第45話 対戦
天野は静かに目を閉じている。
深くゆったりとした、まるでソファーのようなシートの中で、ただそのシートには肘掛けにコントロールパネルのようなものがあり、右の肘掛けにはトラックボールが設置されている。
そしてその部屋は、薄暗く、狭く、その形は球状のものだった。
「以上の公約に基づき、行われるとする…… 」
そのシートからはアシカビの音声が流れる。
それを、目を瞑り、ただ静かに聴いている。
彼の横には簡易テーブルが置かれており。
その上には幾つかの書類が乗っていた。
天野は今、ガイア再現ルームと称される部屋の中だ、いるのは彼ただ一人。
「書類を確認しました。10時00分00秒を以て開始いたします」
その言葉を合図に天野はゆっくりと目を開ける。
前方の壁…… 投射機用のディスプレイ上には9時58分の文字。
「後、一分ちょっとか…… 」
そしてまた彼は静かに瞼を閉じた。
「開始します」
アシカビの声が聞こえる。
だが、天野は目を閉じたままだった。
その天野の周りに光の粒子を纏い次々と人が現れる。
ある者は銃を担ぎ、ある者は迷彩服を身に纏う、そしてその者達は微動だにしない。
視点が変わり、天野を真上から見下ろすようになると、天野の姿は小さくなっていく、そしてその視点に合わせて軍人はドンドンと増えていった。
またそれと同時に真っ白な空間は色付きはじめ、野となり山となり視野が広がる。
そして…… 黒煙が立ち昇る、戦場へと変貌していった。
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その頃、加賀見はシミュレーションに立ち会う人達に対し、説明をしていた。
「ガイアにおける再現能力を確認したいとの声がありましたので、今回シミュレーション内での案内をさせて貰います」
その中には、もちろんあの太った男の姿が見える。
「ガイア内を案内するにあたり、これを装着してください」
机に並べられたVRメガネを一つ取り、加賀見はそれを装着する。
「こういうのは、前に孫に買ってやったよ。なんとかと言うゲームがやりたいと言ってな」
そう言ったのは太った男、暗にゲームと変わらないと言っているのだろう。
加賀見は気にする様子もなく言葉を続けた。
「おそらく、もう始まっているでしょうから、お気を付けて下さい」
「ふん、仮想空間であろう? 何に気を付けるのかね」
そう言うとその場にいる人達は各々VRメガネを装着していく。
そして全員が装着したのを確認すると、加賀見は声を上げた。
「アシカビ、ガイアに繋いでくれ」
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加賀見達が降り立ったのは原生林の中だった。
木々の間からは光が溢れ、近くでは小鳥のさえずりも聞こえる。
その光景に立ち会いの人の中から声か溢れる。
「美しい…… 」
その声を拾って、太った男は不満を表した。
「キミ〜、今どき珍しくもないんじゃないかね。それに何なのだ。戦闘のシミュレーションではなかっ…… 」
ドンッ!‼︎
男の声は砲撃音と共にかき消される。
大量の木の枝や幹が降り注ぐ。
加賀見は微動だにしていないが、周りはいきなりのことで、思わず身をかがめた。
その中で、あの太った男は仰向けにひっくり返っていた。
「この世界では物理的に被害が及ぶことはありません」
加賀見は淡々と説明する。
「キ、キミィ〜…… ヒッ、ヒィ〜 」
加賀見の向かって、震える声で文句を言おうとした、太った男は急に悲鳴を上げる。
彼の目の前には迷彩服につつまれた[モノ]があった。
もはや原型など止めてはいない。
今の砲撃を合図に周囲からは銃撃音が鳴り響く。
加賀見は周囲をグルッと見渡し口を開いた。
「この場所では戦闘の状況を確認するのは不向きなので移動を…… 」
元の視線に戻しながら、移動を施そうとした時、彼女の目の前には泡を吹いて失神している太った男の姿があった。
「彼には退場してもらった方がよかろう…… 」
加賀見は冷ややかな目で、呟くように言った。
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「状況は?」
加賀見の質問に答えたのはアシカビだった。
「時間の経過と共にわが陣営が有利になっています。現実世界の政治的判断を考察すれば、こちら側の勝利です」
「もうそろそろ終了だな」
面白くなさそうな表情で加賀見は視線を移動させる。
いつの間にか景色はガイアのそれでなく、簡素なテーブルの並ぶ会議室の中だった。
そして机にはげっそりとした表情の者が数名ほどいる。
太ったあの男は見えない既に退席しているようだ。
「今回のシミュレーションで、不具合や問題点など気付いたことがありましたら、報告をお願いします」
加賀見の言葉に反応する人物は、少なくとも気分を害している人物群からはでてきそうにない。
そこに横から声がする。
学園に来たあの恰幅のよい体育系の男だ。
「ガイアの再現力は素晴らしいものと再認識したよ。しかし、問題になるのは戦闘における再現力よりも戦術しいては戦略レベルのものだと思われるが」
彼の言うことももっともだった。
今回のシミュレーションで使われた兵器は一昔も前のものであり、戦闘機やヘリの飛んでいない限定的なものっだった。
「はい、そうですね。今回は相手側に合わせたところがありましたから」
彼女の言う相手とは天野のことは含んではいるが、多くは別の者に対しての言葉だった。
加賀見は「それは」と付け加え、話を続ける。
「一つは今回の件はあくまで試験的な試みが大きい事、二つ目は外部との合同シミュレーションによって、機密情報の漏洩を防ぐための手法の確認及び確立、三つ目は仮に漏れたとしても問題が無い物を使用しました」
「なるほどな、そちらの対策も対応済みと言う訳か、未だマスコミも嗅ぎつけようとしている。それについては?」
加賀見は真っ直ぐに見据えて言う。
「あくまで試験的なものであり公表できるものでは無い、だが有意義なものであった。と、そのように報告すれば良いかと」
「それでは、奴らは納得しまい」
男は腕を組み難しい顔をする。
「試験的なものだと言うことを前面に出して、押し切り、凌ぐべきでしょう」
男はそのまま、別の話を切り出す。
「ふむ、しかしあの学生の方はどうする?」
「どうする……とは?」
男の質問は二つの事を含んでいた。
天野に対するメディアの対応と天野自身への対応だ。
メディアに対しては学園側に協力してもらっているが、あくまでお願いの類であり、効果の具合いもハッキリ言って分からない。
また、天野自身に対する対応も、彼女の立場上、擁護することも難しい。
珍しく言葉を濁す加賀見に男は言う。
「私個人の判断は、当の昔に彼の事は危険人物だとは思っていないんだがね。だがこの先、第三者が彼の事を〈どう思うか〉が問題だ」
男は周りを見渡す。
それを加賀見はジッと見て、聞いた。
「君は彼をこちら側に引き込む事を良しとは考えていないようだが、逆に彼がどのような方向に向かうかを見定めなければならない…… そちらに後でメールを送る。公安の者を紹介しよう、相談するとよかろう」
加賀見はその言葉を聞いて、戸惑いを覚えると同時に戦慄した。
天野を利用せんとする人物ないし組織が、今後において出現しないとは限らない。
彼はそう言っているのだ。
加賀見の拳が硬く握られる。
しかし、この助言には助かる。
出来る事は少ないかもしれないが……
「ありがとうございます」
加賀見はやや硬い面立ちで、男に頭を下げた。
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「タカミ退出する」
シートに座っている天野がそう言うと、ライトに照らされ内部が球状に造られた部屋が明るみになる。
一度、彼は背伸びをするとそこから立ち上がった。
部屋の外にある〈使用中〉のランプが消え、中から扉が開くと研究室のメンバーが駆け寄ってきた。
「天野君」「天野先輩」
ワンテンポ遅れてクニヨシが声を掛ける。
「よ〜天野どうだ、勝ったか?」
これは勝ち負けの対戦ではない、それを承知の上で彼はあえて言うのだ。
「ボロ負けだよ」
苦笑を交え、天野は答える。
「そうか」
クニヨシは興味なさげに言葉を返すと、研究室の方に足を向けた。
それに合わせようと足を踏み出した時、急に足がもつれた感じでバランスを崩し、その場に座り込むように倒れる。
「先輩、大丈夫ですか」
天野の胸ポケットの中でスマートフォンは黄色いランプを点滅させていた。
美奈が近付き肩を貸そうとする仕草をするが、天野はそれを断った。
「前よりは平気だよ。大丈夫だ」
天野は膝にてをやりながら、その場で立ち上がる。
「今日は早く休んでね」
久美が声を掛ける。
「おう、そうだぞ。どうせ次の事考えてるんだろ。明日にしとけ、明日に」
クニヨシも久美に同調してそう言った。
天野としては今回のこの対戦が、今後どのような影響を及ぼすか気になるのだが、それ以上に今回のエデンシステムのデータを纏めたいと思っていた。
「いや、ちょっとだけデータをまとめ…… 」
「天野君!」「先輩!」
だが女性陣の声に天野の言葉はかき消されてしまった。
身を乗り出すように天野に向き合う二人にタジタジになると……
「はい」
天野は視線を下げそう答えた。
残り15話の予定です。




