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第13話 たわない会話

 誓約書をまとめた二人は、打ち合わせをかねて軽食を取ろうということとなった。

 久美の強引な誘いのもとである。

 

 研究室を出て、学園の小道を並んで歩く二人。

 天野は真夏の日差しと、熱せられたアスファルトから立ち上る()だる熱気に当てられ、その姿は生ける屍(ゾンビ)の如くである。

 それに対して、久美の方は暑さなど全然気にしていない様だ。


「まず、『天』にAI達を組み込むにあたって必要な事は、[目的]を明確にする事なの」


「[目的]?」


「そう、[このAIシステムは、このような処理を行うために存在する]と、明確に示す必要があるの」


「なんか…… よくわからないな」


「まぁ、私もタマチムの受け入りだけどね」


 そうこうしているうちに、二人は目的の喫茶店に差しかかる。

 『喫茶店 いざない』

 学園の敷地のすぐ隣にある洋風の小さな喫茶店だ。

 学園内にも喫茶店はあるのだが、ここは特に女子学生のお気に入りのお店である。


カランカラン♪


 ベルのついた扉に手をかけると、そのまま中に入っていく天野。

 久美は直前にちょっと立ち止まって、(エスコートしてくれるのかな? )などと期待をしていたのだが、期待外れのようである。

 残念そうな表情で足を一歩出そうとした時、閉じようとしていた扉がピタリと止まる。


「どうした?」


 内側から天野が扉を支えている。


「ん、ごめん考え事していた」


 笑顔で答えると、彼女は鼻歌が聞こえてきそうなほど上機嫌な様子で、お店の中に入っていった。


「いらっしゃいませー」


 私服にお店のエプロンを掛けた店員(ウェイトレス)が声をかける。

 おそらく学園の学生アルバイトだろう。

 周りのお客もほとんど学生のようだ。

 カウンターの隅で男性客がスマートフォンをいじくっている以外は、二人組が多くそのうちの半数はカップルだった。


「ご案内させていただきます」


 店員(ウェイトレス)の案内のもと、小さな丸テーブルに誘われた。


「お決まりになられましたら、お呼びください」


 丁寧な言葉と同時にメニューを渡される。


「なんにしよっかなぁ〜」


 ルンルン気分でメニューを覗き込む久美。


「何食べよっかな〜♪ トナチムは何食べる?」


「自分はアイスコーヒーだけでいいよ」


「なににしよっかな〜♪ 」


 どうやらメニューを決めるのに時間が掛かる娘らしい。


「昼ごはん食べてるんだろ? あんまり食べるとふt…… 」


 最後まで言い終える前に口を(つぐ)む。

 目の前にはメニューから顔半分を覗かせた、口に出すにも(はばか)られる憤怒の目を灯した久美がいた。


「ふ、ふ…… 普通に晩ご飯食べてなくなるぞ!」


「お気遣いなく、晩ご飯はいつも軽くだもーん」


 そう言いながら、ツーンとそっぽを向く。

 久美は顔を向けた先で店員(ウェイトレス)を手で呼ぶと、コーヒーフロートとチーズケーキを注文する。

 注文し終えたあと、あらためて周りを見渡すが、目につくのはカップルばっかりで、天野としては場違いな感じがして少しも落ち着けない。

 久美は片肘を付いて外の景色を眺めている。


「お待たせしました」


 比較的早く注文したものが来た、それを受け取るとそれを機に天野は先ほどの話を再開させた。


「ところでさっきの話なんだけど、[目的]を明確にするってどういう事なんだ? AIだろうがなんだろうがシステムがある以上は[目的]は明確じゃないか?」


「その事なんだけど、トナチム知ってる?」


 そう言いながら、彼女はフロートのアイスをヒョイと頬張った。

 知ってる? から言葉を始めても分かりようが無いんだが、天野はあえてそれを言わない。


「何がだ?」


「量子コンピュータ『天』の特性」


「いや」


 言いながら彼は久美の方を見る、彼女はチーズケーキへ取り掛かっていた。


「『天』はね、たとえば名前(コードネーム)が違うってだけの同じシステムか、非常に近い同類のシステムが複数存在するとね」


 そこまで言うと、久美はフォークで切ったケーキの一片を口に運び、数回モグモグした後天野に言う。


「ふー、食べちゃうの」


「へ?」


「統合されるか、どちらかのシステムを抹消(デリート)しちゃうって事」


 早くも二口目に取り掛かる久美、切り方も大きくなる。


「な、なんで?」


「並列演算ってもともと別のシステムを同時に処理する事でしょう。だから同じシステムを同時に処理する事は意味のない事なの。それで量子コンピューター『天』は同じシステムが存在すると片方を消しちゃうわけ」


 天野はこの話を始めて聞いた。

 そして大きめに切ったケーキは久美の口に吸い込まれるように消えていく。


「なんか怖いな」


「モグ、人によっては『ドッペルゲンガー現象』って言うらしいわ、モグ」


 食うか喋るかどっちかにしろよ、と言おうかな? と思った時には彼女は食べ終えていた。


「だからアシカビちゃんのコピーをそのまま組み込んでも、おそらく抹消(デリート)されちゃうよ」


「なるほど、[目的を明確にする]って事の意味はシステムの区別、いや差別化を図れってことか…… 」


「ん、そんなところ」


 そう言いながら、またケーキを口に運ぶ。

 天野はコーヒーを含ませながら、加賀見助教授によって改善された自分のシステムの事をふと思い浮かべる。


「けど、加賀見先生ってやっぱり凄いよな。あっという間に自分のシステムの不具合見つけて改善するんだから」


 久美は顔をケーキに近付け、片目を(つむ)りながら反応した。


「タマチムは思いついたら、勢いで行動するタイプなのよ」


 彼女の勢いも相当である、ケーキはほとんど無い。


「でもね、トナチムと同じような構想はタマチムも持っていたんだと思う。じゃなきゃ、いくら学園一の才女といえど、こんなに早く綺麗にシステム化出来るとは思えないんだ」


「確かに…… そうだな」


 ここで、ケーキに終止符を付けた久美はコーヒーフロートを手に取る。

 そして、上のアイスクリームには手を出さず、コーヒーから攻める。


「加賀見先生からアシカビの外部情報の処理も教えて貰わないとなー」


 ため息とともに天を仰ぎ、頭の上で腕を組む天野。


「システムの組み込み形式ぐらいなら私でも教えられるよ」


「え?」


 キョトンとする天野を前に、久美は残ったアイスクリームを口に運んだ。

 

天之常立神…… アメノトコタチノカミ


別天津神である五柱の内、最後に現れた神様。

この神様も現れてはすぐに消えてしまったとされるが、『天』を『常』に『立』たせている神様で『天』と『地』を結ぶ神様とも言われています。


物語では登場人物には当てていませんが後半で、この神様にちなんだお話はあります。

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