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第46話 検証

 情報防衛部第6課の表札のある部屋。

 加賀見はその部屋の中に入ると同時に口を開いた。


「アシカビ、確認したいことがある」


 部屋の天井角に設置されたレンズが動くと光を放つ。

 彼女の横にホログラムで現れるアシカビ。


「はい、マスター。何でしょうか?」


 そして、現れると同時に機械的に発言した。


「今回のシミュレーションの件だ。向こうはどの様なシステムを使用していたんだ」


「並列物理演算システムと、エデンシステムを併用しておりました」


「エデンシステムだと? あれはまだ完成していないはずだ」


「はい、完全とは言えませんが、エデンシステムである事は間違いありません。並列物理演算システムの方は類似システムのため稼働と同時に抹消しました」


「消したのはそれだけか?」


「はい、モジュールに使用したアルゴリズムシステムはエデンシステムにより変質しており、別システムとして運用、処理しました」


「それが結果に大きく影響したのか…… 」


 彼女は今回の戦闘員であるモジュールには、アシカビと同様に外部情報集積演算を流用していた。

 戦闘アルゴリズムを組み込んだ、それを簡単に説明すると次の様になる。

 A 戦闘員モジュールが、B武器を持ち戦場にいる時、C敵を倒せ。

 その戦闘アルゴリズムはCの位置で組み込まれている。

 つまりは、戦闘行為は外部情報から()()()()をとっていたことになる。

 対してエデンシステムは言うなれば曖昧(あいまい)なシステムだ。

 その結果は推測できる。

 いや、もう既に結果として表れていた。


「あいつは…… 天野は時前に検証を行ったのだろうか…… 」


 彼女は呟く…… (かす)れた声で……


「はい、間違いなく行なっているでしょう。エデンシステムは開発されてからまだ日も浅く、稼働条件から…… 」


 アシカビの事務的な報告に、彼女は叫ぶ。


「そう言う事では無い! 天野は心的外傷(PTSD)を持っているのだぞ! それが軍事シミュレーションだと! エデンシステムだと!」


 彼女の言う検証とは、ガイアの世界に降りる事をさした。

 そして、教職の時は進んで学生達にそれを行わさせた。

 それが仇となる。


 防衛省から声がかかった時、軍事的な意味を含むと言われた時、彼女は覚悟していた。


 検証する事を。


 これは()が言い出し、行った事ではある、それは分かる十分過ぎるほどに……

 だが、彼はどんな思いで()()を行ったのであろう。

 彼女は想像する事さえ、躊躇(ためら)いを感じる。


 そして、先ほどあったシミュレーションを思い起こす。

 彼女のシステムで動くモジュールに比べ、彼のモジュールは〈人〉だった。


 銃弾に倒れた友軍兵士を肩に担ぎ、足を引きずりながら逃げようとする兵士。


 腕を吹き飛ばされ「母さん、母さん」と泣き叫びながら、血を流し倒れていく若い兵士達。


 何度か検証し、覚悟を持って挑んでいた彼女でさえ、その惨状は凄惨極まるものであった。

 思い出しても気を失いそうだ。

 それを()はやっていると言うのだ。


 だからこそ彼女は彼に……


 肩を上げ、拳を握りしめる。


「(まだだ、まだ、今じゃ無い!)」


 彼女は耐える、歯を食いしばりながら。

 その様子をアシカビは、表情をまったく変える事なく見つめていた。


 しばしの沈黙の後、加賀見はアシカビに命令した。


「今回の件を報告書として(まと)める時は、エデンシステムの痕跡は消しておいてくれ」


「はい」


 アシカビは表情を一つも変えることなく言う。


「少し休む。この部屋を消灯して、二時間後に起こしてくれ。隣はそのままでいい」


「はい」


 アシカビの返事と共に部屋のライトが徐々に小さくなっていく。

 加賀見はスーツ姿のまま、ソファーに横になると、片腕を額に預け、天井の消えたライトを一点に見つめる


「すごいな…… 天野は…… 」


 力無き言葉が彼女の口から(こぼ)れる。

 ほんの少しだけ顔を横に向けると、隣の部屋からの光に当てられた調度品が目に止まった。

 そこには〈祝〉の文字と彼女の名前が記された賞状が飾られている。

 それを手渡された時を思い出す。


(出来る限り予算を渡そう…… )


 送る相手は笑顔でそう言った。

 

「(私は何と答えたのだろう…… )」


 彼女は知っている。

 だが、思い出したく無い気分だ。


 調度品の並ぶ、棚の上に位置する壁には、日の丸の国旗が(かか)げられている。

 隣の部屋からの光で、半分は照らされ、半分は影になっている。

 それに向かって、呟くと(まぶた)を閉じた。


「成りて…… 足らず…… か…… 」


〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜


 天野は無言のまま、道路脇を歩いていた。

 歩幅は小さく、(うつむ)きながら。

 時折吹く冷たい風が、彼の髪を持ち上げようとするも、彼は意に介さない。

 達成感も充実感もない。

 ただ……一つのことが、終わった。

 それだけが彼に残り、頭の中を巡る。

 

 やがて、出来て真新しいアパートマンションの前に差し掛かると、扉の前にあるセンサーに手をかざして、扉が開くと、その中に入る。

 そして、入り口近くにあるエレベーターに乗ると、マフラーを手で掴み緩める。


「タカミ、寮に着いた、部屋を開けてくれ」


 天野は小さくそう言うと、エレベーターのスイッチを押した。

 

ピンッ


 エレベーターの扉が開く。

 その時の彼は、また元のように俯き無言のままエレベーターから出て、自分の部屋に向かう。

 L字形のドアノブに手をかけると、そのまま扉を開け中に入る。

 すでに電灯は付いていて、エアコンも運転している。

 靴を脱ぎ、玄関に上がるとマフラーを解き、上着を脱いでそれをハンガーに掛ける。

 ベッドに座ると、胸ポケットからスマートフォンを取りだし、机の上に置く。

 そして天野はそのままベッドに横になる。

 

ボフッ


 人形が倒れるかのように、ベッドの上の布団に倒れ込むと、彼は大きなため息を吐いた。


「マスター、防衛省国家情報防衛部第6課よりメールが届いております」


 スマートフォンからタカミの声がする。

 天野はそのままの姿で口を開いた。


「…… 開いてくれ」


 タカミはメールの内容を読み上げ始めた。

 その内容は今回のシミュレーションの対戦前に取り交わした契約を再確認するのものだった。

 それを、彼はまったく聞いていないのか、ただ漠然と天井に顔を向けている。

 だが最後に、


「…… そして、今後保護対象として検討を行う」


 この言葉には、彼も反応を示した。


「保護対象?」


 疑問をそのままタカミに当てる。


「タカミ、保護対象とはどう言うことだ?]


 タカミは読み上げることを中断して、答える。


「マスメディアや反社会組織からの保護をうたったものです。ですが、監視の意味も含めていると推測します」


「ハンッ!」


 自傷気味な笑みを浮かべ、投げやりな言葉を吐き出す が、それ以上は何も言わなかった。


「最後に加賀見玉緒室長より、(ことづ)けを3Dメールで受けています。開きますか?」


 その言葉に彼は上体を起こしタカミに顔を向ける。


「開いてくれ」


 ベッドの向かいの机の上にあるデスクトップパソコンに電源が入ると、少しばかりのローディングの後に、ディスプレイに人物が浮かび上がって来た。

 それは優しげでいて、どこか寂しげな加賀見玉緒の姿だった。


「改めて言うが、私はもう助教授ではない。だが、少しだけ以前の私に戻らせてもらおう」


 天野はベッドから起き、机の前にある椅子に座る。


「お前の考えた〈エデンシステム〉がこんなにも早く稼働するとは思わなかった…… 素晴らしかったぞ」


 その彼女の言葉に、天野は微かな笑みを浮かべる。


「エデンシステムを組み込んだモジュール達の行動は多岐にわたり。現実世界の人間の行動と比べても遜色ないものだった。これでまだ完成形ではないと言うなら、大したものだ」


 ディスプレイ上の、彼女の、加賀見玉緒の言葉は決して優しいものではない。

 だがそれはどこか母親が我が子を、あるいは姉が弟を叱責するような感じにも見える。

 

「(加賀見先生だ)」


 ()()()である彼女がそこにいる。


「ただし、シミュレーションの検証を行うにあたっては、心身に十分に注意するように」


 そこまで言うと、彼女は一呼吸おいてから言葉を残した。


「助教授としての言葉は以上だ。ここまでの、このメールは残すことは許されない抹消してくれ」


 そこまで言うとディスプレイ上の人物は、その表情を変える。


「今後の事について話そう。近くキミは出頭してもらう事になる。理由としては前述した契約内容の確認と審査だ。天野刀那、キミがどのような思想を持ち、どのような行動をするのか確認させてもらう」


 天野は急な話の展開に戸惑ったが、先程のタカミの言葉「監視の意味も含めている…… 」がよぎり、その意味を理解した。


「…… 」


 天野はディスプレイ上の人物を目に焼き付けるように凝視する。

 その中の人物は最後の言葉を放つ。


「出頭の際、契約内容の変更は一切受け付けん。すでに決められた事に対する拒否権は無いと思え、以上だ」


 ディスプレイの映像が消える。

 そして部屋には静寂が残った。


「以上が、メールの内容になります」


 タカミの声が響く。

 天野はそれに答えるように静かに言った。


「この、メールは消してくれ」



 

今回は神世七代についての設定プロットです。

以前、紹介した神世七代の神様達の内、独神である国ノ常立神と豊雲野神、それと伊邪那岐と伊邪那美を除いた残り全ての夫婦神はこの物語では、エデンシステムを組み込む前のガイアシステムとしています。システム課が担当している部分ですね。

イメージとしては、伊邪那岐と伊邪那美の出現前、人間(心、或いは魂)が無いために、私達人間は伊邪那岐と伊邪那美より前の世界をを認識ができず、ありはしてたけど、無いのと同じ状態であると言えるかな? と思いました。

原文で〈ドロドロとして形のない世界〉と表現されている部分です。

このように私は捉えています。


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