うと、また父親はテレビの方に身体を向けて横になる。
そして息子は居間から静かに出て行った。
「ゆっくり休みなさい刀那。お父さんそのまま寝たら風邪引きますよ」
扉を閉める時、母親の言葉を聞くと同時に息子は大きなあくびをすると、自分の部屋に向かった。
〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜
大晦日の朝……
部屋に置かれているリモコンに付いているデジタル時計が7:00を表すと、自動でエアコンが動き出す。
布団から頭だけ出して寝る天野の髪の毛を、撫でるように風が通り抜ける。
それが目覚ましになったようだ。
布団の中で寝返りをしてしばらく止まっていたが、やがてモゾモゾとすると、布団に手が掛かり布団ごと上体を起こした。
寝ぼけ眼のまま、カーテンに手を掛け開く、ガラス越しの窓の外は雪が降っている。
「寒ッ!」
窓から漏れるわずかな冷気に、身を縮み込ませる身振りをすると、布団の上に被せられた半纏を羽織り部屋を出て行く。
「あら、おはよう」
「おはよう、母さん」
「もうちょっと、ゆっくり寝てても良かったのに」
「いや、十分休んだよ」
そこにもう一つの声が響いた。
にゃ〜お
声のする方向を見ると、台所の壁から一匹の三毛猫が顔を覗かせる。
子猫では無いが、まだ若い猫だ、首輪替わりにピンクのリボンと小さな鈴を付けている。
「スズちゃんもお腹空いたの? お兄ちゃんと一緒に食べようね」
言っている事が分かるのか、母の言葉を聞くとその場で壁に身体を当てて、擦りだす。
「猫飼ってたんだ…… 」
「そう言えば、言ってなかったかしら、もうすぐ一年になるわよ」
去年帰った時にはいなかったので、自分が学園に戻ってから、すぐ後に飼い始めたのだろう。
いま思えば、確か昨日の父親の寝るコタツのかけ布団に、このような色合いの毛玉が存在していた。
天野の目と猫の目が合わさった時、天野の脳裏に夏の情景がよぎる。
(松の木の上にカラスがいた事を知っているか?)
(もう一度いう、カラスはいたか?)
なぜ、いま思い出すのか? と驚きと共に頭を振る。
そんな天野の様子を、その猫は首を傾げて見ていた。
「シュレー何とかの猫から思い出したのかな?」
猫の仕草に顔を綻ばせると、小さく呟き猫に向かって身を屈ませる。
猫は片足を上げ、イカ耳の威嚇のポーズをするが、逃げ出しはしない。
天野は指をそぉ〜と近付けると、猫はクンクンとその指を嗅ぎだした。
すると、ちょっと顔を離して、焦点の合ってない目で、口を半開きにした表情を見せる。
「フレーメン反応なんかするなよ」
その様子に母親もクスクスと笑う。
「朝ご飯の準備するわね。手と顔を洗ってらっしゃい」
「はーい」
この日の天野は猫と一緒に朝ご飯を食べ、昼に父親の障子の張り替えを手伝い、夜に年越し蕎麦を食べるという。
昔ながらの、どこにでもある情景の中にあった。
何故かフレーメン反応する読者の顔が浮かんだ……




