登校
二 登校
登校の時の風景って覚えているかな?。・・・そう、あんな感じ。周りは青く、切なく、空は澄んでいて(あるいは曇っていて)、そして途中から友人の森田君辺りと合流する、そんな感じ。・・・あるいは君が女の子ならば、途中で木下さん辺りとばったりでくわして
「あ、陽子ちゃん!」
なんていう感じ。・・・あるいは、君はそんなに仲良くないけど、一応声掛けた方がいいのかな、あんまり気がのらないけど・・・なんて考えて、清水さんに声を掛けて
「清水さん。元気?」
・・・なんて言うと、まーた、清水さんが自分お得意の最近はまったマイナーのバンドの話始めちゃって、こりゃ、まいったなー・・・・・なんていうそんな感じ。
そう、そんな感じです。僕の所も。
で、僕もそういう感じで家を出ました。・・・でも、よく考えれば、僕の高校は自転車通学0Kなんだよね。だから、あんまり途中で合流しないかな。それは、中学の時の話だね。すまん。
で、まあ、とにかく、僕はチャリンコを漕いだ。これは中学二年生の時に買ってもらったやつで、いまだに、マウンテンバイクみたいなやつでね。昔流行ったんだけど。それで・・・十分ほど漕いだら、学校についた。
学校までの景色は悪くない。その事も、僕は忘れずに君に報告しておこう。
まず、遠景に山があって、これは僕らの小さな町を包み込むように存在している。この山は、なかなか感涙させる所があって。僕は小学生の頃に、その山を見て、「ああ、山はなんて大きいんだ。偉大だなあ。僕もあの山のようになろう」なんて、月並みに考えた事がある。その時、僕は喧嘩してね。クラスメイトと。・・・些細な事でさ。それで、その後、担任教師に説教されて、それで泣きじゃくっちゃったんだよ。そのときにね。それで、その時、自分が恥ずかしく、小さく見えたもんで、その代わりに、窓の外の山々が大きく見えたって寸法さ。・・・僕はその時、思い切り泣きじゃくってね。ああ、山が大きい・・・なんて、思ってたんだよ。その時はね。今は違うけど。で、その時は、もう担任教師の説教なんて耳に入らなかったよ。ただ、もう全てが山だなあ、ってな感じでさ。
そう、その山が遠景にはある。そいつらが僕達の町を包み込んでいる。そして僕の通る通りには大体、田んぼが面していてね。・・・まあ、田舎故だね。・・・それでも、田んぼは減ったよ。あるときからコンクリで埋まって、それで、コンビニやら住宅街やらができた。それが寂しいとは思わなかったけど、でも、全部田んぼじゃなくなると、僕も寂しく思うだろうね。きっと。
この田んぼにも思い出がある。小学生の頃、この田んぼに色々な生き物がいて、よくすくって遊んでいたさ。君がもし、田舎暮らしで、田んぼで遊んだ経験があるなら、僕の言っている事が分かると思うけどさ、田んぼって色々な生き物がいるんだよね。意外な、さ。それで特に僕がよく覚えているのは、水田だね。水田。・・・水田っていうのは中々、いいものでね。あれは季節が夏だから、あの水田が近くにあると涼しいんだよね。風で緑の稲が揺れて、美しいしね。・・・それは、中々よいよ。本当に。で、さ、僕がよく覚えているのはさ、水田に浮かんでいるちっちゃい、クリオネみたいな小さい生き物なんだよ。そいつらは基本透明でね、妙な脊椎なんかがあって、それで黒いちっさな目もあって、それで不思議な泳ぎ方をしているんだね。それで、ヒレというのかな・・・。とにかく、そんなようなものが体の側面にたくさんついていて、それをハタハタと動かして前に進んでいくんだ。あんな生き物がいるなんて、その当時、僕は不思議に思ってたんだけど、今でも、不思議だね。なんだろうね、あの生き物は。・・・本当に、不思議さ。その当時、ちっこかった僕はそいつをバケツに一杯すくって帰ってきたもんだよ。そいつらを全部飼おうと思ってさ。・・・でも、翌朝、それは捨てられてた。親父がそれを汚水だと思って、下水に流したんだ。・・・僕はその時、怒ったね。凄く怒った。でも、親父は笑ってたんだ。「何だ、そんな事」って。それで、僕は益々怒ったね。・・・・でも、まあ、その先、どうなったかは覚えていないんだけどさ。
でも、そういう子供の時の記憶っていうのは、一体、何だろうか。僕はこんな風に登校中、風を受けながら・・・・ふと考える事があるんだ。ああした記憶は僕の中でどういう風に受け継がれていくのだろうか、って。それらは僕にとって、何の意味もないものなのか、それとも何か大切な、人には伝わらないけど大切な何かなのだろうか・・・って。結論は出ないね。でも、例えば、死の間際には、ふいとそんなことが自分の頭の中で、その中でさ、不思議な回路がつながって、それで思い出される事もあるのかもしれない。あるいは、凄い高熱に浮かされた、その夢の中でとか、さ。・・・で、そういう時に限って、その水田はとびっきり綺麗で美しくて、その水面は煌々と輝いているものなんだ。きっと。・・・それはまるで、この世の現象じゃないみたいにね。そういう事って・・・僕はあると思う。本当に。まあ、今まで、そういう事はなかったんだれど。
まあ、僕の登校路は、そんな思い出が詰まった登校路なのさ。別に変哲もない登校路だけど、僕にとっては変哲のある登校路だね。いや、ほんとに。まあ、僕はそんな道を通って学校へと着いた。ただ、それだけの事さ。ただ。
※
・・・うちの学校はさ・・・・・・うちの学校の事、聞きたい?・・・。平凡な学校なんだけどさ・・・・・。まあ、でも話しておくよ。くだらないかもしれないけどさ。僕にとっては価値のある事なんだから。
うちの学校は第四羽根野高校と言って、何の変哲もない公立の高校なんだけど、そこには一応、文系と理系で分かれている進学クラスが二つある。進学クラス二つが、「二類」と呼ばれていて、それでそのほかの普通のクラスは一類。後、体育系に特化している「三類」というのも一クラスあって、それで学年が構成されている。全部で八クラスあってさ・・・。まあ、そうやって差別化を計っているけど、実際、似たようなもんだよ。ああ・・・でも、三類の連中はちょっと違うな。あいつらは体育会系だからな、僕らとは気が合いそうにないな。
ちなみに、僕は文系の進学クラスに所属している。進学系・・・ったって、別にそんなに成績が良いわけじゃないんだ。まあ、分かると思うけどさ、ほんとに勉強できる奴は皆、中学卒業した段階で私立のお勉強高校に入るのさ。それで、僕の中学時代の友達の一人も、県の中心にある進学系の私立高校に行ったんだ。・・・どうしている事だろうな、あいつは・・・。あいつは将来有望なんだろうかね。まあ、未来というのはいつもわからないんだけど。
で、だ。その高校に僕は通っている。くだらないと言えば、くだらないよ。だって・・・・そうだな・・・例えば、うちの高校は今年から勉強に力を入れるって言い出してね。(大した高校でもないくせに)それで、だ。その結果が・・・・どうなったと思う?。君は?・・・。・・・うちの校長はね、それは見事な答えを出したんだよ。つまり、学力向上の為に、夏休みを削るって言い出したんだよ。・・・全く、見事なもんだよ。休みを減らして、勤勉に学習・・・。大した物じゃないか。おかげで、僕は、ノートの余白に落書きする時間が増えたよ。ありがたい話だ。いや、全くね・・・。
そんなこんなで、僕は学校に着いた。いや、何の変哲もない学校さ・・・。四階建てのね。・・・何の不思議もなければ、違和感もない。全体的に粗雑で汚く、ちょっと薄ら寒い感じの学校の校舎。・・・でも、学校のね、あの神秘的な感じは嫌いじゃないね。外から見ている時・・・例えば、僕が中学生の時に、高校の前なんかを通ると、中ではどんな事をやっているんだろう?、って気になったものさ。でもさ、それは実際に中に入ってみれば・・・平凡なんだよね。平凡。全く・・・それが僕らだ。そして、それ以上の事はないんだよ。いや、ほんとに。
※※
さて、僕は学校に着いた。そして、僕は階段を上がっていく。階段・・・埃が積もってて汚いね。夏だから、暑い。そう、今は夏・・・。どうして、公立高校は頑なにクーラーを入れたがらないのだろうか、そんな事を考えてたら、後ろから声をかけられた。僕は眠っているような意識を振りほどいて、後ろを見た。
「よう」
と言って、神谷が僕の肩に腕を巻き付けてきた。僕は一瞬、神谷を振り払おうとしたが、それも面倒くさいのでやめる。「よう」、と僕も返す。よう、神谷。
「おい、桐野。お前なあ、昨日の『すぽると』見たか?。・・・あれすごかったよな。メッシのやつ」
「ああ、あれね・・・。でも、国王杯だろ?。あれ?。マラドーナはワールドカップでやったからな」
「なんだよ・・・。お前、マラドーナなんて知らないだろ」
「いや、YOUTUBEで見たんだよ。ようつべでね、ようつべで見たんだよ」
「お前、『ようつべ』って言いたいだけだろ」
・・・みたいな、この世の底辺高校生が多分、地獄の底でも繰り広げるであろう会話をしつつ、階段をのぼり、教室へと入る。教室には半分くらい生徒が埋まっている。その時にはもう、神谷は僕の肩から腕をほどいている。
「なあ、神谷。ところで、今日も昼休みに体育館でサッカーやるの?」
と、僕は神谷と別れる前に聞く。僕達はいつも、昼休みには体育館でバレーボールを使ってサッカーしているのだ。
「え?・・・いや、普通にやるでしょ」
と神谷は僕に向かって驚いた顔で言う。・・・いやいや。
「いや、だって、あとちょいで期末だよ。期末テスト。・・・・だから、まだやるのかなって」
と僕は聞く。・・・別に、勉強熱心さをアピールしたいわけじゃないさ。ただ、素直にそう思っただけだ。
「やるよ。・・・やるに決まってるでしょ。何?。お前、ヒヨッてんの?」
と神谷が言う。僕はその言葉に少し安心しつつ、親指をぐっと立てて、神谷に突き出してみせた。・・・それは多分、このクラスの一瞬の閃光、キリストがゴルゴダの丘で主なる神に向かって「おお、わが神よ!。何故、私をお見捨てなさったのですか!」と叫んだ時に、雲が割れ、陽光が突然さんさんと降り注ぎ、天使達が何か美しい文言を唱和しながら一斉に降りてきた時のような、そんな麗しき一瞬だったと思う。・・・・多分ね。(キリストの事は、全然よく知らないんだけど。)
・・・僕は自分の席に向かい、そしてその途中で、白咲さんを見る。白咲さん・・・可愛いなあ、と。白咲さんは無垢な蓮の花の生まれ変わりである。そして、前世は虫の世界を統べる一匹の美しい蝶だったと、あの有名芸能人Yの未来をピタリと当てた凄腕の占い師Kが言っていたほどの、美の化身である。・・・それは嘘だが、まあ、可愛い。髪は短く、目はくりくりとしている。だが、割と地味な感じなので、クラスの中ではそこまで人気のある方ではない・・・と思う。クラスで人気あるのは日向ちゃんとかかな。そう、美人ってわけでもないが、なんというか、「美人を演じられる人」。そういう人って、どこにでもいるけど、正に日向ちゃんはそんな感じ。自分の立ち居振る舞いをよく分かっていらっしゃる。・・・ちなみに、日向ちゃんは入学一ヶ月後に、バスケ部のイケメンの先輩に告られて、それで付き合いはじめたんだって。今も、付き合っているらしい。・・・全く、羨ましいよ。僕も、バスケ部に入ればよかったよ。僕じゃあ、レイアップシュートも決めらんないだろうが。
僕は自分の席に座る。そこは、窓際の後ろの方の席。なかなかにいい席だ。よく、ライトノベルの主人公なんかの席にもなっているような、日当たりのよく、居眠りのしやすい場所だ。そこで大体においてライトノベルの主人公の『僕』は居眠りしていて、そしてその隣には大抵、美人でちょっとこうるさい幼なじみの〇〇ちゃんとか、あるいはその前の席には転校してきたばかりの、(何故か)銀髪でとびっきりの美人の××なんかが座っている。そして、そこから例によって例のごとく、例の通りのドラマが始まるのだが・・・僕の周りには、誰もいない。いるとすれば、僕の右隣が泉さんだって事ぐらいだ。泉さん、というのは変人で名の通っている人間で、見た目は普通か、普通以上なのだがしかし、常に周囲とは三メートルくらいの霧の壁を作って接している。・・・「カフカだよ」と、前に泉さんは僕に言った事があった。(泉さんは、僕が人畜無害な事を知ってか、まれに話しかけてくるのだ。)「カフカ?」と僕は言ったものだ。・・・それは授業中の事で、僕は思わず大きな声を出してしまい、それで生物の教師から睨まれてしまった。だが、泉さんはそんな事は気にしなかった。
「カフカなのよ。この壁は・・・・カフカが事務員をしていた時、それを見ていたある人が言ったそうよ。『彼は確かに、礼儀正しく、誰に対しても優しい、紳士的な男だ。だが、彼は人間との間に厚さ三十センチくらいの氷の壁を作って生きている。そして、それは彼の生得のものだ』って。・・・だから、これは私の壁なのよ。私が私の為に造り上げた『カフカの壁』なのよ。そうなの・・・」
「カフカって誰なんだい?」
と、僕は生物教師(イグアナみたいな顔をしている。メガネかけている所が特にそっくり。)の顔をうかがいながら、隣の泉さんにそう聞いたのだが、泉さんはそれには答えなかった。カフカ・・・。壁・・・。一体、何を言っているんだ・・・。でも、それ以上、僕はその事を疑問に思ったりはしなかった。泉さんは何よりも、変人だからである。変人に正気で付き合うという事ほど、骨の折れる事はない。なので、泉さんには勝手に言わせる事にしているのだ。いつも。
さて、そして今、その隣の席には泉さんは存在していない。僕は隣に人がいないのを見てから、自分の席に座り、そして鞄から教科書を出して、机の中に放り込み始めた。・・・泉さんは学校に来たり、来なかったりする。・・・よくある、不登校系生徒の一人である。泉さんは。泉さんよ・・・と、僕などは思う事がある。君がどれほどに難しい本を読んでいて、小難しい事を考えていたって、君は僕ら普通の人から見ればただの社会不適合者に過ぎないのだよ・・・。僕は時たま、そんな風な『哲学的思弁』にふける事がある。『止揚』というやつです。止揚。変な言葉だ。・・・中学の担任が哲学をかじっていて、授業の最中にその言葉をよく使っていた。「おい、お前。この答え出してみろ。二つのものを一つにする。・・・つまり、止揚だよ」・・・みたいに。意味はよくわからなかったが、その語感だけは僕の中に残ってしまった。その担任のイメージは僕の中でもううすらぼんやりとしているのに、「止揚」というその言葉のねっとりした感じだけは僕の中に残っている。止揚。しよう。僕は言葉を呪文のように唱えながら、教科書を机の中に入れていった。止揚。しよう。シヨウ。シ・ヨウ。
そして僕は、授業の準備を済ませると、机の上に上半身を預けて、目をつむった。朝の陽射しが気持ち良い。すぐに暑くなる事だろうが・・・。そうして、僕はホームルームの時間までは目をつぶってすやすやと眠った。




