第41話 身の振り方
会場を後にした加賀見はすでに車に乗り込んでいた。
「何故だ!」
誰もいない車の中で彼女は叫ぶ。
そして俯いたまま、自身を落ち着かせようと深いため息を吐く。
それと同時に手を額に覆うように当てて呟いた。
「アシカビ、システムの進行状況は」
車に置かれたスマートフォンが反応する。
「完成しています」
「報告は…… 」
「それもすでに終えて、明日の会合で打ち合わせがあります」
「クソッ!」
彼女の言うシステムとは、防衛シミュレーションを差している。
状況から明日のその会合で、今回の事も議題にあがるだろう。
「どうしたらいい…… どう…… 」
加賀見は頭を抱え込むように考えていたが、暫くして呟いた。
「………… 学園側に連絡を入れる。アシカビ繋いでくれ」
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翌日、研究室での出来事。
「天野! おめぇ何したがった!」
クニヨシに会うと同時に彼の口から放たれた言葉が響く。
彼の手にはスマートフォンがあり。
その画像はニュースのもので、そこには天野の顔写真が映っていた。
「セミナーに行っただけだ」
素っ気もなく答える天野に、彼はさらに声を荒げる。
「行っただけって、テメェ何考えてんだ!」
「お前に関係ない!」
胸ぐらを掴んできたクニヨシに、天野は腕を振り払いはね除ける。
一触即発のその状況を止めたのは、タカミからの連絡だった。
「マスター、学長室にお越し下さい。高木教授から連絡がありました」
その連絡に更にクニヨシは苛立ち歯を食いしばるが、天野に背を向けると悪態をつく。
「さっさと行ってこい。ストーカー野郎!」
その言葉に対して、殺気掛かった視線を天野は彼に向けるが、結局何も言わずに怒りをあらわにした態度で部屋を出て行った。
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この学園の学長室の前に、高木教授が天野を待ち構えていた。。
なんでもないかのように近付き、天野は頭を下げる。
「ご迷惑をお掛けしました」
天野のサバサバとした態度に、高木教授はヤレヤレといった様子でため息を吐く。
「君はもっと大人しいと思ったんだがねぇ」
教授はそれだけ言うと、扉に向きあう。
「天野君が来ました」
少しの間の後、中から声が響く。
同時に扉から「カチッ」と音が鳴った。
「入りたまえ」
高木教授は扉を開け、軽く会釈してから中に入る。
「失礼します」
同様に天野もそれに倣う。
中にいる人物、当学園の学長は大きな机の前に立っていた。
風貌としては、引き締まった身体に上等なスーツを着込んだ初老の人物で、バリバリの事業家か政治家を思わせる印象だ。
学長は天野に向き合うと即座に話を切り出した。
「天野君、単刀直入に話そう」
落ち着いた、ドッシリとした口調でその人物は言う。
「学園に設置されている量子コンピューターは私物化していい代物では無いのだよ。わかるかね?」
表情は決して穏やかなものとは言い難い、けれど怒気を持って接しているわけでも無かった。
その問いとも言える学長の言葉に、天野は反論する。
「私は加賀見助教授の認可の元、〈ガイア〉を研究しています。決して私物化などしていません」
天野の言葉に「ふむ」というような仕草をした後、彼は続けて天野に話す。
「君はその〈ガイア〉で軍事シミュレーション開発を行なっているようだが、それに関して誰かに許可を得ているのかね? 〈ガイア〉上で行う軍事シミュレーションとは、加賀見玉緒室長が開発を行なっているものを差し、そしてそれは国家機密扱いになるものとしている。君の開発しているそれは不当なモノなんだよ。つまり…… 犯罪者なのだよ、君は」
「なっ!」
天野の驚愕の様子をなだめるように高木教授が横から口を出す。
「ただね、今回の加賀見助教授の…… いや、前助教授の異動の件に関しても、とても急な事だったからね。先方もそこを留意してくれていてね。今回のみ不問にしてくれるらしい、そして受けるそうだよ一度だけ、その対戦を。君の希望も取り計らってくれるみたいだ」
(加賀見助教授の)と言ったところで、学長に睨まれ慌てて言い直す高木教授。
それでも教授は優しく穏やかに言った。
ただ、天野はそれを聞くそぶりは見せず、学長を睨んだままでいる。
「その対戦以降はそれの使用は禁止させてもらう。それは返上あるいは破棄した上で誓約書にサインをしてもらう事になる」
学長は天野の目に同様の眼差しを送る。
「向こうも優秀な人材を欲している。意外と君も目を付けられているようだが、君は反社会的な思想を持っていると見なされているみたいでね。君がこの後、彼らから声が掛かるとしても、ガイアを触る事は難しいだろう。まあ、よく考えて行動してくれたまえ。今後、この様な行動を起こす様であるならば、学園側としても君をこのまま置いておく訳にもいかない」
「それは…… 加賀見助教授が言った事なんですか…… 」
絞るような声で天野は質問した。
「それは君が知る必要は無い、関係もない事だ。それに彼女はもう助教授では無いよ」
二人の間で睨み合いとも言える場が続く……
だが、先に視線を逸らしたのは学長の方だった。
天野に対してクルリと背を向けると、退出を促す言葉を放つ。
「話は以上だ。君も子供では無い。身の振り方を考えたまえ」
そして天野は何も言わないまま部屋を退出する。
扉が閉まると彼は数歩だけ歩き立ち止まる。
「(何故だ!)」
彼の感情は血走るほどの目と硬く握った拳、それと胸ポケットで点滅するスマートフォンが表していた。
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天野の立ち去ったあとの学長室では、まだ会話は終わっていなかった。
「彼は大丈夫かね?」
「正直、こうなると目が離せません、と言うほか無いでしょう」
学長の言葉に、顔にハンカチを当てたい表情の高木教授が答える。
「ハハッ。しかし、我々も酷だと思うが先方の意向だし、彼女の言う事も理解できる」
そして学長は考えるそぶりをして高木教授に言った。
「それにしても、彼女は彼に対してかなり気を使っているな…… それほど優秀とは思えなかったが」
「彼女は以前(人の能力は、学力や技能だけでは測れない)と言った事がありましたが」
「彼女に関しては恋色などと言うモノだけでは無いだろう。天才は天才を知る、あるいは惹きつけると言ったところかな?」
「分かりません。ですが、優秀な者がこの学園にいると言う事は、喜ばしいのではないのでしょうか」
高木教授の言葉に学長は顔を引き締めると静かに言う。
「ああ、しかしこの国を背負って行かねばならぬ若者を、輩出する事が我々の使命だ。出来る限り、本人の希望に沿った形で送り出したいところではあるが、彼女には配慮が足らなかった。残念だよ。だが同じ轍を踏むわけにはいかん」
そして学長は机の上に設置されているタッチパネルに触れる。
「少なくとも、彼にマスコミなどが取り付く事が無いよう十分に配慮してくれ、警備員を使っても良い、頼むぞ…… アシカビ」
学長の視線の先には、深々と頭を垂れるアシカビの姿があった。
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同時刻、防衛省管轄のとある施設内の一室。
加賀見のいる部屋の中には、以前学園に来た二人組を含め、八名ほどの背広組がいる。
新しく出来た『国家情報防衛部6課』の活動報告を行なっている。
つまるところ、ガイアの進捗状況を報告するための会議だ。
だが今回の議題は、先日行われたセミナーの内容であった。
一人の男が話を切り出す。
「海外向けに発表するためマスコミも招いたが、それが仇となった感じだが?」
それに対して加賀見の隣に座る(以前学園に来た)背の高い男が言葉を返す。
「想定内です。国内のマスコミは相変わらず[戦争]と言う言葉には異常に反応するものですから。防衛と称しても叩かれるのは必須です。目先を変える情報を流す予定でありましたが、かえって彼のおかげで矛先が逸れたところはあります」
この会議の議長と言うべき人が座る席で、太った男がめんどくさそうに言う。
「彼と言うと報告に上がっている学生の事かね?」
「はい」
「彼はどんな人物なのかね、そもそも目的は? 独自に軍事シミュレーターを開発したというその学生は、思想的に大丈夫なのかね?」
太った男は怪訝そうに言う。
言っている内容は防衛という彼らの立場から言えば正しいのだが、その言い方で非常に不快なものとなっていた。
加賀見は気にする様子も無く、簡潔に答える。
「若い者が良く持つ好奇心だと思われます」
「好奇心と言うだけでは容易に開発されるものでは無い筈だが?」
加賀見に対して質問したのは、学園に来たガッシリとした体育会系の男だ。
「ええ、確かに。しかし彼は優秀です」
続けて、太った男の隣に座るメガネの男が口を開く。
「諸外国でも同等の能力を持った量子コンピューターによる軍事シミュレーションを扱っている中、開発したモノにもよるが、テロリストなどに流れては目も当てられん」
その言葉に加賀見は鋭く言葉を返す。
「彼は反社会的な思想を持つ者ではありません」
「それを判断するのは君では無いよ」
そう発言する太った男は、ヤレヤレとめんどくさそうな態度を表しながら続けて話題を振った。
「ところで、その軍事…… いや防衛シミュレーションは使い物になるのかね?」
それに返答したのは背の高い男だ。
「ええ、気象予測以上の再現力を発揮出来るものと思われます」
太った男はフンッと鼻を鳴らす。
「今回のその学生との対戦の事だよ君。高い税金を投入しているのだ。学生に負けでもしたら全国民からの笑い者だ」
背の高い男はやや焦った感じで言葉を返そうとする。
「あ、いや…… これは勝ち負けと言う事よりも、如何に正確に再現することが…… 」
その言葉を塞ぐように加賀見が口を開く。
「ご心配なく、あまりに心配でしたらご招待いたします。空いている日時を教えて下さい。その日を防衛シミュレーションの指定日にいたします」
加賀見の言葉を挑発と捉えたのか、太った男は声を荒げる。
「良かろう二週間後だ! それに負けるようならば、君の立場も変わるだろう。身の振り方を考えておきたまえ!」
そう言うと男は、またフンッと鼻を鳴らした。
隣のメガネの男が閉会の言葉を口にする。
「では、今回の会議を終了したいと思います」
それを合図に、数人が部屋を出て行く。
残ったのは加賀見と学園に来た二名だけだった。
「すまないね。彼の息のかかった者が君のポジションに着く話が以前あってね」
加賀見は気にする様子も無く、一言だけ言った。
「いえ、お構いなく」
どんな脇役でも名前付けときゃよかった…… o rz




