第20話 いらだち
自由行動となった学生達は、多くは海水浴に行き、残り少ない学生時代の夏休みを謳歌していた。
「うっわー、きれー」
打ち寄せる白波と共に磯の香りを潮風が運んでいる。
かなり大きな海水浴場なのだが、海水浴客はまばらでほぼ学生の貸し切り状態となっていた。
女子学生達は水辺で戯れ、ビーチボールを飛ばし、パラソルの中でドリンクを楽しんでいた。
かたや、男子学生はナンパに意気込んでいたものの、なぜか地元のおばちゃん達に囲まれて海産物をあてがわれていた。
チリーン♪
風鈴が涼やかな音色を響かせるなか、天野は一人で旅館の部屋に篭りパソコンとむきあっていた。
カチャ カチャ カチャ
時折、机の上のグラスを口に運ぶ以外は、ただひたすらに打ち込み作業を続けている。
「ふぃー」
ドサッ!
両手を上げながら畳に仰向けに倒れ込むと、天野は天井の丸い室内灯をじっと見つめながら、今朝の事を思い出していた。
(手伝え、天野)
その言葉と共に、加賀見の柔らかな笑顔が脳裏に浮かぶ。
ガラッ!
「あにやってんだよ、天野」
クニヨシである。
天野は寝っ転がったまま、顔をクニヨシに向けた。
「あん?」
「かぁ〜、お前発表会が終わったと同時に打ち込みかよ」
天野のパソコンを覗き込みながら、クニヨシは悪態をついた。
「そんなんじゃあ彼女も〜…… てか、羽を伸ばせる時に伸ばさないと禿げ上がるぞ」
「…… 悪かったな」
天野は頭をボリボリと掻きながら、起き上がると同時に素っ気なく答える。
「ところで天野、今朝どこに行ってたんだ?」
その質問に、少し考えてから口を開いた。
「お前のイビキがうるさくて目が覚めて、仕方ないから散歩行ってたんだよ」
「カッカッ、そうかそうか」
まるで、人ごとのように笑うクニヨシに天野は言葉を続けた。
「その時なんだがな…… 」
天野はクニヨシに今朝の出来事を簡潔に話した…… 指切りの事は伏せて。
「はぁ〜、なるほど。[曖昧]を量子力学の粒子の波動の二重生からね〜」
クニヨシはフムフムと頷くように聞いていた。
「分かるのか?」
「いんや、さっぱりわからね」
胡座を組んで流し目で答えるクニヨシ。
「(コイツ…… )」
天野はその答えにムッとした表情を一瞬浮かべる。
そんな天野に続けてクニヨシは言う。
「ただ、めんどくさそうな事になりそうなのは分かる」
少しばかりの睨みを効かし放った言葉に、天野は視線を逸らした。
「そ、そうか?」
口笛でも拭いてごまかそうかと思える天野の表情に向けて、諦めの表情を浮かべると、やれやれとばかりにクニヨシは立ち上がった。
「まぁ、ええわ。で、お前今かどうすんだ?」
「とりあえず、夕方のバーベキューには参加するよ」
「おう、ナンパ班が近所のおばちゃんから、たっぷり海産物手に入れているから楽しみにしとけ」
それだけ言うと、クニヨシは部屋から出ていく。
その後ろ姿を見届けると、天野はまたパソコンに向き合うのだった。
〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜
夕刻…… と言うにはまだ早い時間帯だが、空はやや赤みを帯び始めている。
旅館の別館の脇にある小さな空き地で、学生達はバーベキューを楽しんでいた。
「夏季合宿おつかれ〜!」
「「おつかれ〜」」
システム課の一人、臼井大地の乾杯の音頭に参加者全員の声が重なる。
「かぁ〜‼︎ ヤッパ夏はビールに限っな〜」
「うわ、すっごい〜!」
半切りにしたドラム缶の上に網を敷き、肉と共に地元の魚介類が炭火にあてられていく。
サザエ、ハマグリ、イカ、岩ガキ、カニ
豪勢に盛り付けられた網の周りに、学生達が群がる。
ハマグリのフタがパカッと開く、サザエのフタも開き出した。
「よっしゃ!」
醤油をかまえたシステム課の男子学生、大戸次郎はサザエに醤油をたらりと掛けた。
ジュワ〜
こぼれた醤油が炭火に落ち、蒸気と共に香ばしい磯の香りが周りにたちこめる。
「ほわ〜、美味しそう〜」
女子学生の一人が思わず声を上げる。
「それじゃあ、いただくまーす」
声を出すと共に、醤油を横のテーブルに置き、箸を持って構える大戸次郎。
だが、彼が横を向いた瞬間に学際達は即座に群がり。
彼が箸とお皿を持って振り向いた時には、網の上には小さなソーセージが一つだけポツンと乗っているだけだった。
涙目で周りに目で訴える大戸次郎、周りのみんなは素知らぬ顔である。
「はっはっ、大丈夫だよ。まだまだあるからね」
そこに爽やかな笑顔で大戸次郎に声をかける臼井大地、手には海産物を乗せた皿を持っている。
「臼井〜、俺の友はお前だけだぁ〜」
「貸した金はちゃんと返せよ」
そんな彼らを横目に女子学生も海産物に舌鼓をうっている。
そのうちの一人、システム課の神谷郁美もビール片手にバーベキューを楽しんでいた。
「たまには男子も役に立つものね」
そんな事を言いながら、ビール缶を口に付けようとすると、旅館から出てきた人影に気付く。
それは名前だけは知っている、面識のあまりない男子学生、天野だった。
その人物にトットットッと早足で近づく、海産物を乗せた久美の姿を見る。
「(ふ〜ん)」
その様子をやや気にしたように見ていたが、やがて彼女は視線を戻しビール缶を傾ける。
次の瞬間、場違いな怒声が響く。
「その呼び方はやめてくれ‼︎ 」
その怒声に思わずむせて、コホッコホッっと彼女は咳き込んでしまった。
「な、なんや?」
咳き込みながらも声の主の方に顔を向ける。
「やめろと言っているだろう‼︎ 」
そこには、久美の持っていた皿が天野の手によって振り払われるところだった。
無惨に地面に打ち付けられた海産物と、転がっていく簡易な皿。
辺りはシンと静まりかえっていた。
その様子に天野は気付いたのようで、顔を伏せるとその場から立ち去っていった。
「なんだあいつ」
大戸次郎の声と共に周りが動き出す。
神谷郁美は茫然と立ちすくんだ久美に向かって行く。
「なにか…… あったん?」
久美はその質問には答えず、俯いたまま、ただ横にフルフルと首を動かすだけであった。
「服…… オニュウやろ、シミになったらいかん洗い行こう…… な? 」
「………… 」
久美は黙ったままコクンと頷くと、彼女に付き添われてその場を離れていった。
離れた場所でそれらを見ていたクニヨシは皿をテーブルの上に置くと腰に手を当て、ため息を吐く。
「はぁ〜、ホントめんどくさいやっちゃぁ」
そう言うとクニヨシは唖然としている学生達の中を通り、誰に目を合わせるわけでなく声を出す。
「俺が、ナシつけてくるわ」
そしてだらしなく歩いて行く。
「お、おい。クニヨシ」
クニヨシに向かって、臼井大地が声をかけるがクニヨシは振り向きもせず片手を上げ。
「ビールだけ、残しとってな」
と、それだけを言い残して、その場を去っていった。
〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜
バーベキューの会場を後にした天野は、おぼつかない足取りで足を進める。
視界はすぐ前の足元しか写らない、それもぼやけて霞むほどだ。
先ほどの光景がフラッシュバックする。
会場を目の前にして、目に飛び込んだのは、薄いベージュのワンピースを着た久美の姿であった。
いつもはジーンズやボトムスパンツを着用しているので、どこか新鮮な感じがする。
彼女の方も天野の存在に気づき、手に持った皿をそのままに天野に向かって小走りに近づいてくる。
その姿にどこか懐かしさを感じながら、笑みを浮かべようとしたが……急にその表情が固まった。
…… なつ…… かしい?
「トナチム」
笑顔で話しかける久美の仕草とバスの中で見た夢の中の少女が重なる。
天野の表情は一転して悲壮なものへと変わっていった。
「その呼び方はやめてくれ!」
いきなりの怒声に久美は目を見開くが、いつもと同じ口調で話しかける。
「き、急にどうしたの? トナチ…… 」
パン!
顔を背け、横に手を大きく振るうと、久美の持っていた皿に当たり乗っていた海産物が散乱する。
「やめろと言っているだろう! 」
叫んだ後、目を見開く。
そこには、唖然と立ちすくす久美の姿と、学生達の視線があった。
以前に感じた事のある視線……
それを感じ取った途端、天野はその場から逃れるように走り去った。
ハッ! ハッ! ハッ!
込み上げる嘔吐感とおさまらない動機、視界はぼやけ何処に向かっているかも分からない。
脳裏に浮かぶもの……
目に写るものはすべてモノトーンの景色……
夢に出てきた少女の写真が飾られた部屋に入った時、誰か分からない小さな影が自分に向かって叫ぶ……
その小さな影が何を言っているのか、何を叫んでいるのかは分からない……
ただ、自分に向かって叫んでいることだけは分かる……
そして、その小さな影が叫んだことで……
その部屋にいた多数の大きな影が、一斉にこちらを向いたのだ……
「ゲッ、ゲェー」
今までない以上の急激な吐き気が天野を襲う。
何も食べてはいないのに胃の中のものが込み上げてくる。
天野は木の幹に片手を預け、それに耐えようとするが吐き気は治まらない。
胸ポケットのスマートフォンは黄色く点滅しているが、天野はまったく気づいていない。
「ゼッ! ゼッ!」
呼吸器は荒く、心臓がバクバクと激しく鼓動するのが分かる。
天野は地面に落ちる唾液と汗だけを見ていた。
「天野」
後ろで声がする。
天野は腕で口を拭い、警戒するように視線を向ける。
そこにはクニヨシが立っていた
「発作か…… 」
クニヨシの質問に視線を外し、コクンとうなずく。
「ちょっと待ってろ、水を持ってくる」
そう言うとクニヨシは少し離れた場所にある古びた自動販売機に向かって行く。
クニヨシが戻ってきた時には少し落ち着いてきた。
かがんでペットボトルのキャップを外し、天野に手渡す。
「大丈夫か?」
「ああ、すまない」
それを手に取り、天野は憔悴した顔で、水を口に含ませる。
そして、視線を落とした時に胸元が赤く点滅していることに気付いた。
「失敗したな…… 迎えがくる」
スマートフォンの画面には『RESCUE』の文字が表示され、赤く点滅が繰り返されていた。
「戻るか?」
「いや、戻りづらいし。この先のバス停で拾ってもらうよ」
「じゃあ、みんなには適当に答えとくわ」
そう言うと、クニヨシはゆっくりと腰を上げる。
「彼女には、あとでちゃんと謝っておけよ」
ボソリと呟くように発したクニヨシの言葉に、天野は遅れて返事をする。
「…… ああ」
それを聞き届けるとクニヨシは、まただらしなく旅館に向かって歩き始めた。
於母陀流神、阿夜訶志古泥神
この夫婦神は完全なる人体の完備を神格化したものと言われています。
神世七代の夫婦神は色々な説があり、決して一つの事に対して言及できません。
火の神様、水の神様、風の神様、土の神様など明確化された神様は後で出てきます。
神世七代は地上の神様です。イザナギ・イザナミが大地を作る前の神様達です。
大地ができる前にあるべきものをつかさどる神様だとは思いますが、それは何なのでしょうね?
物語では綾部美根子と、これまた設定だけで出てこない於保隆一と樽井正志を当てています。




