55話 国王様に屋敷を頂きましたが、だれも家事ができません。
「――というわけで、君たちにとんでもない話がある」
宿屋の部屋。
カーム伯爵は、息を整えると真剣な顔で告げた。
「国王陛下が、君たち四人と会いたいらしいぞ」
「…………え?」
ラウラたち四人は、そろって固まった。
「こ、国王陛下……ですか?」
「そうだ」
「ええええええええっ!?」
四人の叫び声が宿屋中に響き渡った。
ラウラは思わずダリアの後ろに隠れ、ダリアはギルティの後ろに隠れ、ギルティはリリスの後ろに隠れ、リリスは困った顔で三人を見た。
「ちょ、ちょっと待ってください! どうしてラウラたちが国王陛下にお会いしなければならないんですか!?」
「理由は簡単だ」
カーム伯爵は、指を一本立てた。
「まず、私が贈った炎王鉱石とマグマドラゴン結晶だ」
「あっ……」
「傷が少なく、とても美しい。しかも、どちらも非常に上質なものだった。陛下も大変喜ばれていたぞ」
「そ、それはよかったです……」
ラウラは苦笑いを浮かべた。
あのときは素材を集めるのに必死だったが、まさか国王陛下にまで気に入られていたとは。
「そして、アントン伯爵が贈ったクインバードの剥製だ」
「クインバード……」
「こちらも傷がなく、実に美しい仕上がりだったそうだ。陛下は大層気に入られたらしい」
カーム伯爵はそこで一度言葉を切った。
「さらに陛下は、こうおっしゃったそうだ」
『あのような珍しい魔物を、傷ひとつつけずに捕らえる実力者がいるとは。ぜひ会ってみたい。そして、その働きにふさわしい褒美を与えよう』
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
四人の顔から血の気が引いた。
クインバードを傷つけずに捕らえた?
いやいやいや。
実際には、麻痺させるのに必死だっただけだ。
しかも親鳥のほうは、ギルティが作った小さなハンマーをラウラが投げつけ、顔面を吹き飛ばしてしまったのである。
あの惨状を国王陛下が知ったら、どんな反応をするのだろうか。
ラウラは考えるのをやめた。
「……あの、カーム伯爵」
「なんだ?」
「ラウラたちは、心よりお断りします」
「奇遇だね。あちしも心からお断りなのだ」
「ギルティも断りたい……」
「わ、私もです……!」
四人は声をそろえて辞退した。
しかし。
カーム伯爵は、にっこりと笑った。
「ちなみに、国王陛下からの命令を断ると、死罪だぞ」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
四人は、今度こそ完全に青ざめた。
「し、死罪!?」
「そうだ」
「お金を払っても駄目ですか!?」
「駄目だな」
「金貨を全部差し出しても!?」
「駄目だ」
「そ、そんなぁぁぁぁぁっ!」
ラウラは頭を抱えた。
せっかく貯めたお金があるのに!
お金で解決できない問題なんて、この世に存在してほしくない。
「まあ、そう怖がるな。陛下は君たちに褒美を与えたいだけだ。悪い話ではないだろう?」
「で、でも……」
「それにだ」
カーム伯爵は、今度は少し楽しそうな顔になった。
「王都には珍しいダンジョンがいくつもある。優秀な冒険者も多いし、地方では見つからないような希少な素材も手に入るかもしれないぞ」
「…………希少な素材?」
ラウラの耳がぴくりと動いた。
「そうだ。王都周辺には、特殊な環境のダンジョンもあると聞く。君たちなら、珍しい素材を見つけられるかもしれないな」
「希少な素材……」
ラウラの脳裏に、まだ見ぬ素材の数々が浮かんだ。
珍しい鉱石。
見たこともない薬草。
高品質の魔石。
そして、それらを売ったときに手に入る大量のお金。
「……行きます」
「ラウラちゃん!?」
ギルティが驚いた声を上げた。
「ラウラ、今、死罪って言われたばかりなのだ!」
「そ、それもありますけど……王都には希少な素材があるんですよね?」
「ちみ、完全にそっちが目的なのだ!?」
「だ、だって……!」
ラウラは胸の前で両手を握りしめた。
「王都ですよ? 王都! 珍しい素材がいっぱいあるかもしれないんですよ!?」
「……まあ、確かに」
ダリアが少し考え込んだ。
「王都なら、あちしの薬も高く売れるかもしれないのだ……」
「ダリアちゃん、まさか……」
「それに、王都の鍛冶屋はどんな設備を使っているのか気になるね」
ギルティも、いつの間にか興味を持ち始めていた。
「魔導具の工房も、きっとたくさんありますよね……!」
リリスの目も輝いている。
「…………」
カーム伯爵は四人を見つめた。
そして、深々とため息をついた。
「君たちは本当に、褒美より素材や商売のほうが大事なんだな……」
「「「「はい!」」」」
四人は元気よく答えた。
「……まあ、いい。出発の準備をしておくといい。馬車も貸そう」
こうして、金満腹の王都行きが決まったのだった。
もちろん、四人とも王様に会うこと自体は、できれば避けたかった。
ただし、希少な素材には勝てなかったのである。
「おおおおおおおおっ!」
「すっごいのだぁぁぁぁっ!」
「大きい……! 街が大きいよ!」
「建物も、こんなにたくさん……!」
王都の門前。
ラウラたち四人は、そろって目を輝かせていた。
カーム伯爵から馬車を借り、必要な準備を整えて、数週間かけてようやく王都へとやってきたのだ。
目の前には、巨大な城壁。
その向こうには、どこまでも続いているように見える街並みが広がっていた。
アントン伯爵の領地も大きかったが、王都はその比ではない。
ブングルよりもはるかに発展しており、道には多くの馬車が行き交い、商店には見たこともない品物が並んでいる。
「ラウラ、あそこを見るのだ! 武器屋なのだ!」
「こっちには薬屋がありますよ!」
「見て、あの鍛冶屋! 煙突が三本もある!」
「魔導具のお店もあります……!」
四人はすっかり観光気分だった。
本来の目的は国王陛下への謁見である。
だが、目の前に魅力的な店が並んでいるのだから仕方がない。
「……あの、皆さん。王様に会う前に、少しだけお店を見ていきませんか?」
ラウラが遠慮がちに提案した。
「賛成なのだ!」
「私も賛成!」
「リリスも見たいです!」
「……みんな、ちゃんと時間は考えようね?」
ギルティの言葉は、三人の耳には届かなかった。
結局、四人は王都をあちこち散策した。
珍しい薬草を売る店。
地方では見かけない鉱石を扱う店。
魔導具の専門店。
そして、金貨が飛んでいきそうなほど高級な料理店。
ラウラは何度も足を止めた。
そのたびに財布を確認し、値段を見て、買うかどうか真剣に悩む。
「……うう。欲しいものが多すぎます……」
「ちみ、王都に来てからずっとそればっかりなのだ」
「だ、だって、ここでしか買えないものもあるんですよ!」
「帰りに買えばいいじゃない」
「……そうですね!」
ラウラは素直にうなずいた。
帰りに買う。
つまり、これから王様から褒美をもらえれば、もっと買えるかもしれない。
ラウラは少しだけ希望を抱いた。
そして、ようやく四人は王城の前へとたどり着いた。
王城は、遠くから見ても大きかったが、近くで見るとさらに圧倒的だった。
白い石造りの壁。
美しく整えられた庭園。
巨大な門。
そして、その前に立つ一人の青年。
青年は、四人が近づいてくるのに気づくと、静かに顔を上げた。
目が合った。
ラウラは慌てて頭を下げた。
青年も、丁寧に頭を下げる。
「こんにちは。私はセミル……」
「ちみは誰なのだ!!!」
「ダリアちゃん、いきなり大声を出さないで!」
青年が少し驚いた顔をする。
「いえ、私はセルミナ……」
「ダリアちゃん、黙って!」
今度はギルティがダリアの口を押さえた。
「んむっ!?」
「申し訳ありません……! この子、悪気はないんです!」
「私はセルミナーゼ……」
「ダリアさん、暴れないでください!」
リリスまで慌ててダリアを止める。
青年は、しばらく黙って四人を見つめていた。
そして。
「――ゴホン!」
大きな咳払いをした。
四人はぴたりと動きを止めた。
「失礼いたしました」
青年は背筋を伸ばし、改めて丁寧に一礼した。
「私はセルミナーゼと申します。国王陛下の側近を務めております。本日は皆様をお迎えに上がりました」
「「「「よ、よろしくお願いします!」」」」
四人は慌てて頭を下げた。
「それでは、王城へご案内いたします」
セルミナーゼに続き、四人は王城の中へと入った。
長い廊下には美しい絵画が飾られ、磨き上げられた床は鏡のように輝いている。
天井も高く、窓から差し込む光が廊下全体を明るく照らしていた。
「す、すごい……」
ラウラは思わずつぶやいた。
「ちみ、ここなら一生掃除しても終わらなそうなのだ」
「ダリアちゃん、そういうことを言わないの……!」
「でも、確かに広いですね……」
リリスが小声で言った。
「……掃除する人、大変そう」
ギルティも同情していた。
やがて四人は応接室へと案内された。
大きな扉が開く。
その向こうには、豪華な調度品が並ぶ広い部屋。
そして、奥の椅子に座っている一人の男性がいた。
頭には王冠。
身にまとっている衣服は上質で、落ち着いた威厳を感じさせる。
国王陛下だった。
「おお! そなたたちが、金満腹か!」
国王は、嬉しそうに立ち上がった。
「そうなのだ!」
ダリアが元気よく答えた。
「…………っ!?」
ラウラ、ギルティ、リリスの三人は凍りついた。
セルミナーゼの目が、すっと細くなる。
「ダリア様。式典や謁見の場では、そのような言葉遣いはお控えください」
「……はい」
ダリアは、しゅんと肩を落とした。
だが、国王は楽しそうに笑った。
「よいよい! そう堅苦しくする必要はない。余は、そなたたちのことをもっと知りたいのだからな!」
「は、はあ……」
ラウラは少しだけ緊張を緩めた。
どうやら、国王は思っていたよりも気さくな人物らしい。
国王は、部屋の一角に飾られた品々へと目を向けた。
そこには、カーム伯爵から贈られた炎王鉱石とマグマドラゴン結晶。
そして、アントン伯爵から贈られたクインバードの剥製が飾られていた。
「これらは、実に見事な品だ。炎王鉱石もマグマドラゴン結晶も、あれほど美しく上質なものはそうそう手に入らぬ。そして、このクインバードの剥製も素晴らしい。まるで今にも羽ばたきそうではないか」
国王は満足そうにうなずいた。
「そなたたちの働きには、十分な褒美を与えたいと思っておる。何か望みはあるか?」
「…………!」
ラウラの目が輝いた。
褒美。
つまり、無料でもらえるもの。
それも国王陛下からの褒美なのだから、きっとすごいものに違いない。
名誉。
地位。
特別な称号。
国王は、そんなものを望んでいると思っているのかもしれない。
「どうした? 遠慮せずに申してみよ。名声が欲しいか? それとも地位か? 騎士の称号なども与えられるぞ」
「いえ!」
ラウラは勢いよく顔を上げた。
「ラウラは、大きな家がほしいです!」
「…………は?」
国王の表情が止まった。
「大きな家……?」
「はい! 庭があって、ダリアの錬金術の作業場があって、ギルティの鍛冶場があって、リリスの魔導具工房があって……。それから、ラウラがお金を保管できる部屋もほしいです!」
「お金を保管できる部屋……?」
「はい! 大事です!」
ラウラは真剣だった。
お金を保管する場所は、いくらあっても困らない。
今の宿暮らしでは、素材を広げる場所にも困っているのだ。
そろそろ、広い家が欲しい。
できれば無料で。
「……そなたは、名声や地位には興味がないのか?」
国王が尋ねた。
「それよりも、大きな家とお金です!」
ラウラはきっぱりと答えた。
「…………」
国王は一瞬、ぽかんとした。
だが、次の瞬間。
「はっはっはっはっはっ!」
豪快に笑い始めた。
「よい! 実に面白い! よかろう!」
「ほ、本当ですか!?」
「うむ! 王都から少し離れた場所に、広い土地を与えよう。そこに建っている屋敷も、そなたたちに授ける!」
「「「「ええええええええっ!?」」」」
四人の声が重なった。
「もちろん、褒美として金貨も授けよう。家の維持や、今後の活動に役立てるとよい」
「き、金貨まで……!」
ラウラは震えた。
大きな家。
広い土地。
そして、金貨。
しかも無料。
無料である。
ここが重要だった。
「やりましたぁぁぁぁぁっ!」
ラウラは思わず両手を突き上げた。
「これで、家賃を払わなくて済むのだ!」
「鍛冶場も手に入るんだね……!」
「魔導具工房……! リリス、頑張ります!」
「薬の研究室も作れるのだ! 最高なのだ!」
四人は大喜びだった。
セルミナーゼは、その様子を見ながら小さくため息をついた。
「……陛下。本当にこの方々でよろしいのですか?」
「よいではないか。褒美を喜んでくれるのは、贈る側としても嬉しいものだ」
国王は満足そうに笑った。
こうして、金満腹は国王から屋敷と土地、そして金貨を授かることになった。
名誉や地位よりも、家とお金。
金満腹らしい褒美だった。
王都での式典は、無事に終わった。
褒美の授与も滞りなく済み、四人は国王やセルミナーゼに別れを告げた。
そして数日後。
王都から少し離れた場所にある、広大な土地。
その中央に建つ屋敷の前で、ラウラたちは立ち尽くしていた。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
四人とも、言葉が出なかった。
目の前には、大きな屋敷が建っている。
二階建ての立派な建物。
広々とした庭。
素材を保管できそうな倉庫。
鍛冶場に使えそうな別棟。
薬品の研究に使えそうな建物。
そして、魔導具の製作にぴったりな工房まである。
「こ、ここが……」
ラウラは、震える声で言った。
「ラウラたちのお家……!」
「すごいのだ……! 本当に、あちしたちのお家なのだ……!」
ダリアは目を輝かせている。
「鍛冶場まである……。しかも、かなり広いよ……!」
ギルティは、すでに鍛冶場の設備をどう整えるか考え始めていた。
「魔導具工房もあります……! ここなら、今まで作れなかったものも作れそうです!」
リリスも大興奮だ。
ラウラは玄関の扉に手を伸ばした。
ゆっくりと扉を開ける。
広い玄関。
美しい廊下。
大きな居間。
いくつもの部屋。
窓からは庭が見え、日当たりも抜群だった。
「うわぁ……!」
ラウラは感動で胸がいっぱいになった。
「これから、ここで暮らせるんですね……!」
「そうなのだ! もう宿屋に泊まらなくてもいいのだ!」
「荷物も好きなだけ置けるね!」
「工房も自由に使えます……!」
四人は屋敷の中を走り回った。
どの部屋を誰が使うのか。
素材の保管場所はどこにするのか。
鍛冶場には何を置くのか。
薬品の研究室はどう整えるのか。
話は尽きなかった。
そして、ひと通り屋敷を見て回ったあと。
ラウラは、ふと立ち止まった。
「…………あれ?」
「どうしたのだ、ラウラ?」
「えっと……」
ラウラは、ゆっくりと周囲を見回した。
広い居間。
立派な台所。
たくさんの部屋。
そして、誰もいない屋敷。
「……あの、皆さん」
「なに?」
「ラウラ、ひとつ気づいたんですけど……」
「うん?」
ラウラは、恐る恐る言った。
「誰も、家事ができないんじゃないでしょうか……?」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
沈黙。
ダリアは、そっと視線をそらした。
「……あちし、薬なら作れるのだ」
「私は鍛冶ならできるけど、掃除は……」
「リリスも魔導具なら作れますけど、お料理はあまり……」
三人の視線が、ゆっくりとラウラに集まった。
「…………ラウラも、素材採取ならできます」
「「「…………」」」
誰も、家事ができなかった。
せっかく手に入れた大きな屋敷。
広い庭。
立派な台所。
快適な生活。
それなのに。
掃除も、洗濯も、料理も、誰がやるのか決まっていない。
「…………」
ラウラは、ふるふると震えた。
「……ま、まさか」
四人は顔を見合わせた。
そして、同時に叫んだ。
「「「「家政婦さんを雇わなきゃぁぁぁぁぁっ!!」」」」
こうして、金満腹の新生活は始まった。
ただし。
家が無料で手に入ったからといって、生活費まで無料になるわけではない。
ラウラはさっそく、財布を取り出した。
「……うう。人を雇うにも、お金がかかります……」
夢のマイホーム。
その最初の問題は、家事だった。
そしてラウラは、まだ知らない。
この屋敷での暮らしが、ダンジョン探索とは別の意味で大騒動になることを――。




