第22話 タカミの持っていたもの
クニヨシは廊下を軽い足取りで歩いている。
カムスシステムの導入が認められ、かなりご機嫌な様子であった。
彼が向かう先は、天野のいるAI研究室。
「ちーっす………ッ!」
部屋に入る足が止まる。
中はどよーんとした重い空気が立ち込んでいる。
「…… なん…… 」
見ると部屋の中は、天野刀那と豊野久美の姿が見える、見えはするが二人とも同じような肩を落とし、沈んだ表情を浮かべていた。
「お、おい…… 天野」
「お、あ、クニヨシ…… おはよう」
力無く答える天野。
「おはようじゃねぇよ。何だよこの空気は」
クニヨシは天野に近づき、耳元で囁くように質問する。
「おめぇ、謝っていないのかよ?」
「いや…… ちゃんとした」
「だったら、この空気は何なんだ?」
「彼女の事は分からないけど、これだよ」
天野はディスプレイに指を差す、そこには各システムの稼働状況が表示されてあった。
そして、天野が指を差した場所、新しく導入したカムスシステムの状況を示している。
13%
「…… 何でこんなに稼働率が低いんだ?」
「それを調べたんだが、外部情報の取り入れ先の反応が遅いんだ」
「て〜と、どう言う事だ?」
「相手先のセキュリティの解放に時間が掛かっている」
「あ? 共同開発の名目で、許可はされているはずだがな」
クニヨシは憮然とした表情で言う。
「全てを解放ってわけでは無い所があるみたいだ。相互で書類的な手続きが必要なところもあって、その認可に時間が掛かっているみたいなんだ」
「くわー、張り切ってきたのに、これじゃあキチンと稼働しているかどうかの判断もわからねぇ」
顔を手で覆い天を仰ぐクニヨシ。
そんな彼に天野は慰めるように状況を説明した。
「ただ、稼働している部分はオールグリーンだ。今の状態ならデバグ作業も必要ない」
「んなら、現状としては、まずまずと言ったところか」
「ああ、後はカムスの[認識]がどれくらい進むかだな」
そんな天野とクニヨシの会話の中、豊野久美は二人から離れた席で思案にふけっていた。
合宿の時、なぜ天野があの時、あのように声を荒げたのか?
その理由を知りたくない訳ではなかったが、彼の謝罪と共に、その事は忘れようとした矢先の事だ。
タカミシステム
現在、新たに量子コンピューター『天』に組み込むため、カムスの解析に忙しい天野に頼まれて、彼の個人AI「タカミ」を扱っている。
まだ具体的に、どのようなシステムを組み込むかは決まっていなかったが、事前にどのようなシステムがあり、どれを残してどれを破棄するか、などの判断を行うための事前検証を彼女は任されていたのだ。
その時目についたのが、
メディカル救急システム
彼女は救急システムに連なるものは知っている。
児童救急システムと言うものだ。
あまり出回っている印象は無いが、主に児童が事故や犯罪から守るために作られたネットワークシステムだ。
子供が危険な場所やそぐわない場所にいると、リアルタイムで保護者に連絡が入り、また犯罪等に巻き込まれた場合、警察にも速かに連絡が入る。
だが、メディカル…… 医療につながる救急システムを組み込んだAIなど、彼女は聞いた事は無かった。
彼が何らかの病気を持っている、など聞いた事はない。
久美はそのファイルが表示されているページを閉じ、[戻る]のアイコンを数回クリックし画面を戻す。
「ちょっと、加賀見先生のところに行ってくるね。立木君、悪いけど続きをしてもらえるかな…… 」
それだけ言うとスッと席を立ち、部屋を出ていく。
「お、おう」
クニヨシは戸惑うように答え、その後ろ姿を見送った。
(調子狂うぜ、まったく…… )
ため息を一つ吐くと、クニヨシは先ほどまで久美が使用していたパソコンの前に座る。
「おーい天野、いるもんと、いらないもんってどれだ? ちょと見てくれ」
「ああ」
クニヨシは頭の上に手をやり、面白くなさげな表情を浮かべている。
そんな彼に天野は近づき、立ったままパソコンの操作をする。
「これと、これは残してくれ」
画面を切り替えながら、指示を出していく。
そして、先程まで久美が開いていたファイルが表示された時、
「…… この項目は、隠しファイルで別に保存しておいてくれ」
クニヨシに呟くように言った。
クニヨシは姿勢を変える事なく、目だけを細める。
「…… おう」
彼は、それだけ答えた。
〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜
カチャッ
「失礼します」
久美は加賀見助教授の教員室に入る。
加賀見助教授は不在のようだ、部屋には誰もいない。
そこに急にホログラムが映し出される。
それはアシカビだった。
「こんにちは久美ちゃん。何の用かな〜?」
「タマチ…… 加賀見先生に用事があったんだけど…… 」
「今は、会議に出てる〜。あと三十分くらいで戻るよ。伝言だったら伝えるけど」
「ううん、伝言ってことじゃあ…… ちょっとタカミに変わってもらえるかな」
「わかった〜」
光の粒子となりアシカビの姿が消えると、入れ替わるようにタカミが姿を現した。
「はい、ご用件は何でしょう?」
「メディカル救急ネットワークって教えて欲しいんだけど」
「メディカル救急ネットワークは、一般にメディカルネットワークを細分化させたものを差します。メディカルネットワークは、病院と病院の間で患者の容体や治療歴、処方などの情報をネットワーク上で共有する事を言います」
久美はその内容を食い入るように聞き始める。
「その中でもメディカル救急ネットワークは、主に救急車を呼んだ時に救急車内で得られた情報、熱や血圧、体重、脈拍など救急車内で得られた患者の容体情報を素早く病院側に送るためのシステムとなっています」
「そして、それにはもう一つ、患者が直接病院に情報をリアルタイムで流していくケースもあります」
「患者が直接…… 」
彼女はおそらくこれが天野の持つものだろうと推測した。
「患者の容体が急激に変化した時など、緊急を要する時はネットワークを通じて、自動的に救急車を呼んだり、受け入れ先の病院にカルテ情報などを…… 」
「あのねタカミ、それ…… あなたも持っているよね。天野君がそうなの?」
タカミの説明を遮り、久美はタカミに質問を投げかける。
だが、タカミは静かに首を横に振る。
「申し訳ございません。その質問は個人情報保護法に抵触します」
分かっていた事だが、久美は肩を落とす。
「そう…… よね、ありがとう。もういいわ」
久美はタカミに向かって力無く微笑むと、部屋を後にした。
あの時…… 確かに救急車のサイレンが鳴っていた。
久美は合宿での出来事を思い出していた。
〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜
沈んだ気持ちで服が乾くのを待っていた。
離れたところでは、男子学生がバーベキューの周りで騒いでいるが、その喧騒はあまり耳に入らなかった。
ピーポーピーポーと鳴るサイレンの音が聞こえる。
それが少し離れた場所で止まった後、しばらくしたらその方向から立木君が現れたのだ。
「よ〜クニヨシ、アイツどうしたんだ?」
クニヨシと同じシステム課の角川信二が、赤ら顔で彼に絡む。
「なんでも気分の悪い事があったらしくってな。イライラしてたんだと」
なんでもない顔でビールを手に取りフタを開ける。
「で、アイツは?」
「いや…… なんかメールきて用事ができたから、と言って出てったぞ」
なんでもないといった感じでビールを口に含む。
「元カノか? 元カノからのメールか?」
ブッ!
思わず口からビールが吹きこぼれる。
その角川の言葉に女子が素早く反応する。
「ちょっと! どう言うことよ! 詳しく教えなさいよ!」
クニヨシに詰め寄る那須比奈子。
彼女の顔もそうとう赤い。
「し、知るかよ!」
酔っ払いどもに、もみくちゃにされるクニヨシ。
そのやりとりを見ていた久美は、また沈んだ重い表情を浮かべるのであった。
こうした事から、夏季休暇明けの彼女たちの天野への風当たりが強かったのだが。
どうやら元カノと言うのはデマらしい。
胸につっかえた物が取れた感じはしたが、気分はさほど良くなったわけでは無かった。
「天野君の病気って…… 」
うつむきながら廊下を歩いていく。
彼女は気付かなかったが、壁の掲示板には『文化祭』のポスターが貼られていた。
ここからは、神様の紹介ではなく設定をかいつまんで紹介しようと思います。
古事記を読んだことのない方は判りづらいかも、と思いまして。
作者の作家としての能力も皆無ですし〜
ではでは、古事記で物語の始まりはイザナギとイザナミからです。
イザナミが最初にイザナギに声をかけ、二人は結ばれるのですが、生まれたものは[水ヒルコ]で身体に骨は無く形を成さないものでした。これを海に流しちゃうんですけど(ヒドイですよね)、私の物語ではこの[水ヒルコ](後のエビス神)を[曖昧システム]としています。形を成さない→曖昧なもの と捉えて、海に流す→ガイア世界に広げる と言うふうに捉えています。




