第29話 過去と病室
天野が倒れた後、会場は一時騒然となった。
クニヨシは倒れた天野の胸ポケットからスマートフォンを取り出し吠える。
「タカミ、タカミ! …… チッ! 呼び出せねぇ。会場のスタッフは担架を用意してくれ。救急車を呼ぶ!」
次に自分のスマートフォンを取り出し、叫ぶ。
「市内総合病院! 科学研究学園まで救急車一台寄こしてくれ!」
騒然とする会場の中、加賀見助教授は静かに立ち上がり、足早に天野の方へ向かう。
「アシカビ!」
「あいあ〜い」
加賀美助教授の呼びかけに、いつもの感じでアシカビが加賀見助教授の真横に現れる。
「急患だ! モード変更、並行して観客への対応をしてくれ!」
その一言で、アシカビの態度が急変する。
「了解しました。状況を確認します。指示をお願いします」
「まずは観客を落ち着かせてくれ」
ざわめく会場の中、アシカビの声でホールにアナウンスが流れる。
『会場の皆さま、当発表会において、急患が発生しております。申し訳ございませんが、暫くそのままお待ち下さい』
「救急車の手配は学生が行った。市内総合病院にこの会場のマップとナビデータを転送してくれ。完了後はタカミに繋がらなければ、タカミの持つファイルから情報を引き出し対応しろ」
「プライベートファイルとなっており、本人の承諾が…… 」
「構わん、人命がかかっている。こじ開けろ」
「分かりました、学園責任者の名義で承認を得ます…… 承認されました…… 緊急時対応ファイルを開示…… 確認しました。天野刀那、緊急時対応をインストール…… 開放します」
「よし! 立木から引き継いでくれ。立木!」
その時クニヨシは自分のスマートフォンと天野の腕時計をケーブルで繋ぎ、必死で状況確認を行なっていた。
その彼は、今気がついたようにハッとした顔を加賀見助教授に目をに向ける。
「アシカビにタカミのシステムを引き継いでもらった。お前のスマートフォンを開示してもらいたい」
「は、はい。天野の時計とリンクしたら、天野の状態が分かるはずです」
クニヨシのスマートフォンの画像が切り替わると同時に、アシカビは情報を周りに伝える。
「確認しました。そのまま引き継ぎます。天野刀那の心拍数、血圧、脈拍を計測します」
「アシカビ外部への音声カットだ。個人情報を外に漏らすな、私に直接つなげ」
加賀見は個人のスマートフォを取り出すとイヤホンを取り付け、それを耳に当てた。
「…… どうだ、命に別状は……そうか…… そうだな連絡しておいてくれ…… 」
アシカビとのやり取りをクニヨシと久美は見ていたが、ジッとしていられなくなったのだろう。
久美は目に涙を浮かべ、加賀見に食ってかかる勢いで言い寄った。
「あ、天野君はどうなんですか!」
「落ち着け豊野、命に関わる状態では無いと判断するが…… 」
その中、スタッフを押し退け、顔面蒼白な年配の女性がヨロヨロとした足取りで現れた。
「刀那………… 」
その人物は倒れた天野の姿を見るなり、崩れるように座り込むとボロボロと涙を流し始めた。
「おばちゃん…… 」
クニヨシが驚いた表情でその人物を見る。
その呟きに加賀見は目を細め、久美は大きく見開く。
「お母様ですか?」
加賀見の問いかけに、その人物は俯いたままだ。
その時、遠くで救急車のサイレンが聞こえてきた。
「興奮状態ですが彼は大丈夫です。間もなく来る救急隊員と共に病院へ向かわれて下さい」
加賀見は天野の母親に優しく声をかけると、母親は目を押さえながら小さくコクンと頷く。
その後は加賀見助教授が中心となり、会場を取り仕切る運びとなる。
倒れた天野は担架で運ばれ、加賀見助教授が自ら壇上に登ると、後の発表内容を簡潔に説明し、そのままクニヨシに繋げると何事も無かったように、そのまま発表会に参加した。
そして発表の終了。
高木教授と加賀見助教授以下、学生達は来客に向かって礼をすると、会場からは盛大な拍手が送られた。
だが、そこに豊野久美と立木國嘉の姿は無かった。
その二人はタクシーの中にいる。
「クニ…… 立木君は天野君の事…… 知ってるの?」
「…… 調子狂うぜ?らしくない。いつもの呼び名でいい」
「…… うん」
だが久美は、不安げな表情のまま俯いている。
そして、そのままゆっくりと話し出した。
「私…… 昔ね…… 病弱な弟がいたの…… 病室で、点滴とか検査機械のコードにつながれてて…… 私が会いに行くと…… キツイのに…… 笑うんだ…… その顔が…… 天野君と…… 重なるの…… 」
そこまで言うと、彼女は膝の上に重ねて置いてある、自身の掌をポタポタと濡らす。
そんな様子に気付いたクニヨシは、それを見て一瞬ギョッとした表情をするが、久美に対して視線を逸らし、小さなため息を吐いた後ポツポツと話し出した。
「俺も、詳しくは知らねぇけどよ、アイツが胸の内にでっかい傷を抱えている事は知っている…… タカミメディカルコーポレーション製、TERC・C型02号番」
「天野君の…… AI?タカミのこと?」
「あぁ、タカミのメーカーの型式番号になる。この…… TERCってのは『ターミナルケア』の略称だ。タカミはその分野の派生型AIとして造られている」
「『ターミナルケア』って…… あの」
「勘違いするなよ。派生型って言ったろ。別に天野がそうってわけじゃねぇ…… ただ、心にでかい傷…… トラウマってのを持っているのは確かだ。それでアイツの両親がタカミを与えたのさ」
「心の…… 傷」
「ああ、何でも昔に事故があったらしい…… それでな友人を失ったと言うことは知っている」
「………… 」
寡黙に俯く久美。
少しの間を置き、クニヨシは言葉を続けた。
「以前な、中学の頃、アイツんちに遊びに行った時のことだ」
久美の気持ちを感じ取ってか、そこから急にクニヨシは少しばかり戯けた口調で喋りだす。
「当時、流行ってたホラーゲームを半分無理やりやろうとした時だ。オープニングのビジュアルを一緒に見た時な、アイツ泡吹いて倒れやがったんだ。それで、おばちゃんにすごい剣幕で怒られてな。まったく、こっちがトラウマだっての」
そんなクニヨシの態度に久美はほんの少し口元を緩めた。
その久美を見てクニヨシは諦めともとれる表情を浮かべる。
(こりゃあ天野の状態を見るまでは変わらんな。ったく、らしくないよな〜、こいつはなんか天野に対して線引きしやがるし。あいつはあいつでお構いなしだ。ただなぁ…… 天野に近付けるのこいつぐらいなんだよなぁ。あいつ特に女を拒むし…… その事故ってのが関係してるとは思うが…… )
クニヨシがそんな事を考えている内に、二人を乗せたタクシーは目的地である病院へ到着した。
〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜
看護師に伴われながら、二人は病室の一室に案内される。
「…… お大事に」
看護師にかけられた言葉に、軽く会釈で返す。
ゆっくりと室内に入ると、椅子に腰掛けた人物がうかがえた。
それは、先ほど会場で見た、天野の母親であった。
静かにジッと息子の顔を眺めている。
「失礼します」
クニヨシが小さく声を上げる。
それに天野の母は気付いたようだ、すると彼女は微笑んでクニヨシを迎えた。
「あら、お久しぶりね」
それにクニヨシは少し驚く、彼は以前のように罵られることも覚悟していた。
椅子から立ち、クニヨシの前に立つと、天野の母親はゆっくりと静かにその頭を下げた。
「ごめんなさい」
「えっ⁉︎ 」
何が起こったのか理解できず、クニヨシは思わずそのまま声を上げる。
「以前、刀那が同じように倒れた時、私は動揺して貴方を罵りましたね。それから貴方と刀那は同じ高校へ入ったのに、貴方の姿を見かけなくなった事で私も後悔していたの」
「い、いえ、そんな」
「私は刀那を大事にするあまりに、数少ない友人を失わせたと思っていたの、でもこうして今でも友人として接してくれてて、とても感謝しているわ」
そうしてまた彼女は柔らかく微笑みを浮かべる。
「そして、お嬢さん」
「は、はい」
「貴女も刀那のご友人? それとも彼女さんかしら?」
「い、いえ、いえ同じ研究室のものでして…… 」
思わぬ言葉に、あたふたして声も上ずりながら返答する。
「いろいろ心配をかけるけど、これからも刀那の事をよろしくね」
そして久美に深々とお辞儀をした。
「は、はい! ですから頭を上げてください」
そのやり取りにはクニヨシもわずかに笑みを浮かべる。
だが、この部屋に入ってきていた時の天野の母親の表情は、思いつめているような雰囲気を感じとっっていた。
「おばちゃん…… 天野は…… 」
「ええ、今は眠っているだけ」
寂しげな眼差しで息子を見つめる。
「けど、タカミはどうしたのかしら? こういう時のためにあるのに…… 」
その質問に、クニヨシも久美もすぐには答えを出せない。
そこにハッキリとした口調で病室に入ってきた人物がいた。
「申し訳ありません」
「貴女は先ほどの…… 」
「学園で教鞭を振るっている加賀見玉緒と申します。このたび、私の管理不足によりこのような事に陥り、誠に申し訳ございませんでした」
そこまで言うと、加賀見は天野の母に頭を下げた。
「あら、私てっきり学生さんかと思っていました。
それに…… 今回の事は事故だと捉えていますので…… 」
「いえ、私は天野君の今回の発表にあたり、原因を引き起こさせるようなものを組み込む事を提案しました。それにより、今回のような事を発生させ、対応が遅れてしまいました。誠に申し訳ございません」
らしくない蒼白な表情で、加賀見は事の成り行きを説明する。
「私は研究のためとは言え、人命に関わる間違いを犯してしまいました。タカミは元に戻し…… 」
「加賀見先生!」
久美が急に声を上げる。
「タカミを元に戻してしまうの? 天野君ここまで頑張って組み込んだのに」
加賀見は顔を久美の方へ向ける。
「豊野。これは彼の問題なんだ。こちらの都合で同様の事故を起こすわけにもいかない」
「けど、ずっと今までやってきて、もうすぐ出来上がるんですよ?」
「クニヨシのシステムもある、タカミに変わるAIを新たに造れば問題無い」
「だからって、刀那君に何も相談しなまま…… 」
そこに病室の前を通りかかった、巡回の看護師から声が掛かった。
「病院内ではお静かにお願いします」
これにより、二人の言い争いはピタリと止まる。
「申し訳ございません」「ごめんなさい」
看護師に向かって頭を下げる二人。
それまで驚いた表情で見つめていた天野の母親は、やがて微笑むと久美に向かって声をかける。
「ねぇ、貴女のお名前は?」
そういえば自己紹介をしていなかった。
久美は慌てて名前を名乗った。
「豊野、豊野久美といいます」
そして、天野の母親は今度は加賀見に顔を向ける。
「先生、その事は豊野さんの言う通り、刀那が起きてからみんなで決めてください」
「しかし…… 」
「いいえ、本人の知らない所で勝手に話を決めてしまってはダメよ。私は刀那の…… 息子の友人をもう失いたくないの。ね? そうでしょうクニヨシ君?」
「あ、ああ、そうだな」
クニヨシは特に高校時代の期間、天野と距離をおこうとか友人を止めるなど、全然思っていなかった。
たまたまそうなった感じなので、この時は戸惑いを隠せなかった。
「私は皆さんを見て安心しました。今日はお疲れでしょう。もう少し息子の顔を見ますので、皆さんはどうかお帰りになられて下さい」
「けど…… 」
言いかけた久美の言葉をクニヨシの肘が止めさせる。
加賀見は一歩前に出て言葉を告げる。
「分かりました。本日は誠に申し訳ございませんでした。またこちらから連絡をいたします」
加賀見が再び天野の母親に頭を下げると、同時に向こうもまた頭を下げた。
「今後ともよろしくお願いします」
そして、三人は後ろ髪を引かれる思いはしたものの、そのまま病室から退出した。
三人が出た後、天野の母親は息子の横に座ると優しく髪を撫でる。
「あなたにも心配してくれる人が出来たのね…… 」
その顔は、入室時に見せた表情とは異なり、嬉しげな表情を浮かべていた。




