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午後

                            四 午後



 「いや、でも、あのラストはどうかと思うぜ」

 と、柴田は言った。柴田はオタクであり、アニメウォッチャーでもある。・・・もっとも、最近の十代ーーーつまり僕らは別にアニオタじゃなくても、普通にアニメは見る。

 「そうかな。あれはあれでありだろ」

 と、神谷が適当な事を言う。・・・まあ、この会話自体が全部適当なんだけれど。

 「いや、でも、そうじゃないな。風呂敷ってのは畳まなけりゃならないんだよ。お前さあ・・・小説の書き方ってわかってる。最初、風呂敷広げたらちゃんと畳まなきゃいけないんだよ。でも、あれは畳めてないね。俺はそう思うぜ」

 と、柴田は箸の先の玉子焼きを振り回しながらそう熱弁する。僕らが議論しているのは、今ヒット中のとある魔法少女もののアニメについてだ。 

 「確かに、よくわかんなかったな。でもさ、あのさやかちゃんの所は良かったぜ。原作者も確か、『さやか』が本当の主人公だって事、言ってなかったけ?」

 ・・・みたいな、適当な事を言いながら、昼休みの食事時は過ぎていく。その中には変わった事は何もなく、そして・・・・・いや、何も変わった事はない。僕はなんとなく、弁当を食べながら、クラスをさっと見渡す。そこには様々なグループがあって、それぞれに固まって食事を取っているが・・・あの泉は当然のように、教室の隅で一人でパンを食べている。母親が弁当を作ってくれないのだろうか・・・なんて事をその時、僕は少し考えた。でも、それはそれだ。僕に関係のある話じゃないし、別にどうでもいい・・・。本当にどうでもいい事だ。なので、僕達はまたくだらない話を始めた。 

 「なあ、お前ら」

 とまた柴田が僕達に向かって言い出す。そして何故か柴田は目を輝かせて

 「声優の羽田恭子、結婚したけど、どう思う?」

 と言った。・・・誰だよ、それという神谷の顔。僕もまた同じような表情で、

 「誰だよ、それ」

 と言った。

 「誰だよって・・・。お前らなあ、『ブラックブルー・ストライプ』の主役やってたろ・・・。あれブルーレイ、二万枚売れたんだぞ。おい、分かるか。二万枚だぞ。二万枚。・・・・ったく、お前らは何もしらねえなあ」

 と、柴田は偉そうに言う。柴田はこういう奴だ。全く・・・・・かわいいよ。

 「どうせ、お前が全部買ったんだろ」

 と神谷が言う。「そうだよ。絶対、そうだよ」と僕も追撃を食らわす。・・・その後、僕らはアニメとは関係のない話をした。例えば・・・最近出たゲームの事とか、また嘘がばれたとある著名作曲家の話。そんな風に僕らの食事は終わった。



 その後、僕らはいつものように、体育館に向かった。そこでフットサルをするのが、僕達の恒例行事になっているのだ。バレーボールを持って。

 でも、ここで、僕は少し、別の事を考えてみたい。僕自身の事について。なぜだか、僕はそうしなければいけない気がしているからだ。

 僕は僕について考えなければならないだろう。

 何故か?。

 ・・・無駄に改行しているわけじゃないさ。少し、僕は自分について考えてみたい。だって日常は、僕らの人生はただゆるやかに流れていくだけなのだから・・・・・。



                             ※※※



 僕が生まれたのは1999年。随分と覚えやすい年号だろう?。

 僕が生まれたのは私立病院の一室で、僕の体重は三千グラムを超えていた。そして、僕が最初に覚えた言葉は「まんま」らしい・・・。僕は今でも、ご飯を食べる事が好きだ。

 そして、幼稚園の時に、リカ先生に恋をした。それが初恋・・・らしい。らしい、というのは僕はよく覚えていないからだ。そして、僕は小学校の時には何故か、成績が良かった。オール五に近い成績を一度だけ取った事もある。その時は、僕の両親も随分と僕に期待を抱いたそうな。

 「この子は将来、東大に行くんじゃないかしら」

 「いや、まだ、他の可能性もあるだろう。アメリカのあの有名な大学・・・・・えーー、なんだっけな。あそこに行かせよう。あそこに・・・・」

 などという会話を僕の両親は交わしていたらしい。全く、親ばかだね。

 でも、僕はそんな風に成長したりはしなかった。中学生になって、ゲームをしたり、漫画を読んだり、ネットで色々調べたり、好きなアーティストについてチャットで喋ったり・・・まあ、色々していた。

 それで、僕は今、平凡な高校生になった。

 そう・・・僕は平凡だ。僕には語るべき過去もなければ、築きあげるはずの壮大な未来もない。

 それが、僕だ。

 そして、その僕は今、バレーボールを片手に、体育館へ向かおうとしている。

 こんな事に意味はあるのか。こんな事に意味はあるのだろうか?。

 僕は不思議だ。そう・・・不思議だ。

 僕の人生。僕という存在・・・・・・・・そう、それは『風の中』だ。

 ボブ・ディランのように。

 そう、あのボブのように。

 僕は歌った。ブローイン・ザ・ウインドー。ブローイン・ザ・ウインドー。

 そう口ずさみながら、体育館へと向かった。


 

                             ※※※


 「このように時空というのは様々に入り乱れています。それがあなたにも見えるでしょう」


 ・・・これは五時限目に、僕がノートに書いた支離滅裂な文章の始まりだ。実は五時限は、来るはずだった政治経済の教師が病欠して、それで自習になったのだった。僕らはもちろん、大喜び。その代わり、隣のクラスで教えている教師が、僕達が大人しくしているか、十五分ごとに見に来るという。

 そんな事しなくたって、大人しくしてるよ。僕達は『利益』というものを知っているんだ。牙を抜かれた獣なんだよ。僕達は。服従の味しか知らないんだ。

 なあ、泉さん?。 

 ・・・そんな風に、僕は隣の泉に聞いたりはしなかった。彼女は一心不乱に自分の持ってきた文庫本を読んでいたからだ。

 よろしい。では、僕は僕の作業に没頭するとしよう。

 では、僕がノートに記した落書きの続き。どうぞ。

 春のナンバーに乗せて。


 「・・・そうです。このように、時空というのは入り乱れています。特に、この21世紀に入った辺りから、急速に時の流れは変わってきています。それは過去と未来が一つの場所に流れ込み、『現在』という場所を作っているという現象に代表されます。

 では、一つ、例をあげてみましょう。ここに、桐野章一という一人の生徒がいます。愚かでなおかつ平凡な生徒です。彼は今、バレーボールを持って、体育館へと向かっています。・・・昼休みに、みんなとフットサルをするためです。・・・彼の頭の中には、将来の事も受験の事も、何も計算されてはおりません。また、他の生徒達がしているように、人間関係維持のための努力とか、恋人を作るための努力など、一切しておりません。

 彼は何と、愚かなのでしょうか。

 ですが、まあ、その事はいいでしょう。その事はここでは不問にしておきましょう。・・・その方が便利ですから。・・・ですが、この愚かで平凡な一人の若者の胸中にふいに、ボブ・ディランの歌が流れ込んできた。これは、一体、どういう事でしょうか。

 それはつまり、こういう事です。過去からの風が一陣、彼の胸に飛び込んできたのです。

 この世界というのは目に見える時空のみで構成されているわけではありません。その事を皆さんも日々、感じている事でしょう。現在というのは、未来と過去とが入り乱れる、不思議の、六次元的時空で構成されておるわけです。

 そしてこの今、ボブ・ディランの歌が愚かな彼の胸の中に流れ込んでくる。

 これはどういうわけでしょうか。

 ・・・実を言いますと、(そしてこれが至極大切な事なのですが)ここでは未来もまた一つの所に集っているのです。そうです、彼は将来には必ず、こう思う事でしょう。・・・それは彼が老齢にさしかかった時でも、あるいは中年になる時、または二年後でも全然構わないのですが。・・とにかく、彼は次のように考えるでしょう。とある未来に。

 『自分はいつかの時に、こんな風にボブ・ディランの歌を思い出した事があるんだな。・・・その時、どうしてボブ・ディランを思い出したのか、それは思い出せないけれど』

 ・・・かの愚かな少年は、彼の未来において、必ずやこのように過去を思い返す事でしょう。その時にはまた、ねじれていた時が一つに合流するのです。つまり、今、高校1年生の彼と、そして老齢、中年、あるいは二年後の彼とが、一つに合流します。・・・また、きわめて妥当な事に、過去のボブ・ディランすらも、ここに馳せ参じ、彼の胸の中に現れるのです。ここでは、この愚かな人間と、ボブ・ディランの歌声が遥かな時の流れを越えて一つになるのです。

 これこそが時空の六次元的な歪みといえるものなのです。

 ですが、同時に、彼はバレーボールを持って、体育館へと向かっている。この『現実的』事象と、この、彼の胸の中で起こった過去ーー現在ーーー未来との合流、その事との矛盾は私達、時空を探求する者にとっては、どのように理解されるべきものでしょうか。

 ・・・それに関しては、次回の学会報告においてまた発表したいと思います。・・・しかし、正に時は私達に味方していて、物理学者や科学者達の努力と、我々人文的な努力を続けておった研究者が共に合い歩み寄り、そして時空に関する一つの真実をこの世界に仮定する、そのような時が、我々学会の者にも差し迫っておるわけです。そして真理探求の徒である所の我々は正に、いまその真理を確定する為に前進すべきなのであります。そしてそれが成就したあかつきは、その真実こそは将来にわたって人類を輝かせ続ける永遠のピラミッドとなるでありましょう・・・。(スタンディングオベーション。そして、万雷の拍車)」

 


 ・・・・はあ。

 くだらない。くだらないねえ。でも、僕は書いている間は夢中だった。その努力だけは認めてくれてもいいと思う。

 君も。 

 そう、君も。そこにいる君も。

 全てを冷笑的に見て、あざ笑っていて、画面の中で人が死のうが乱交しようがもうどの国で戦争が起ころうが自分に関係ない限り知った事ではないと決めてかかっているが、自分のポケットの小銭一つ取られたら大激怒する、そんな君ーーーー。

 ・・・・そんな君にもね。

 そう、そんな君にも。希望はあるさ。諦めない事。

 諦めない事が大事だよ。・・・・何をって?。・・・そんな事、自分で考えなよ。

 

                             ※ 


 五時限が終わる頃には僕は窓の外の樹を見ていたよ。樹を。美しいからね。あれは。

 


                            ※※※



 そんなこんなで、ようやく六時限に突入したよ。やれやれ。なんだか、疲れたね。君も、疲れたろう。ほら、紅茶。どうぞ。少しは砂糖も入っているよ。これで、受験勉強がんばれよ。お前も、もう高校三年だからな。少しは将来の事も考えんといかんだろう。ほら、茶菓子だ。これで・・・・・。

 茶番はやめよう。(茶菓子だけに。)

 ・・・さて、ふう。一息つこう。

 実は、僕らはまた、昼休みにフットサルの合間にくだらない話をしてね。その会話についても、少しは触れておこうか。その方がいいだろうからね。

 その時、僕らはまたくだらない話をしてた。体育館でね。皆で輪になって。皆、疲れて小休止してたんだよ。輪になって。まるで修学旅行のキャンプファイヤーのように。男女手をつないで踊るように言われて、少し照れながらも踊るあの独特な修学旅行のキャンプファイヤーのように、僕らは輪になって休んでいたんだよ。ただ輪になって。

 そしたら、隣の徳田っていう奴が僕にさ、こっそりと話しかけてきたんだよ。次のようにね。

 「お前さあ、『キャプテン』でAV借りた事ある?」

 って。僕は一瞬、耳を疑ったね。・・・こいつは一体、何を言い出したのかってね。

 「AV?。・・・そんなもの、ネットでいくらでも無料で見られるじゃないか」

 と、僕は言ったよ。それは至極、まともな意見だったと思う。僕にしてはね。

 「いや、どうしても借りたいのがあるんだよ。それで・・・あそこってさあ、高校生はAV借りれないじゃん?。あれ・・・でも、隣のクラスの田無はいけたって言ってたんだよな。お前さあ・・・どう思う?」

 「どう思う?って、僕もよくしらないんだよ。」

 なんて、僕は言ってた。・・・実際、僕はそんなことを試した事はない。

 「それより、お前が借りたいAVの題名ってなんだよ」

 と、僕は徳田に聞いた。僕が気になっていたのはそっちの方だった。

 「えー。嫌だよ。教えたくない」

 みたいな事を言って、徳田はごねた。それで僕はムキになって、何度も聞いたよ。でも、徳田は答えなかった。・・・で、その内にみんなの注意もこっちに集中してきて、「何の話してるんだよ」みたいな事になった。それに対し、僕が説明してやると、

 「おい、お前なんだよ。そのAVの題名、教えろよ」

 と、皆も徳田に向かって聞き始めた。だが徳田は頑なに答えなかった。それで、皆途中で諦めた。・・・もうそろそろ、フットサルを再開したかったからだ。・・・・だが、僕ら皆がフットサルが終わって、教室に戻るときには、徳田が僕の肩をぽんと叩いて、 

 「実はさあ・・・」

 と言ってきた。何の話だ?、と思って僕が振り向いたら、徳田は恥ずかしそうに

 「俺が借りたいのは、スカトロ系なんだよ。・・・・・だから、あんまり言えないだろ」

 と言ってきた。僕は・・・・・今更、何と言えばいいかわからず、

 「まあ・・・いいんじゃない」

 と言ってしまった。スカトロ系ね・・・・。なんだか、議長の名前みたいだな。確か、キューバだっけ?。 

 その後も、教室に着くまで徳田は僕に対して、恥ずかしそうにしてた。・・・はあ。平和、だね。 

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