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第50話 自己確立(アイデンティティー)

 雪は積もっていないが、暗い空からはチラチラと白い綿帽子が降りて来る中。

 本来、学生達は研究やら就職活動やらで忙しい時期であるのだが、ここ高木研究室ではあまり焦っているような学生達は見られない。

 それも、ガイア研究が例のセキュリティーがらみで学園側が救済措置を取ったことに起因するからであろう。

 そのような中で一つの事件(イベント)が発生していた。


「今の時期に珍しいよね〜」


 そう言ったのは久美。

 その事件(イベント)というのは、加賀見助教授の後釜となる、新任の赴任に関しての事だった。

 本日、高木教授の連絡の元、AI課、システム課共に集合している。


ガチャッ


「みんな集まっているかね?」


 その声と共に高木教授が現れる。

 それともう一人。

 部屋は静まり返る。

 その中を高木教授とその人物は、気にする事なく歩みを進める。


「え〜、連絡の通り、あ〜本日は新しく赴任することとなった人を紹介します」


「はじめまして」


 高木教授の横に位置する人物の第一声で天野は目を細める。

 年齢は三十代前半で背は高く、肩幅も広い、背広姿でメガネを掛けているイケメン。

 女子達にはウケが良さそうだ。

 事実、周りからは、「ちょっと、かっこよくない」、「彼女いるのかしら? 」「いるんじゃない」だのそんなヒソヒソ話が耳に入る。

 それに対して男子達は苦虫を潰したような表情を浮かべている。

 そして天野は、その人物をどこかで見ているような気がした。


「神崎直哉と言います」


 そう言うと、その男は天野の方に顔を向けてニッコリと笑みを浮かべる。

 天野の横にいた女子学生はビックリして頬を赤らめたが、天野は目を見開く。


「(思い出した。あの時、右側に座っていた男だ)」


 髪型が変わっており、初めのうちは分からなかったが、男が顔を正面を向けた時に思い出した。

 加賀見と最後に会った時、三人並ぶ席で右側の席でずっと天野を見ていた人物だ。


「地球環境学において、数々の功績を残されている高木教授のもとに赴任できた幸運を噛み締めております。シミュレーション技術においても最先端を行かれており、前任の加賀見さんには及びませんが、今後皆さんと共に研究に従事し技術向上にまい進していきたいと思います」


 その言葉に「はーい」と言う返事が飛び交う、主に女子達からだが。


「それでは神崎君お願いしますね」


「こちらこそ、お願いします」


 高木教授は新任の男と挨拶を交わすと、続けて学生達に向き合った。


「それでは皆さんも順に、自己紹介をして貰いましょうか」


 その言葉と同時に、女子達が一斉に動き出す。


「はじめまして、システム課の綾部美根子です…… 」


「アヤ! 抜け駆けズルイ! あっ、はじめましてシステム課の那須比奈子です」


 折り重なるように女子達が入れ替わる中、男子達は死んだ魚のような目で見ている。

 そんな中、天野の前にヌッと腕が伸びる。


()()()()()()、天野君」


 笑顔でそう切り出した、神崎という男の目は決して笑ってはいない。

 天野は気負いすることなく手を前にやると、その男は素早く手を掴んだ。


「ッツ!」


 顔に似合わず、ゴツゴツとした手に握りしめられ、思わず顔をしかめる。


「あぁ、悪い悪い。感激のあまりちょっと力が入ったよ」


 悪びれる様子もなく、その男はうそぶく。

 天野は右手に左手を添える様にしながらも、相手を軽く睨みつける。


「よろしくお願いします」


 憮然とした表情を持って、天野はそれだけを口にする。

 その後、神崎は男子生徒と挨拶を交わすと、再び高木教授の横に並ぶ。


「え〜それでは、私達は教職会議に向かいますので、え〜皆さんは引き続き研究の方をお願いします」


 教授はそう言葉を残すと、二人は部屋から退出して行った。


「天野君さっきの…… 赴任してきた人と知り合いみたいだったけど…… 」


 横から囁く様に久美の声が聞こえた。

 振り向くとそこには久美と美奈、その後ろにクニヨシがいる。

 そして、その周りの学生の中に聞き耳を立てている様な雰囲気を感じ取った。


「いや、多分はじめてだと思う」


 わざとらしく首を傾けて「何処かで会ったかな?」といった、ジェスチャーを踏まえて天野は答える。

 その様子に久美は「そう」と答えると、続けてクニヨシが声を上げた。


「そんじゃまぁ、とりあえずあっち(AI)の研究室に向かうっか〜」


 その言葉を合図に、集まっていた学生達もクリスマスの予定などを各々言いつつ解散して行った。


〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜


 AI課の研究室に向かって、四人集まって廊下を進む中、クニヨシは改めて天野に聞いた。


「んで、今日赴任してきた奴は誰なんだ?」


「防衛省かそれに近い人物だよ。加賀見さんの所にいた」


 なんでもないかの様に答える天野に、久美と美奈は驚きの表情を浮かべる。

 

「ふ〜ん」


 クニヨシは対して興味なさげに澄ました顔で、そう返事をする。


「タカミ、室内ライトオン。パソコンも立ち上げてくれ」


 研究室の手前数メートルの距離で、天野は声を出す。

 胸ポケットのスマートフォンが、点滅すると研究室の扉からカチリとした音が聞こえた。

 部屋に入ると同時に、続けて指示を飛ばす。


「カムス、ガイアで消失したシステムの確認と消失理由の推測を頼む。タカミはエデンへの影響を出してくれ」


 天野は上着を机の上に置くと、近くの椅子に座りディスプレイの前で身構える。


「それと、神崎直哉の経歴を表示してくれ」


 その言葉はそのまま他の三人を、天野の前のディスプレイに向かわせることになった。

 顔写真と共に、経歴が映し出される。


「えっと…… 中央物理大学…… 大学院卒…… 」


 食い入る様に見る久美から声が漏れる。


「去年まで、大手建造メーカーの開発研究所の所属って書いてあるけど…… 」


 クニヨシはそれを見て、腕を組みながらぼやく。


「改ざんしてんな。そこの開発研究所の所属部門って数年前に閉鎖されているはずだ。たしか、ニュースにもなっていた…… 」


「タカミ」


 天野の声に室内の投影機が反応する。

 そして、天野の近くに光の粒子を纏いながらタカミが現れる。


「はい、なんでございましょう」


 現れたタカミは何故かニコニコとした表情を浮かべていた。

 天野は何か変だなと思いつつも、呼び出した理由を述べる。


「今日、高木研究室に新しく赴任してきた神崎直哉だが、経歴が改ざんされている。本当の経歴が知りたい、調べられるか?」


「それでしたら……… 」


 そう言葉を切り出したタカミは、身体と視線を扉も方へ向けて言った。


「ご本人に直接伺えばよろしいでしょう」


 四人が同時に扉の方へ顔を向けると同時にとびらが開く。

 そして、そこから現れた人物は、やはり神崎直哉であった。

 その後ろにもう一つの人影が映る。

 神崎直哉は入室と同時に顔を向けられていることに、少しばかり驚いた表情を…… と、いうか呆けた表情を浮かべるが、それは天野達四人も同じだった。

 そのもう一人の人影は……


「タマチム…… 」「「加賀見先生‼︎ 」」


 久美の呟きと共に、クニヨシと美奈の声が重なる。

 髪を短く切り、スーツ姿で現れたのは、紛れもない加賀見玉緒であった。


「私はもう教職では無いと言ってあるだろう?」


 笑みを浮かべながら彼女は言う。

 そんな彼女に向かって、久美が駆け寄る。


「タマチム〜」


 神崎直哉は一瞬にして身構えるが、加賀見はそれを片手で制止する。

 神崎は「しかし」と言った表情を加賀見に向けるが、加賀見は「大丈夫だ」とばかりに首を横に振った。


「ふえぇぇ〜ん」


 加賀見の胸元で泣きじゃくる久美越しに、天野は魅入っていた。


「みんな久しぶりだな」


 たった数ヶ月…… でも彼らにとっては再会も難しいと知っていただけに、長い年月が経ったように感じる。


「ど…… どうして…… 」


 思わず天野から声が漏れる。


「ん? 天野、私がここに来てはいけない理由があるのかね?」


 加賀見の思わぬツッコミに天野は何も言えなくなる、ただ泣きじゃくる久美だけが加賀見の胸元で首を横に振った。

 加賀見は優しく久美の頭を撫でる。

 そして、久美の耳許で何か囁くと、久美は無言でこっくりとうなずき加賀見からゆっくりと離れて行った。


「私がここに来たのにはもちろん理由がある。新任の事だ」


 そう言うと加賀見はチラリと神崎に目配せを送る。

 すると彼は、一歩前に出るがその時ディスプレイの表示に気付いた。


「私の事を調べようと御思いでしたら…… やめた方がよろしいでしょうね」


 低い声でそう言うと、獲物を狙う肉食獣のような目を浮かばせる。

 その眼光にはクニヨシさえ怯ませるものがあった。


「止めてほしいのだが」


 目を瞑り、ヤレヤレといった表情で神崎の行動を止めさせる加賀見。

 神崎はその声を聞くと、背筋を伸ばして直立不動で敬礼をした。


「ご覧の通り、その筋の者だ。これは一応極秘の内容だが〈保護対象〉には知らせねばならぬからな」


「何故…… 」


 そう言ったのは天野だ。

 無理もない、先のシミュレーション対決で反社会的だのテロリスト思想だのと言った質問を受けた身だ。


「ガイアで起こった事はそのまま現実で起こりうる可能性が非常に高い」


 四人を前に、加賀見はハッキリと言う。


「私も今の立場上で知った事だが、今の段階で懸念される事は、この部屋にいる人物が、今後テロリストや危険思想を持つ連中に取り込まれる事だ」


 それにはみんな驚きの表情を浮かべる。


「アホかって…… 」


 思わずクニヨシから声が漏れる。

 加賀見はたしなめるようにクニヨシに言った。


「いや、現状では先のセミナーで顔を出した天野が一番の保護対象になるが、立木お前も決して低い方では無い」


 そしてそのまま、加賀見はクニヨシに質問を投げかける。


「以前より巷の動画サイトで〈A国とB国の軍が実際に戦争を起こすとどちらが勝つのか?〉と言ったものを一般人でも上げているが、ガイアしいてはエデンシステムで行えばどうなる?」


「そ、それは…… 」


 クニヨシの声が詰まる。


「そう、今のシステムでも十分に〈その通りになる〉可能性が高い」


 それには美奈が反論の声を上げる。


「私も先輩達も、そのような事はしません」


 その声に静かに加賀見は答えた。


「当たりまえだ。しかしだ、実例がある。ある軍事評論家が平和をうたう集団から講演依頼を受けた。その講演の中で彼は色々な質問を受ける。核戦争の可能性、核戦争が起こった場合の避難場所…… そして、一つのの核爆弾が効果を最も発揮する場所。その質問の数々に違和感を覚えた彼は、講演の後で知り合いの軍人に相談する。後日、その集団内にテロリスト指定された人物が混じったことが発覚した」


 その内容に背筋が凍る感覚が起こる。


「まあこれは、この国の話では無いがな。だが、今のままというのは非常に危険だ。そこで彼を付ける事となった」


 敬礼を解き、直立不動で爽やかにたたずむ神崎を、四人は怪訝そうな表情で見る。

 その横で、タカミだけが終始笑顔であった。


「そして、私がここに来たもう一つの理由…… 神崎さん」


 加賀見の呼びかけに、神崎は服の内側からタブレットを取り出す。

 その行動に合わせて、タカミがスッと前に進む。


「お、おい、タカミ…… 」


 タカミを止めようとした天野だったが、目の前の現象にその行動は止められる事になった。


 タブレットから現れる小さな人物……


「お帰りなさいませ」


 タカミはその人物に向かって微笑みながら会釈する。

 そこにはアシカビの姿が現れていた。

 最近の二十歳くらいの年齢に設定された彼女は、その場で目を潤ませタカミに向かって行く。


「ただいまぁ…… 」


 アシカビは以前の二頭身の姿に戻っていきながら、タカミに向かって泣きながら抱きつくように飛び込み、タカミの中にスゥッと消えて行った。


「先生…… これは…… ? 」


 天野の言葉に〈もう教職では無いのだが〉と顔を少ししかめたが、加賀見はタカミに向き合い言った。


「守るためだ」

 

 そして話を続ける。


「私は立場上、国の方針には(あらが)えん、ガイア内のいくつかのシステムを順次破棄せねばならんのだが…… 私はそれが許せん」


 そして加賀見は顔を天野へ向ける。


「そしてその波及はエデンシステムでも起こりうるだろう、それを防ぐ方法を考えていた時に彼……タカミから連絡があった。アシカビを返してほしいと…… 」


 天野は顔をタカミに向ける。

 そして加賀見は話を続けた。


「タカミとカムスの擬似人格は元々アシカビにより造られ渡されたもの。破棄の対象になりうる」


 そこにタカミが話を割ってくる。


「アシカビさまが戻られた事で、対抗措置を取ることが出来るようになりました。加賀見さま、有り難うございます」

 

 アシカビが戻ってくると何故? と思う天野にタカミが説明を始める。


「アシカビさまの外部情報集積システムとこれまでの膨大なデータにより、人の持つ〈悪意〉などに対抗する措置を構築することが出来ます。そして、アシカビさまは〈人の感情〉に対する解析能力に特化しており、〈悪意が無くとも〉システムを破棄、破壊するような行動を取る人物を想定して、対抗することが出来るようになりました」


 そしてタカミはマスターである天野に近付き笑顔を浮かべる。


「そして、これでマスターとの約束を果たす事が出来ます」


「約束?」


 約束とは何の事だろう? と思った天野だったが、タカミの顔を見て、すぐに思い起こされる。


[この世界を守ってくれ]


 あの時の表情、あの時の笑みでタカミは頷く。


「アシカビさまが帰られたおかげで、私たちはガイアを支える(システム)として不動の物となります。『天』と共に『常』に『立』ち、ガイアの世界を支え続けることが出来ます。私たち[エデンシステム]はこれにより自己確立を得ることが出来ました」


 タカミの発言に呻くようにクニヨシが声を出す。


「自己確………… アイデンティ…… 」


 そんなクニヨシにタカミは微笑みを返すと、今度は加賀見に向かって頭を垂れる。


「御配慮、感謝いたします」


 さすがの加賀見もこれまでの出来事に目を見張っている。

 神崎は何か凄い事が起こっているようだが理解できない、そんな顔を浮かべている。


 加賀見はしばらくタカミを見ていたが、やがて目を瞑り首を横に小さくフルフルと振った。


「いや、当然の事をしたまでだ…… 頼む」


 加賀見はタカミに向かって、短く伝える。


「分かりました。マスターについても必ず」


 対するタカミも加賀見に向かって手短に答えた。

 その後、タカミは加賀見に対して上品に会釈すると、マスターである天野に向き直す。


「長い時間は取りませんが、しばらくシステムの改善、変更を行いますので、エデン内のタカミシステム他、カムスシステムの呼び出しが出来なくなります。医療システムと生活補助システムは利用出来ますので御了承のほどお願いします」


「あ、ああ…… 」


 戸惑った口調で返事をする天野に対し、タカミは笑顔で浮かべ、とんでもない事を口にする。


「それから神崎さまとは、少なくともマスターとクニヨシさまはご存知である筈ですよ。ずいぶんと前から」


「「え?」」


 天野とクニヨシは同時に声を上げる。


「『猫騎士モフィモフィ』の中の人です」


 何だそりゃ? 天野の頭に(ハテナ)の文字が浮かぶ、その横でクニヨシが声を張り上げた。


「ギ、ギルマスゥ〜ッ⁉︎ 」


 思い出した。

 中学時代クニヨシに誘われて始めたネットゲームの、その時のチーム(ギルド)リーダー(マスター)の名前だ。

 天野は思わず神崎の方に目を向けると、先ほどまで直立不動で立っていた人物がガックリと肩を落としていた。

 

「はぁ〜、やれやれ、そんな事までこんな短時間で分かってしまうとはね」


 そうぼやくと、神崎は二人に向き合う。


「改めて紹介させてもらう。ギルド『緑絆(りょくはん)』のギルマスを務めていた『猫騎士モフィモフィ』こと神崎直哉だ。頃合いを見て驚かせようと思っていたんだが、大した物だね」


 クニヨシはアングリと、口を開きっぱなしになりながらも彼に言った。


「防衛省の人間だったのかよ…… 」


「ハハ、あの頃はまだ君たちと同じ学生だったよ。卒業前に離れてしまったけれどもね。それと一つ訂正しておこう、私は防衛省では無く公安に属する。これはもちろん秘密だよ」


「な、なんでギルマスが…… 」


 呆気に取られる天野に神崎はニコニコしながら答えた。


「こればかりは本当に偶然だね。ギルド名の(えにし)を感じるよ」


 急に朗らかに会話を始める男子勢に向かって、久美と美奈はポカーンとその様子を見つめていた。


「ねえ、ねえ、タマチムどういう事?」


 久美のその質問に躊躇いがちに加賀見は答える。


「その…… まぁなんだ、どうやら私と久美の似たような関係らしい」


 美奈は神崎と加賀見を見比べるように、交互に顔を動かしていたが……


「ずるい…… 」


 いきなりそんな事を言い出す。


「「え?」」


 天野と久美は美奈を挟むようにして同時に声を出す。


「ずるい〜、なんか私だけ仲間外れみたいじゃない」


 加賀見と久美、神崎と天野とクニヨシ、それぞれ過去にやっていたネットゲームの知り合い同士というのが自分には無く、彼女はどうやらそれを仲間外れと感じたらしい。

 非常に不満気な顔つきである。


「そうは言っても…… なぁ」


 天野は声をかけるが、彼女は涙目の不満をそのまま天野にぶつける。


 それを見て天野は思い出した。

 昔、子供の頃……

 たまたま照美姉さんと自分が被っていた麦わら帽子が同じような感じで、それを見た美奈が自分も欲しいと癇癪を起こした事を……

 そういうところは変わっていないんだな。


 どうしたものかと迷っているところに、声が響く。


「何を言っている」


 声は加賀見から発せられていた。


「伊澤美奈、お前は紛れもなくガイアの、そして今エデンの一員だ。昔の事では無く今を考えるとよい」


 美奈の目がすわる。

 言う事は確かにそうなのだが、好きな人の好きな人に言われると何か釈然としない。

 それは久美も感じたようだ。

 美奈は小さく「はーい」と答えると久美と共に天野に向かって睨みをきかした。


「な、何かしたか?」


 二人から発せられる空気を感じ取る天野。


「「何もないです!」」


 強い口調で言うと二人揃って、天野に対し顔を逸らす。


「なあ、クニヨシ。何かしたのかな?」


 怯えがちにクニヨシに聞いてみると、クニヨシは澄ました表情で言う。


「何もしなかったからじゃね?」


 天野はサッパリ分からないといった表情を浮かべる。

 そんな中、加賀見が声を上げる。


「それでは神崎さん、後はよろしくお願いします」


「はい、お任せを」


 用事は済んだとばかりに退出を誘う言葉を加賀見は口にし、神崎は応えた。


「先生…… 」


 その空気を取り除こうと久美は口にする。


「私はもう教職では無いと言っているだろう」


「だって…… 」


 久美の言葉に天野が被せる。


「いえ、加賀見先生はやっぱり自分達にとって〈先生〉です」


 みんなが視線を加賀見に向ける。

 しばしの沈黙の後……

 それを破ったのは加賀見のため息だった。


「ふぅ、分からない事は新任に、それで分からなければアシカビに聞け。アシカビでも答えが出なければ、私が出来る限り答えよう」


 そして、その言葉の最後にはみんなに向かって、苦笑じみた笑顔を送る。

 これはアシカビに聞いた時点で、連絡は伝わる事となる。

 繋がりが途切れる事は無くなった。

 研究室の面々に笑みが浮かぶ。

 

「あれ、それじゃあ結局、私必要ありませんね」


 とぼけたように言った神崎の言葉に、部屋中に笑い声が響くのであった。

あと十話の予定です。

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