第14話 認識
豊野久美は頬を両手で支え、怪訝な表情を浮かべていた。
どこに顔を向けるわけでもなく、ただ不満を含んだ声が自然に飛び出した。
「ねぇ〜タマチムゥ〜」
それを合図に椅子に座った人物は、座ったままクルリと久美の方を向く。
「学園内では助教授と呼べと何度言えば分かるんだ…… それで?」
その人物はもちろん加賀見である。
均整のとれたその顔は、久美の言葉でやや渋い表情を浮かべていた。
「ん〜、今トナチムのサポートしてるけど、あれ全部組み上げるのやっぱり無理なんじゃないかなーと思って」
「確かに…… 難しいであろうな…… 」
目を瞑り思案の表情でそう答える。
しかし、次の言葉ははっきりしたものであった。
「だが、あれは面白いものだ。組み上げるべきだと考えているし、絶対に不可能とは思っていない」
「タマチムはそう言うけど、どこが面白いの? 凄いっては思うけど」
「天野の考えた自立思考アルゴリズムの概念だよ」
加賀見助教授の答えに、久美は(?)の表情を浮かべる。
それを見た加賀見助教授は、諭すように説明を始めた。
「あの天野の自立思考システム…… アルゴリズムの特徴を言えば、AIの認識能力の向上だ。私も以前より今のAIに最も必要なのは[認識]と考えている」
「[認識]?」
「ああ、これが分かるか?」
そう言うと、加賀見助教授は棚の中から、二つの小さな透明のプラスチックのビンを取り出した。
中には、一つは砂のようなものが入っており、もう一つの方には、小石がいくつか入っているようだ。
そして、その両方にラベルに[S iO2]と書かれていた。
そのうちの粒状の方を加賀見助教授は久美へ差し出した。
「砂……と、小石 ですか?」
加賀見助教授は、次にそれをパソコンに取り付けられたカメラに向ける。
「アシカビ答えてみろ」
机の上に掛けられた、QRコード表示された碁盤から小さく表示されたアシカビが浮かび上がると、即座に加賀見助教授の質問に答える。
「[S iO2]と書かれていることから、ボクは珪石と判断する〜」
「ふむ、では久美。こっちは何だ?」
そう言いながら、小石の入ったビンを差し向ける。
「え? 同じものじゃない」
なんでそんな事聞くの? とばかりに当然のように答えた。
それに聞くと加賀見助教授は、耳元でビンをカラカラと音を鳴らしながら笑って言う。
「小石だよ」
「えぇー、なんかズルくないー」
「ははっ、つまりだ物体は形状や構造・性質など、見る人物の見識のよって[認識]が違ってくるのだ」
加賀見助教授はビンを机の上に置くと、言葉を続ける。
「認識の違いは、その人物の行動に大きく影響する。天野が求めたものはその[認識]の差異さ」
「ふぅーん、じゃあトナチムのシステムが完成したら、別々の[認識]を持つ、個性を持ったAIが誕生するって事なのね」
「いや、AIもそうだがここではモジュール達だ。個性を持たせるにはAIに全てを[認識]させた上で、モジュール達に[どの程度、認識させるか]って事になる」
「全てって…… 」
「ああ、文字通り全てだ」
両手を広げて久美に向き合う、その表情はどこか自慢げだった。
「人間は認識というものを五感に頼っている。いわゆる視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚の五つだ。そのうちの八割を視覚に頼っている。では、AIは?」
「そ…… それは…… 」
「そうAIはそのような物は持ち合わせていない。AIというシステムが認識できるのはシステムだけだ」
久美は目を真っ直ぐ加賀見助教授に向け、耳を傾ける。
「だから、システム化した五感をモジュール達に持たせ、モジュールの受けた情報をシステム化してそれを解析。喜び・怒り・悲しみ・楽しさなど、それぞれの[感情]をつかさどるシステム。慎ましい・模範的・平均的・自己中心的といった人間の[特性]をつかさどるシステム。他にもあるが、要は我々人間が認識できる全てのモノをシステム化しAIに認識させる事だ」
久美は彼女の言うことの壮大さに大きく目を見開く。
「ちょっと待ってよ! それじゃあガイアが物理世界の再現なら、トナチムのは精神世界の再現じゃない! ガイアを最初から作るのと同じかそれ以上になるんじゃない⁉︎ 絶対に無理だよ!」
その言葉に加賀見助教授は軽くフッと笑みを浮かべる。
そして久美に一つの質問を投げかけた。
「半年前、世間を騒がせたAI関連のニュースを覚えているか?」
「え?」
「シンギュラリティを超えた。と言うやつだ」
技術的特異点…… それは、人工知能が人間の知識よりも優れたようになる時点を言う。
半年前、ほぼ同時期に海外の二カ国で、シンギュラリティという言葉につづられた話題が世界を駆け巡った。
その時は日本でも大きく報道されている。
「知ってる! AIが自身より優れたAIを作ったってやつだよね」
「ああそれだ、実際はAIが人間の作ったものより優れたAIを作り出したという事であって、人間の知能を大きく超えたわけでは無かったのだが、特定分野においてはそう言えるだろう。非公式であるが、この研究室でも導入されている」
「ええ! どこ? どこにあるの?」
まったく聞かされていない事だけに、思わず久美は動揺する。
そんな彼女に加賀見助教授は澄ました顔で答えた。
「目の前にいるだろうが」
そう言うと加賀見助教授はウィンクしながら、目の前のアシカビを指差した。
アシカビはキョトンとした表情を浮かべている。
「えぇー、アシカビちゃんがー‼︎ 」
これには久美は相当驚いた、ビックリしたと言っていい。
「あぁ、去年の末に組み込んでいる。研究室にいたカムスと天野のタカミをガイアで稼働出来るようにしただろう。あれはな単純にシステムを渡したという訳ではなく、少なくもガイア内において二体のAIを組み直したと言っていい」
「は・な・し・き・い・て・な・い・よ」
ウ〜と唸るような表情で問い詰める久美、そんな彼女を加賀見助教授はサラリと躱す。
「シンギュラリティの懸念を訴える人も、世の中には多く存在するからな。表向きには公表できない訳だ」
そして加賀見助教授は、話を最初の[認識]に戻す。
「さて、問題の[認識]の件だが、アシカビは表示のS iO2という文字から珪石と判断したが、これは本当にそうなのか? と言われればそうとも限らない。中身が別の物だって考えられる」
そう言うと、加賀見助教授は机からマジックを取り出すと、S iO2の文字を塗りつぶすようにN aの文字を書いた。
そしてそれをアシカビに向ける。
「アシカビ、このビンの中身は何だ?」
「N aと書かれているから、ナトリウムと判断する〜 」
それを聞いた加賀見助教授は、少しばかり肩を落とす。
「これが、今の限界なのだ。私の命令を第一の絶対条件と設定していることも弊害となっているがね。表示を書き換える行動が、嘘という行為である事を認識できない。ビンの中身を液体に変えれば、〈珪石の分類と一致しません〉くらいの事は言うがな」
「ふーん、確かに場所と状況ってだけで行動指針を決めるアシカビちゃんは、特に人の行動に対しての反応は無いもんね」
「そう言う事だ」
加賀見助教授は手をアシカビに向ける。
「天野のシステムを使えば、人の行動に対する認識を確実に実行することができると思う。確かに学生がそのようなシステムを作り上げるのは困難を通り越して無謀ともいえるが」
加賀見助教授は手をアシカビの頭に差し伸べ、その頭を撫で始めた。
実際触れているわけでは無く、アシカビの髪の毛を境に手が見え隠れするのだが、それでもアシカビは猫が喉をゴロゴロと鳴らすように、満足げな表情で喜んでいる。
「イメージではあるが、アシカビのシステムをうまく使えば、決して不可能では無いと考えている」
国之常立神…… クニノトコタチノカミ
天之常立神の次に現れた神様。
文字通り『国』が『常』に『立』つ、という事で一般的には国土の守神とされているようです。
この神様も名だけを残し、すぐに消えちゃう神様なんですけど、神世七代といわれる別天津神の五柱とは別名称の神様達のうち最初に出てくる神様で、別天津神を天上界とするなら地上界(私たちの世界)に最初に現れた神様です。
物語では立木國嘉をあてています。




