49話 色々ときにしないことにしました。
「ギャアアアアアアッ!!」
巨大な九色鳥クインバードが、洞窟全体を震わせるような雄叫びを上げた。
次の瞬間、色鮮やかな巨大な翼が大きく広がる。
ゴオオオオオッ!!
「ひゃあああああっ!?」
突風がラウラたちを襲った。
ラウラは地面を転がり、ダリアは両手で頭を押さえ、ギルティは悲鳴を上げながら岩陰へと逃げ込む。
「ちょっと! 大きすぎるのだ! こんなの聞いてないのだ!」
「クインバードって、こんなに凶悪な魔物だったの!?」
「ラウラちゃん! これ、どうするの!? どうやって倒すの!?」
「ラウラにもわかりませんよおおおっ!」
クインバードが再び翼を振るう。
風圧で地面の小石が舞い上がり、三人の体が吹き飛ばされそうになった。
さらに、巨大な嘴がこちらへ向かってくる。
「食らえっ! こうなったら、これしかないのだ!」
ダリアがメディーガンを構えた。
「喰らえ! メディーガン!!」
カシュッ!
発射された薬液が、クインバードへ向かって飛んでいく。
しかし――。
バサァッ!!
クインバードが翼をひと振りしただけで、薬液は強烈な風に巻き込まれ、あっという間に吹き散らされた。
「うそでしょおおおおっ!?」
「薬が届かないのだあああっ!」
ダリアはメディーガンを抱えたまま逃げ出した。
ギルティもハンマーを握ってはいたものの、攻撃する隙などまったくない。
「む、無理無理無理! あんなのに近づけるわけないでしょおおおっ!」
三人は巨大な湖の周囲を、必死に逃げ惑った。
クインバードは翼を広げて飛びかかり、嘴で地面を突き、鋭い爪で岩を砕く。
もはや討伐というより、命懸けの鬼ごっこだった。
そんな中、ラウラの頭にひとつの考えが浮かんだ。
(……待ってください)
(このクインバード、虫の魔物を食べていましたよね?)
(それなら……)
ラウラは背後から迫る巨大な鳥を確認しながら、ダリアとギルティに叫んだ。
「ふたりとも! ひとつ作戦があります!」
「作戦!?」
「あるの!? ラウラちゃん!」
「このクインバードを、洞窟の出口まで誘導するんです!」
「出口まで!?」
「そうすれば、途中にいる気持ち悪い魔物を、片っ端から食べてくれるかもしれません!」
ラウラは必死に走りながら、思いついた作戦を説明した。
「五階層から九階層まで、虫とかゾンビとか、いっぱいいましたよね!? クインバードなら、あの魔物たちを全部どうにかしてくれるんじゃないでしょうか!」
ダリアとギルティは、一瞬だけ顔を見合わせた。
そして――。
ふたりはラウラに向かって、親指を立てた。
「グッドアイデアなのだ!」
「それ、最高じゃない!」
「では、この作戦で――」
「……でも、待って」
ギルティが急に真顔になった。
「それだと、クインバードが洞窟の外まで出ちゃうよね?」
「そうですね!」
「……剥製は?」
「…………」
ラウラの足が、一瞬だけ止まりかけた。
アントン伯爵から依頼されたのは、九色鳥クインバードの剥製だ。
洞窟の外へ誘導して、そのまま逃がしてしまったら?
いや、そもそも途中の魔物を食べさせているうちに、どこかへ飛んでいってしまったら?
剥製どころではない。
「……却下です!」
「却下なのだ!」
「剥製にできなくなるのは困るわね!」
先ほどまで目を輝かせていた三人は、あっさりと作戦を取り下げた。
そして、再び逃げ始めた。
「どうにかしてやっつけないと、ラウラたちが死んじゃいますよおおおおっ!」
ラウラは涙目で叫んだ。
クインバードの嘴が、すぐ後ろの岩を砕く。
ガガガガンッ!!
「ひいいいいっ!」
「ラウラちゃん! もうなんでもいいから、なんとかしてえええっ!」
「なら、もうこれ投げてよ!」
ギルティが走りながら、ラウラに小さなハンマーを差し出した。
「えっ? これ、なんですか!?」
「マグマドラゴンの素材で作ったハンマー! 小さいけど、素材が素材だからね!」
「そんな貴重なものを投げていいんですか!?」
「いいよ! それは護身用だから! 鍛冶には使わないって決めてるの!」
「でも、マグマドラゴンの素材ですよ!? 高く売れるんじゃ……!」
「今はお金の話をしてる場合じゃないでしょおおおおっ!」
ギルティの悲鳴が洞窟に響いた。
ラウラは小さなハンマーを受け取った。
ずしり。
見た目は小さいのに、手に持つと妙に重い。
素材の密度が高いのか、それともマグマドラゴンの素材が持つ特性なのか。
詳しいことはわからない。
ただ、ひとつだけ確かなことがあった。
これを投げれば、戻ってこないかもしれない。
(……さらば、マグマドラゴン素材のハンマー!)
ラウラは涙をこらえ、全力で腕を振りかぶった。
「これでも、喰らってくださあああいっ!!」
ブンッ!!
小さなハンマーが、風を切って飛んでいく。
クインバードは翼を広げ、ラウラたちを押し潰そうとするように迫ってきた。
しかし、ハンマーは強風に流されることなく、一直線に飛んでいった。
そして――。
ゴッ!!
クインバードの顔面に、直撃した。
「ギャ……?」
巨大な鳥が、間の抜けた声を漏らした。
次の瞬間。
ドッゴオオオオオオオオンッ!!
クインバードの顔面が、盛大にはじけ飛んだ。
九色の羽毛が舞い散り、巨大な体がぐらりと傾く。
そして、そのまま地面へと倒れ込んだ。
ズウウウウウウンッ!!
洞窟全体が揺れた。
「…………」
「…………」
「…………」
三人は口を大きく開けたまま、倒れたクインバードを見つめた。
数秒後。
「……えっぐー」
三人の声が、見事に重なった。
「えっ、ラウラちゃん……今、何を投げたの?」
「小さなハンマーです……」
「いや、そういうことじゃなくて!」
ギルティが頭を抱えた。
「あれ、マグマドラゴンの素材を使っただけの護身用ハンマーだよ!? あんな威力が出るなんて、私も思ってなかったよ!」
「ラウラも思ってませんでしたよおおおっ!」
ラウラは自分の手を見つめた。
ハンマーは戻ってこない。
マグマドラゴンの素材を使った、貴重なハンマー。
そして、クインバードの顔面は跡形もない。
「……さらば、貴重なハンマー……」
「いや、そっちを惜しむの!?」
ギルティのツッコミが響いた。
だが、三人が安心したのも束の間だった。
少し離れた場所では、先ほどダリアのメディーガンで麻痺させた、もう一羽のクインバードが倒れていた。
こちらは顔面も無事で、色鮮やかな羽毛もほとんど傷ついていない。
「……あっちの子は、まだ生きてるのだ?」
ダリアが慎重に近づき、様子を確認した。
「麻痺が効いてるだけみたい。今のところ動かないのだ」
「ということは……」
ギルティが、倒れた巨大な親鳥と、麻痺している子供の鳥を見比べた。
「親鳥は、剥製にするのは無理そうだね……」
「……顔面が、なくなっちゃいましたからね」
ラウラも、気まずそうに頷いた。
あれだけ派手に顔面が吹き飛んでしまっては、剥製にするのは難しいだろう。
しかし、素材としてなら話は別だ。
「……仕方ありません。親鳥は素材として回収しましょう」
「そうするしかないのだ」
「せめて素材だけでも、しっかり回収しよう!」
三人は気持ちを切り替え、親鳥を回収した。
顔面がなくなっているのは残念だが、素材としての価値まで消えたわけではない。
そして、麻痺している子供のクインバードと親鳥乃クインバードはなんとか魔法鞄に収めることができた。
「……入った」
ラウラは魔法鞄の口を閉じた。
「入っちゃったね……」
「入ったのだ……」
三人は、しばらく魔法鞄を見つめた。
馬車ほどもある巨大な鳥が、鞄の中に収まっている。
改めて考えると、いろいろとおかしい。
けれど、今は考えないことにした。
「……帰りましょう」
「そうだね!」
「早く帰るのだ! もう虫もゾンビも見たくないのだ!」
こうして、金満腹の三人は来た道を引き返すことになった。
もちろん、五階層から九階層までの道のりは、相変わらず地獄だった。
「ぎゃああああっ! クモおおおおっ!」
「ゾンビなのだああああっ! 聖水! 聖水をぶっかけるのだ!」
「こっちにムカデがいるうううっ! ラウラちゃん、逃げてえええっ!」
「言われなくても逃げますううううっ!」
虫の魔物から逃げ、ゾンビを避け、どうしても道を塞ぐ魔物には薬液や石を使って切り抜ける。
来るときと同じように、三人は悲鳴を上げながら洞窟を駆け抜けた。
そして、ようやく外へ出たときには――。
「…………」
「…………」
「…………」
三人とも、しばらく何も話せなかった。
青空が見える。
風が気持ちいい。
虫もいない。
ゾンビもいない。
巨大な鳥も、今は鞄の中だ。
「……生きてる」
ラウラは、ぽつりと呟いた。
「生きてるのだ……」
「うん……生きてるね……」
三人は近くの木陰まで歩き、並んで腰を下ろした。
ラウラは背負っていた荷物を下ろし、魔法鞄を抱きしめる。
中には、依頼されたクインバードが入っている。
親鳥は剥製にできなくなってしまったが、子供のほうは無事だ。
きっと、アントン伯爵にも事情を説明すれば、なんとかなるだろう。
……たぶん。
「少し休んでから、アントン伯爵のところへ戻りましょう」
「賛成なのだ……。あちし、もう一歩も動きたくないのだ……」
「うん……あちしも……」
ギルティは地面にごろんと横になった。
ダリアも木の幹に背中を預け、目を閉じる。
ラウラも膝を抱えて、ゆっくりと息を吐いた。
今回の依頼は、九色鳥クインバードを剥製にするために捕獲すること。
結果として、親鳥の顔面を吹き飛ばし、2羽を魔法鞄に詰めて帰ることになった。
(……報酬、ちゃんともらえるでしょうか)
ラウラは、そこだけが少し心配だった。
けれど、今は考えない。
まずは休憩だ。
お金の心配は、体力が回復してからでも遅くない。
こうして金満腹の三人は、木陰でしばしの休息を取るのであった。




