午前
三 午前
もし僕がライトノベルの主人公か何かなら、美人の幼なじみが隣にいるか、同じく美人の転校生がやってくるはずだ。そして、僕は彼女と、しかるべき運命の連鎖によって、結ばれなければならない運命にあるはずだ。
それは、前世からの約束。そう・・・。だが、今、僕は記憶を失っている。だが、それを思いおこさせるようなヒントは、実はもう目の前に出ている。それはあの国語教師、今岡の板書の文字ーーーその文字の頭の部分だけを横に読んでみれば・・・・・・・・・冗談はやめよう。
僕は平凡な人間である。普通の高校一年生である。何も、ない。
例えば、ディズニーランドに彼女と行くとか?。・・・いいよね、それ。でも、そんな金ないんだ。うちには。
じゃあ、バイトするか?。
そう、バイト先には、ゲームでしか出会わないような、豊満でショートカットの素敵なお姉さんがいるはずだ。彼女は僕に次のように言うのだ。
「何か、わからない事ない?。・・・お姉さんが、何でも、教えてあげるから」
そう言うお姉さんの胸元は、制服の隙間からたわわな二つの果実がのぞいていて・・・・・・・・・・・・・・・もうやめよう。これは現実だ。現実なんだ。
夢を見ているんじゃない。いつまでも。
※
一限目は世界史である。僕は教科書の片隅に、シャーペンで格子をつくって、そしてマルバツをして遊んだ。マルかバツが三つ並んだら勝ちである。結果は先行の僕の全勝。そして後行の僕の全敗。先行の僕は強いな・・・。ハハハ・・・。・・・・・それは三分で飽きたので、その後の時間はただ、窓の外を見ていた。ただ。
二限目は古文である。助動詞だの、助詞だの、わけがわからない。当てられて、間違えたが、別に恥ずかしくもなかった。僕以外にも外す奴は多いからだ。あとはただひたすら板書をノートに写した。手を動かしながらも、僕はずっと妄想をしていた。・・・もし、日本代表のセンターフォワードが前田ではなく、他の誰か・・・例えば、ドログバだったらどうだろうか、とか。ドログバ。いい名前だ。なんだか、強そうじゃないか。
三限、四限はずっと雑念を強めていた。窓の外をちらちらと見ながら、色々な事を考えていた。例えば、数学の白谷が前で何やかんやと言っている間に、僕は窓の外で、フランスへ向かう航空機に乗っているのだ。だが、それは途中でハイジャックされて・・・・・・ああ、もうやめよう。ああ、くそ・・・・・と、僕は四限の終わりにはそうつぶやいていた。戦争でも起こらないものだろうか。全てを破壊しつくすような、そんな戦争が。
・・・・それはそれで、嫌になってしまうのかもしれないが。
そんな事を言っている場合ではなかった。結構、意外な事が起こった。いや、『少し』と言うべきか。・・・ならば言おう。『少し』、と。
少し。
・・・・それは、泉姉さんのご帰還だった。姉さん!・・・僕は思わず言ったものだ。「姉さん!。僕は帰ってこないものと思ってたよ。本当に。本当に・・・姉さん。姉さんがあの時、この家に残った唯一の9ミリ拳銃を手に、奴らのねぐらに向かったと知った時、姉さんは僕達の為に自分の命を捨てたんだ、とそう思った。僕ら、ワシリーとも話したよ。・・・あの村一の物知りのワシリーともね。ワシリーは言ってたよ。『あの女は、強い力を持っておる。必ずや、生きて帰る事だろう・・・』。その言葉を、母さんは信じた。・・いや、信じようとした。弟のイバノビッチだって、その言葉を信じたさ!。イバノビッチはわんわんと泣いてね。『お姉ちゃんが!お姉ちゃんがいない!』って。僕は、イバノを不安に陥れないように、『姉さんは親戚の家に言っただけだよ』って嘘をついた。でも、イバノはその後、本当の事を知ってしまったんだよ・・・。姉さん。それで・・・。いや、もうこんな話はやめよう。姉さん・・・ぼくただ、泉姉さんが帰ってきた事が嬉しいんだよ!・・・本当に。・・・本当に!。(涙)」
・・・そんな具合に、泉姉さんは我が教室へと帰ってきました。姉さんは盗賊の頭、ブルサスティーンJrの首を片手に・・・・・ちょっとしつこいか。ごめんね。・・・・・すいません。反省します。
それは電撃のような一瞬でした。泉は三時限の授業中に、急に教室の前の戸をガラッと開けて、教室に入ってきたのでした。教室は一瞬凍りつきました。『あいつ、何だよ・・・』という空気が教室中に充満しました。それで、英語の城田はさすがにむむっとしたらしく、泉に、
「もう少し、静かに入ってこんか」
と言いました。教室には闘争の空気が流れました。そうです。あの四国の闘鶏の、あるいは千秋楽の大相撲の勝負の時のように、ピリピリとした美しくもはかなく、そして狂おしく狂熱な一つの『刻』が流れました。・・・しかし、その時、もう既に勝負は決して居ました。泉が先に、
「すいません」
と、ぼそっと言ったのです。そして泉は城田に軽く目礼すると、悠々と生徒達の間を縫って、自分の席ーーーつまり、私めの隣の席に着席しました。そして、教室に再び平和で退屈な「三限の英語」という一つの『刻』が舞い戻ったのです。それは慶応元年、秋の始めの事でありました。
寛永六年 四月 松山藩主 文禄助平
・・・・といったような事があったのである。・・・平成の年にね。
それで、僕もさすがにびっくりしたんだよ、なんだ、こいつは、って。だが、泉は平気な面していたから、まあ、僕はその事を次の休み時間に聞いてみようと思ったわけさ。それはまあ・・・ごく、自然な流れだろ?。・・・で、僕は聞いたんだ。次の休み時間にね。
「あれ、なんだよ?」
と僕は隣の泉に聞いた。誰も声を掛けたがらない泉に気安く声をかけられるのも、僕の特徴の一つなんだ。
「どうして、あんな事をしたんだ?」
って僕は聞いた。まあ、普通の質問だよね。普通の。だけど、泉はそれに対して、きょとんとした顔で、
「あれって何?」
って言うんだ。いやいや・・・。
「いや、どうしてわざわざ教室に、あんな大げさな入り方してきたんだよ。・・・お前、何かの主人公でも気取ってるのか?」
その時、僕の頭にあったのは何かこう、忌野清志郎の「トランジスタラジオ」的な不良少年のイメージだった。・・・何か、そういう小説にでも、書いてあったのかな?。だが、泉は全く気にせず、
「別に・・・。考え事してたから、つい」
と言っただけだった。どうせ、ろくでもない事でも考えたんだろ・・・と、僕は思ったが、それは口には出さなかった。僕もまた、ある程度までは紳士な人間なのだ。だって、普通に生きなきゃならないし・・・。
しかし、こんな辛気臭い奴の話はまあ、いい。それより、僕はその後、昼休みに神谷と柴田と一緒に、一つのテーブルで弁当を食べた。まあ、学校なんかにはよくある風景の一コマさ。




