第15話・第16話 入力作業/シミュレーション状況
研究室から音楽と音声が聞こえる。
部屋の中を覗くと対になったパソコンに、向かい合わせで座っている天野とクニヨシ。
二人は黙々と作業を行なっている。
そのパソコン同士の間に、一台のディスプレイが置かれており、それが音楽と音声の発信源であった。
チッ…チッ…チッ
部屋に掛けられた時計の秒針が45秒を指した時、ディスプレイから映像も流れる。
その映像からは、青いツナギで短髪の男のキャラクターが表示されている。
「あ゛あ゛! いい漢が午後4時をお知らせするZ e!…チッ…チッ…チッ…ア゛ァ〜〜〜! ウーホウッホ動g………… 」
プツンッ
それはすべてを言い終える前に消された。
視点を変えると天野とクニヨシ両方が手にリモコンを持ち、ディスプレイに向かって手を向けていた。
そしてクニヨシは何事もなかったようにパソコンに向き直り、天野はチラリと壁時計を見る。
「もうこんな時間か…… 」
誰に言うわけでも無く呟く。
カシャカシャカシャ…… カシャ…… カシャカシャカシャカシャカシャカシャ
前にいるクニヨシから、凄い速さでキーボードを叩く音が聞こえて来る。
彼の表情も真剣だ。
ディスプレイ画面を見ればビッシリと文字で埋め尽くされており、それが下から上へ流れていく。
並列に置かれたディスプレイも複数のファイルが表示されており、それが上下左右にと動き回っている。
天野はそれを見て、〈自分も〉と再び作業に取り掛かった。
しばらくするとクニヨシの手が止まった。
「なぁ天野、ちょっといいか」
「ん? また、なんか変なところがあったか?」
ヒョイとディスプレイ越しに顔を覗かせる天野。
「いや、タカミとカムスを、アシカビと同系列に置く許可を申請していると聞いたんだが」
「ああ、カムスは元々学園のものだからな、直ぐに申請は降りると思う、タカミはちょっと掛かるみたいだな」
「どんなシステムを組み込むんだ?」
「それが思い浮かばなくって。生半可なものだとアシカビと同質と見られて、消される可能性があるんだよ」
「ドッペルゲンガーか…… 」
「そう言う事」
先日の久美から聞いた話を思い出す。
クニヨシはその事を知っているようだ。
「なぁ、特に決まってないようなら、カムスの方を俺が使っていいか?」
あまり見られないクニヨシの提案に、天野はちょっとびっくりする。
「それは構わないが……で、どんな内容で使うんだ?」
天野の返しに、憮然な表情を浮かべるクニヨシ。
「上手くいくかわからねぇから、ちょっと言えねぇ」
「分かったよ、目処がついたら教えてくれ」
「あぁ…… 」
(おかしな奴だ…… )
天野はそう思う。
(自分が分かる事は他人事でもしゃしゃり出るのに。自分の事となると口を噤む)
それを口に出したら彼は怒るだろう。
そんな事を考えながら天野は気付かれぬように小さく笑った。
「ところで何でこの研究室、4時前になったら勝手に動画が付くんだ?」
そんなクニヨシは話題を変える。
「先輩たちがそうなるようにしたみたいだけど、理由も作動方法と解除も分からないんだ」
「今どきあんな動画見る奴いないよな、その前に流れる音楽は聴けるんだが」
そこでクニヨシは〈ん〜〜〜〉と椅子に座ったまま背伸びをすると、スッと席を立つ。
「さて、とりあえずだが加賀見先生が編纂した、お前のシステムはおおかた組み上がったからな」
その言葉に呆気に取られる天野。
(早すぎだろ)
彼には自分と同じくらいの量を分けて作業に入ったはずだ。
天野はまだ半分もいっていない。
「じゃあカムスの件頼むわ。打ち込みが終わったら連絡してくれ」
そう言うと、クニヨシは片手を上げプラプラと揺らしながら部屋を出て行った。
呆気に取られても仕方がない、流石クニヨシと思いつつ天野は自分に向き合う。
「さて、自分はもうちょっと頑張るか」
天野も椅子の上で〈ん〜〜〜〉と背伸びをする。
再度、パソコンに向かおうと動いた時、机の上に無造作に置かれたVR・ARメガネに肘がふれ、スイッチがONになる。
天野は気付いていない。
LEDランプがグリーンになった時、レンズ越しに映し出されたものは、何故かガックリと項垂れたカムスの姿であった。
しばらくすると天野がリモコンをディスプレイに向ける。
それにはカムスがピョコンと反応し、姿勢を正してワクワクした動作を見せる。
だが、天野は(うーん)と考える素ぶりをすると、結局スイッチを付けずにパソコンに向き、作業を再開させた。
メガネが最後に写したものは、燃え尽きた灰のように、色が抜け落ち崩れ去るカムスの姿であった。
〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜・〜〜〜
数週間後……
天野はガイアにいる、一人だ。
あれからカムスの『天』への組み込み許可は下りたのだが、クニヨシはシステム課に籠もっていて、最近はあまり顔を出さない。
こちらの世界では季節は秋らしく、野山の木々は見事な紅葉を纏っている。
そして辺りは黄金に輝きながらなびく稲穂の絨毯が広がっていた。
前回使用した加賀見助教授の自立思考システムでは、外部情報により進化の度合いが高すぎたため、それは外した。
そして、今回新たに天野のシステムを導入したのだが……
それは、ひどいものであった。
モジュール達の事である。
なんの脈絡も無しに笑い出したり、怒り出したりして、行動とそれに伴った感情とが一致していない。
そして何よりも問題だとと思ったことが、行動に全く変化が表れないのだ。
単なる古代の日常風景のシミュレーションというだけなら、問題ないかもしれない。
しかし、これはガイア上で行われている、AIによる人間の育成を含めたシミュレーションである。
(…… ナニカガ、チガウ)
死んだ魚のような目で見ている天野、そこにいきなりカマドで作業していた女性が笑い出す。
「なぁ、カムス。なんであの女性は急に笑い出したんだ?」
「あれは、お湯が沸いたことに対しての喜びを表現してますわ」
「じゃあ、その前に笑ったのは?」
「薪に火がついた事に対しての喜びを表現いたしました」
「一応、理由はあるんだな」
このような感じで違和感ありまくりの世界となっている。
しかし、だからといってその動作を簡単には消そうとは思わない。
カムスやタカミが人間の持つ感情と、それに伴った行動を、どれだけ理解しているのかを知る重要な情報なのだ。
「にしても…… 」
ここで最も問題と思える事を口にする。
「まったく変化が無いのは、さすがに具合が悪いな」
生活レベルの向上発展が全く見られない。
同じ生活を何年、何十年、何百年と繰り返しているだけである。
そもそも、人間の進化や発達がどのようになされてきたか? と言う事の真実は解明されてはいない。
ダーウィンの進化論が正しいかどうかさえも、未だに決着がついていないのだ。
「自分が気付いていないだけで、システムは不備だらけってことか、ハァ」
深いため息と共に考える。
人の進化や発展に付随する言葉は何であろうか。
「思いつき…… 閃き…… 創造? 想像?………… 神の啓示、ははっ、研究者の言葉じゃ無いな」
乾いた笑いが吹き抜ける。
「空を飛びたいとか、早く泳ぎたい…… 願望、それを持続させるための研究心…… いや、好奇心か?」
ブツブツと呟きながらも彼は思う、この[考える]という行為は、いったい何処から来るのだろう。
人間は考える葦である。
ふと、その言葉が浮かぶ、確か、フランスの哲学者パスカルの言葉だ。
「人間は考える葦である…… か」
モジュール達は喜んだり、怒ったり、泣いたりして色々騒がしいのだが、天野は全然気にしていない。
「葦、アシ…… アシカビに聞いてみるか」
単なる思いつきを口にする。
そして天野はもう一体のAIに向き合った。
「タカミ、アシカビを呼んでくれ」
「わかりました」
返事と共に一瞬動作の止まるタカミであったが、すぐにアシカビがその姿を現す。
「ホイホーイ、呼んだ〜」
コロコロと笑いながら天野の前に来る。
慣れたのだろうか? 以前のようにツンケンした表情は無い。
その様子には天野の表情もほころぶ。
「ちょっと質問があるんだが、このモジュール達の文化的発展が見られないのはどうしてと思う?」
「ボクが見るにねぇ…… そういうシステムが組み込まれていないか、ルーティンに不備があるんじゃない?」
直球どスレートの返答が返ってきた。
幼女にダメ出し食らったことで、笑顔からイッキに項垂れる天野。
「一応学習機能はつけているんだけど…… 」
「ん〜、いまのシステムに付けている物は、行動という[動作]にたいして機能している感じかな〜、だからほら」
そう言ってアシカビが指差した先には、黄金に輝く稲穂を刈り取る村人の姿がうつる。
のどかな景色と思ったのもつかの間、すぐに違和感に気付く。
稲穂を刈り取るスピードが異常なほど速い。
手伝っている子供のモジュールも、大人に負けないほどのスピードで刈り取っている。
手元が早すぎて見えない。
「コンバインで刈り取るより早くないか? ……これも調整が必要か…… ハァ」
イメージとかけ離れたシミュレーションの内容にため息を吐く。
ある程度は予測していたのだが、これほどとは思っていなかった。
ここでアシカビに頼ってしまっては、最初と同じ結果となってしまう。
天野は自分のシステムを組み込んでからは、不備・不具合を感じた部分は、そこに焦点を当て、少しずつ改善していく方針を取ろうとしていた。
だが、この様子だといつまでかかるか分からない。
そんな時、ふと思いついたことをアシカビに聞いてみた。
「なぁ、アシカビ。人間の特性と欲求という部分のみに焦点を当てて、外部情報を取り入れることは出来るか?」
「特性と欲求ですかぁ…… 」
「人間の特性と欲求は、今も昔も大きな変化はないはずだ。外部情報を取り込んでも大丈夫だと思う。それをカムス達の学習機能を通してみて変化があるか見てみよう」
「人間の持つ特性と欲求に関する情報を、タカミちゃんとカムスちゃんに渡せばいいんだね。わかった、やってみる」
幼女に〈ちゃん〉呼ばわれされる、彼女より年上の姿の二人に何処か不憫さを感じつつ、天野はアシカビにお願いした。
「ああ、頼むよ。結果は夏季合宿以降になるな」
その時、緑色の『CALL』の文字が目の前に現れる。
「もう時間か」
おそらくクニヨシだろう。
「タカミ、クニヨシに今から行くとメールで伝えてくれ」
「わかりました…… 完了しました」
「じゃあさっきの内容で進めてくれ、研究発表の時は呼ぶかもしれないが、それまではシミュレーションを進めてほしい」
「はい」「わかりました」「あ〜い」
それぞれのAIの返事を受けると、天野はノイズを残してガイアから消えた。
豊雲野神…… トヨクモノカミ
『豊』かな『雲』ということで雲を神格化した存在とされる神様。
または、豊かな雲の湧き立つ『野』の神様のニュアンスを含みます。
国之常立神の次に現れた神様。この神様も古事記では特に言及されておらず、やはり現れてはすぐに消えてしまう。
ここまでの神様は独神と言われ、単独で神と成った。
ここまでの神様のイメージは「創造」「生成」「世界の保持」と言ったところでしょうか。
物語では豊野久美をあてています。




