45話 アントン伯爵からの依頼です
アントン伯爵の屋敷。
豪華な装飾が施された応接室に、ラウラたち金満腹の三人は通されていた。
ふかふかのソファー。
高級そうなテーブル。
そして、目の前には見たこともないお菓子が山盛りになっている。
ラウラはお菓子を一つ手に取り、そっと口に運んだ。
「おいしい……」
「ちみ、今はお菓子を味わってる場合じゃないでしょ!」
ダリアに小声で突っ込まれ、ラウラはハッと顔を上げた。
そうだった。
ここへ来たのは、お菓子を食べるためではない。
アーマードスコーピオンを討伐し、カーム伯爵とアントン伯爵を救った報酬を受け取るためだ。
……いや、違う。
もっと大切な用事がある。
金貨六百枚である。
「このたびは、本当に助かった」
向かいに座っていたアントン伯爵が、深々と頭を下げた。
「アーマードスコーピオンが森に現れてから、領内は大変なことになっていた。討伐に向かった者たちも負傷し、カーム殿まで危険な目に遭わせてしまった。それを君たち三人が倒してくれたのだ。本当に感謝している」
「い、いえ! ラウラたちは依頼を受けただけですので!」
ラウラは慌てて手を振った。
討伐したといっても、実際には逃げ回りながら黒曜石を投げただけだ。
それに、あのときは本気で死ぬと思った。
もう二度とアーマードスコーピオンとは遭遇したくない。
素材は魅力的だったけれど。
「いや、君たちの働きは素晴らしかった。改めて礼を言わせてくれ」
アントン伯爵が再び頭を下げる。
カーム伯爵も、申し訳なさそうに口を開いた。
「私からも礼を言わせてほしい。君たちが来てくれなければ、どうなっていたことか……」
「ところで、カーム伯爵」
そこでダリアが、すっと身を乗り出した。
「ちょーっと、お話があるんだけども」
「う、うむ。なんだろうか?」
「金貨六百枚の件なんだけど」
ピタッ。
カーム伯爵の動きが止まった。
ラウラも、ギルティも、ダリアのほうを向いた。
そう!
それである!
忘れてはならない、金貨六百枚!
炎王鉱石とマグマドラゴン結晶を納品した際の代金!
ラウラたちがアントンまで走ってきた理由の一つ!
そして、何よりも重要な――お金!
「も、もちろん用意してある!」
カーム伯爵は慌てて答えた。
「君たちには本当に迷惑をかけてしまった。支払いを待たせてしまい、申し訳ない。金貨六百枚は、すでに用意してあるのだ」
「本当ですか!?」
ラウラがソファーから身を乗り出す。
目が輝いた。
金貨六百枚。
金貨六百枚。
金貨六百枚!
頭の中で、金貨がじゃらじゃらと音を立てている。
「ならば、俺が肩代わりしてやろう」
突然、アントン伯爵が口を挟んだ。
「えっ?」
カーム伯爵が目を丸くする。
アントン伯爵は平然と続けた。
「カーム殿には今回、私の領地のために危険を冒してもらった。それに、君たちへの支払いも遅れてしまったのだろう? ならば、ここは私が払おう」
「いや、しかし……」
「遠慮はいらん。私の領地を救ってもらった礼も兼ねている」
アントン伯爵は従者に目配せした。
従者がすぐさま部屋を出ていき、しばらくすると、大きな箱を抱えて戻ってきた。
テーブルの上に置かれた箱が開かれる。
中には――。
ぎっしりと詰まった金貨!
「金貨六百枚だ。受け取ってくれ」
その瞬間。
「「「ありがとうございます!!!」」」
金満腹の三人は、そろって勢いよく頭を下げた。
あまりの勢いに、カーム伯爵がびくりと肩を震わせる。
ラウラは箱の中を覗き込んだ。
金色。
輝く金色。
夢にまで見た金色。
これだけあれば、土地を買う資金もかなり貯まる。
ダリアの錬金術研究所も、ギルティの鍛冶工房も、ラウラのお金保管部屋も、ぐっと現実に近づく!
「うふふ……金貨……」
「ちみ、顔が怖いよ」
「えっ!? ラウラ、笑っていましたよね!?」
「笑ってるっていうか、金貨に魂を吸われてるっていうか……」
ダリアが若干引いている。
ギルティは金貨の箱を眺めながら、うんうんと頷いていた。
「これだけあれば、いい設備が揃えられそうだねぇ……」
「ギルティさん、それはラウラのお金保管部屋にも使えますか?」
「いや、金貨を保管するだけなら普通の部屋でいいでしょ!」
「普通の部屋では不安です! 防犯設備を整えないと!」
「ちみ、金貨を守るための金貨が必要になるやつじゃん!」
そんなやり取りをしていると、アントン伯爵が不思議そうに首を傾げた。
「ところで……一つ聞いてもいいだろうか?」
「はい! 金貨の枚数についてでしょうか!?」
「いや、違う」
アントン伯爵は苦笑した。
「なぜ、カーム殿は君たちに金貨六百枚もの大金を支払うことになっていたのだ?」
その問いに、ラウラたちは顔を見合わせた。
「ああ、そういうことね」
ダリアが説明を始めた。
「カーム伯爵から、王様への誕生日プレゼントを用意する依頼を受けたんだよ。炎王鉱石とマグマドラゴン結晶を納品するっていう話でさ」
「……炎王鉱石?」
「はい。火山で採取してきました。マグマドラゴン結晶もです」
ラウラが答える。
「マグマドラゴン結晶だと!?」
アントン伯爵が勢いよく立ち上がった。
ガタンッ!
テーブルの上のお菓子が跳ねる。
「ま、待て! マグマドラゴンといえば、あの巨大な魔物ではないか!? 討伐するだけでも大騒ぎになる、あのマグマドラゴンだぞ!?」
「はい。大きかったです」
「大きかったです、ではないだろう!?」
アントン伯爵が叫んだ。
カーム伯爵は気まずそうに視線を逸らした。
「……その件については、少々説明が難しくてだな」
「難しいも何もあるか!」
アントン伯爵はカーム伯爵を睨みつけた。
「君は、この三人にそんな危険な魔物の素材を頼んだのか!?」
「い、いや、まさかマグマドラゴンそのものに遭遇するとは思っていなかったのだ!」
「遭遇したらどうするつもりだったのだ!?」
「それは……」
カーム伯爵は口ごもった。
ラウラは小さく手を挙げた。
「あの……マグマドラゴンは、毒と麻痺の薬を塗った黒曜石を投げたら倒せました」
「倒せました、ではない!」
今度はアントン伯爵がラウラに向かって叫んだ。
なぜだろう。
ラウラは普通に説明しただけなのに。
隣ではギルティが、ちょっと誇らしげに胸を張っている。
「まあ、素材はすごかったよねぇ。鍛冶道具もかなり強化できたし」
「そういう問題ではない!」
アントン伯爵は額を押さえた。
この三人は、一体どうなっているのだ。
マグマドラゴンを倒した話を、まるで道端の石を拾った話のように語っている。
しかも、職業は素材採集士、錬金術師、鍛冶師だという。
戦闘専門の冒険者は一人もいない。
……いや、考えるのはやめよう。
アントン伯爵は深呼吸をして、ラウラたちに向き直った。
「君たちに頼みたいことがある」
「……はい?」
ラウラの笑顔が、ほんの少しだけ固まった。
嫌な予感がする。
報酬を受け取った直後に新しい依頼。
しかも、相手は伯爵。
断りづらい。
「実は、私からも君たちに依頼をしたいのだ。受けてもらえないだろうか?」
「え、ええと……依頼の内容によりますが……」
ラウラは慎重に答えた。
まずは話を聞こう。
危険な魔物の討伐なら、できれば避けたい。
できれば。
「何を贈るつもりなのだ?」
ダリアが尋ねた。
「王様への献上品だよね? カーム伯爵と同じようなものなのか?」
「いや、カーム殿の品とは別のものにしたい。できれば、王が日常で使えるような便利なものがいいと思っている」
「便利なもの、ですか……」
ラウラは考え込んだ。
便利なもの。
お金が増える道具とか。
いや、それは献上品としてどうなのだろう。
王様が使う便利な道具……。
「やっぱり、剣じゃないかい?」
ギルティが勢いよく言った。
「王様は男なんだろ? だったら、かっこいい剣を贈るのがいいと思う! 希少な魔物の素材を使って、あたしが鍛えれば、すごい剣が作れるよ!」
ギルティの目が輝く。
鍛冶師として、珍しい素材で武器を作るのは夢なのだ。
しかし、アントン伯爵は首を横に振った。
「うーむ……。普通の剣では、王もそれほど喜ばないだろう。魔剣のような特別な品なら話は別だが……」
「ま、魔剣ですか……」
ギルティの表情が曇った。
「魔剣となると、素材も加工も相当なものが必要になるねぇ……。それに、魔剣って簡単に作れるもんじゃないよ」
「そうなのか……」
アントン伯爵も腕を組んだ。
便利な道具。
剣。
魔剣。
どれも、なかなか難しい。
応接室に沈黙が落ちた。
そのとき、ダリアが「あっ」と声を上げた。
「そういえば、聞いたことがあるよ!」
「何をだ?」
「アントンの街には、剥製作りのプロがいるって噂!」
「……剥製?」
ラウラが首を傾げる。
剥製。
魔物の死体を加工して、姿を残すものだったはずだ。
珍しい魔物の素材を使うのとは、また違う技術が必要になる。
「そう! ものすごく腕のいい職人がいるって聞いたことがあるんだよね。希少な魔物でも、まるで生きているみたいに仕上げてくれるんだって!」
「それだ!」
アントン伯爵が、勢いよく立ち上がった。
今度はテーブルのお菓子がひっくり返った。
「それはいい! 珍しい魔物の剥製を王に献上するのだ! 見た目にも華やかで、珍しさも申し分ない。王もきっと喜ぶに違いない!」
「ええええええ……」
ラウラ、ダリア、ギルティの三人は、揃ってジト目になった。
なぜ、そこで剥製になるのか。
なぜ、珍しい魔物を探す話になるのか。
そして、なぜ、その役目が金満腹に回ってくるのか。
「ちょ、ちょっと待ってください。珍しい魔物ということは……討伐も必要なのでは?」
「もちろんだ!」
アントン伯爵は満面の笑みで答えた。
「君たちなら、きっと素晴らしい魔物を見つけてくれるだろう!」
「いやいやいや! ちみ、あちしたち、さっきまでアーマードスコーピオンから逃げ回ってたんだよ!?」
「逃げ回った末に倒したんでしょ?」
「それはそうだけどさぁ!」
ダリアが頭を抱えた。
ギルティも渋い顔をしている。
「剥製かぁ……。素材としては面白そうだけど、虫系は絶対に嫌だからね!」
「ラウラも、できれば怖くない魔物がいいです……」
「安心してくれ。報酬は弾む!」
アントン伯爵が、ここぞとばかりに言った。
「報酬は、君たちの働きに見合うだけ支払おう。珍しい魔物であればあるほど、報酬も上乗せする!」
「……報酬」
ラウラの耳がぴくりと動いた。
「珍しい魔物ほど……報酬が上がるのですか?」
「その通りだ!」
「素材も、いただいてよろしいのでしょうか?」
「もちろん! 献上品に使う分以外は、君たちの自由にしてくれて構わない!」
ラウラは、ダリアとギルティを見た。
ダリアも、ギルティも、ラウラを見た。
三人の目が合う。
そして――。
「「「……しょーがない!」」」
金満腹は、依頼を受けることにした。
お金のためである。
決して、魔物を倒したいわけではない。
珍しい素材が欲しいのも、ついでだ。
……たぶん。
「それで、今回の依頼対象なのだが……」
アントン伯爵は机の上に、一枚の絵を広げた。
そこには、色鮮やかな鳥が描かれていた。
頭から尾羽まで、赤、青、緑、黄色、紫、橙、白、黒、そして金色。
九つの色をまとった、美しい鳥だった。
「この魔物の名は――九色鳥、クインバード」
「く、九色鳥……?」
ラウラは絵を覗き込んだ。
とても美しい。
見た目だけなら、さっきのアーマードスコーピオンとは比べものにならない。
あちらは、見るだけで逃げたくなる外見だった。
こちらは、ちょっと近くで見てみたいと思える。
……ちょっとだけ。
「クインバードは極めて珍しい魔物でな。羽根は高級な装飾品に使われ、魔力を帯びた尾羽は希少素材としても知られている。生きた姿を見た者も少なく、剥製にできれば王への献上品として申し分ない」
「羽根……」
ギルティが絵を見つめた。
「これ、素材としてもかなり良さそうだねぇ……」
「九色鳥かぁ。薬の材料になる部分もあるかもしれないね!」
ダリアも興味を示す。
そしてラウラは――。
「……これ、いくらで売れるのでしょうか?」
「ちみは本当にブレないね!?」
ダリアの突っ込みが響いた。
アントン伯爵は豪快に笑った。
「ははは! 気に入った! それでは、九色鳥クインバードの討伐、そして剥製の制作を依頼する!」
「……はい。頑張ります」
ラウラは小さく頷いた。
美しい鳥。
希少な素材。
そして、弾むという報酬。
条件だけを見れば、悪くない依頼だ。
ただし。
魔物である以上、危険がないとは限らない。
「できれば……大人しく採取させてくれる鳥だといいのですが……」
「魔物にそんな都合のいいことを期待しちゃダメだよ、ラウラ」
ギルティが苦笑する。
「まあ、何とかなるんじゃない? あちしたち、アーマードスコーピオンも倒したし!」
「そうですね……。なんとか、逃げ切りたいです」
「倒すんじゃなくて逃げ切るの!?」
ダリアの叫びが、応接室に響き渡った。
こうして金満腹は、新たな依頼を引き受けた。
目指すは、九色鳥クインバード。
目的は、討伐と剥製。
そして――報酬!
ラウラは、胸の中でそっと呟いた。
(……今度こそ、危険な目に遭わずに済みますように)
その願いが叶うかどうかは、まだ誰にもわからない。
ただ一つ確かなのは。
金満腹が動き出した時点で、九色鳥クインバードの運命は、すでに大きく変わり始めていたのだった。




