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第39話 転換

 廊下を走る久美。

 その勢いのまま研究室に飛び込んだ。


「た、大変よ!」


 肩で息をする彼女が、やっと言えた言葉がそれであった。


「よお、豊野どうしたんだ? 朝飯食い損なったか?」


 クニヨシはからかい混じりに久美に向かってそう言ったが、彼女は気にも止めず続けて言う。


「加賀見先生、学校、止めちゃうんだって」


「なに!」「え?」


 クニヨシと天野の口からは思わず声をあげ、美奈は呆気に取られている。


「ど、どう言う事だ!」


 天野は久美に向かって吠える。

 それは怒声に近い。

 久美は正面からそれを受けると、しばらくして涙を浮かべ始めた。


「わ、私にも…… わからないよぉ」


「おい、天野。 落ち着け」


 クニヨシが軽く天野の肩に手を置く。

 それで彼は少しばかりの落ち着きを見せたが、気持ちの方はまだ混乱している。

 それでも……


「すまない…… 」


 天野は久美に向かって謝罪を口にする事が出来た。

 それには久美は何も言わず、フルフルと力なく首を横に振った。

 天野は気を取り直すと、パソコンに取り付けてあるマイクに向かって言った。


「アシカビ、来てくれ」


 だが、何も反応しない。

 クニヨシが言っても、同じだった。


「タカミ、アシカビを呼び出せるか?」


 すぐにタカミの声で反応があった。


「そのAIを呼び出すには、認可が必要です。身元を証明しうるものを送付し許可を得なければなりません」


 その内容に絶句の表情を浮かべたが、すぐに怒鳴るように言葉を放つ。


「何でもいい! すぐに呼び出してくれ!」


「わかりました。学生の認証で…… 拒否されました。住民票で行います…… 認可されました。()()()所属AI〈アシカビ〉を呼びます」


 言うと同時に光の粒子を纏い一体のAIが現れる。

 だが、そのAIの姿は彼の知っているものでは無かった。

 二十代くらいの秘書を思わせるような外観で姿を表す。


「天野刀那様、ご用件は何でございますか?」


 声は同じだが、機械的な口調でそれは言った。


「アシカビ…… なのか?」


「はい、防衛省国家情報防衛部門第6課所属AI〈アシカビ〉です。ご用件は何でございますか?」


「⁉︎ 」


 聞いたことのない言葉が並ぶ、言葉が詰まりそうになるが天野は呼び出した理由を()()に言った。


「加賀見助教授は…… どうなった…… 」


「この学園に在籍していた。高木研究所所属、加賀見玉緒助教授はすでに存在しておりません」


 (存在しておりません……)


 アシカビが放った最後の言葉が耳の奥でこだまする。


「だからなんでなんだよ!」


 アシカビに向かって怒声を飛ばす。

 しかし、アシカビは変わらず機械的な口調で、怒れる天野に向かって言葉を放つ。


「お答え出来ません」


 天野はこぶしを振り上げる、それが無意味な事は彼にも分かっている。

 だが、この衝動を抑える事が出来ない。

 天野のスマートフォンが黄色く点滅する。

 その時……


「アシカビ様、高木研究室で助教授として勤めておられました加賀見玉緒様の現状を、認められる範囲でお渡しください………… ありがとうございます」


 天野は拳を上げたまま呆然とタカミの方に顔を向ける。

 そのタイミングでアシカビは「失礼します」とだけ言い。

 そのまま消えてしまった。


「腕をお直しくださいマスター、加賀見様の現状を報告させて頂きます」


 タカミは静かにそう言った。


〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜


 AI課のメンバーは学園内の一室に集合している。

 そして目の前には加賀見助教授…… ()()()()がいる。

 大きな机と椅子に座り、彼女は天野達を椅子から立ち上がることなく出迎える。

 近くには見慣れぬ、年配の女性がいた。

 久美が声をかける。


「あの、加賀見……せんせい…… 」


 久美の言葉に、軽くあしらうように彼女は言った。


「暫くは此処にいる。だが今後、此処に来る必要は無い」


「 えっ…… 」


「アシカビからは報告を受け取ったのであろう。私は既にこの学園の者ではなくなった。学園の事後処理と後任が就くまでは此処にいるが、それまでだ以降は移動する」


「ちょっと待てよ! 加賀見先生! 俺らの研究どうすんだよ!」


 それまで黙っていたクニヨシが吠える。


「ち、ちょっと…… 立木君」


 彼の余りの言動に久美は思わず止めようとするが、天野はそれを止めようとはしなかった。

 そして天野は加賀見に向かって静かに言った。


「理由を話してくれませんか」


 彼女は両肘を机に預け、天野に向かって口を開く。


「…… 理由か」


 そ言うと彼女は身体を背もたれに預け、続けて言葉を放った。


「学園内の研究では進まないのだよ」


 その言葉に全員が眉をひそめる。


「今回、ガイアは国家運用に(たずさ)わる事になり、国での管理が必要になる」

 

 そこまで言うと隣にいた女性が近づき何やら耳打ちする。

 加賀見はそれを受け、小さく「(わかっている)」と答えていた。


「私はその管理者として迎えられた。これからは国家予算での開発に取り込む予定だ」


 クニヨシは今にも飛びかかろうとする勢いで、彼女を睨みつけていた。

 そんな視線など何の問題も無いとばかりに、彼女はその視線を無視し話を続けた。


「今後、ガイアは飛躍的に開発が向上される事となる。学園にいた頃と違ってな」


「ふざけるな!」


 クニヨシが横で怒声を飛ばす中、天野は心の中で叫んでいた。


(違う!)


「別にふざけてはいない、世間にもガイアの素晴しさをアピールし、知ってもらうチャンスだ」


(違う!)


「今後は、ガイアの能力でこの国は豊かになるだろう」


(違う! 違う! 貴女はそんな事を考えない! 考える必要は無い!)


 天野は静かに彼女を見据える。


(貴女が言っている事が本当で、求めているモノだとするならば……どうして、そんなに哀しそうな顔をするんですか…… )


 その時の彼女は、机の前で両肘を立て、顔の前で手を組み、まるで顔を隠すようにしているが、そこから睨む眼は赤く腫れていた。


 天野は半歩進み、手の甲をクニヨシの胸元に当て、静止を(うなが)す。


「天野…… 」


 それで少しクニヨシは正気に戻ったようだ。


「私達は、これからどの様にしたらよろしいのでしょうか…… 」


 加賀見は視線を天野に移し、投げ捨てる様に声を出した。


「好きにすればよかろう。お前達の研究は後任に任せるつもりだ」


 その言葉に対して、天野は丁寧にゆっくりと応えた。


「分かりました、自分は()()()の意志に従おうと思います。失礼しました」


 「お、おい! 天野!」


 クニヨシは天野の口から出た言葉が信じれないのだろう、不満をぶつける勢いで身体を天野の方に向けるが天野は向き合わず、手をクニヨシの肩にやる。


「ツッ! テメッ……!」


 クニヨシは天野に肩を掴まれ、痛みで思わず声を上げそうになる、睨みつけると同時に天野の顔を見た時には、彼は投げる言葉を見失い、別の言葉を放っていた。


「お前…… 」


「行くぞ」


 天野のその小さな言葉と共に、四人は部屋を出る。

 何も喋らなまま廊下を歩いていたが、この中では一番冷静な態度を取っていた美奈が呟いた。


「先生………… 泣いてた」


 その言葉に、誰も返す人はいなかった。

 

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