3話 薬草をいっぱい採って帰ったら、英雄になりました
町を出て、森へ向かう。
今日の目的は一つ。
「青葉草を十束……」
私は依頼書を確認する。
「でも、いっぱい採ったら、その分買い取ってもらえる」
つまり。
たくさん採れば、たくさんお金になる。
「……いっぱい採ろう」
私はシャベルを握りしめた。
お金のためなら、少しくらい頑張れる。
……魔物が出なければ。
森に入ってしばらく歩く。
「……あった」
青葉草。
昨日、素材図鑑で何度も確認した植物だ。
しゃがみ込む。
手を伸ばす。
すると、頭の中に情報が浮かんだ。
《青葉草》
品質:普通
採取推奨部位:葉
推奨採取方法:成熟した葉を三枚採取
「よし」
私は葉を摘んでいく。
一株。
二株。
三株。
採る。
採る。
採る。
「……楽しい」
不思議だった。
普通なら、薬草を採るだけの仕事なんて地味なのかもしれない。
でも私には、このスキルがある。
どこを採ればいいのか。
どう採ればいいのか。
全部分かる。
「この葉はまだ小さいから、残して……」
次の株。
「こっちはちょうどいい」
また採る。
さらに次。
「……あっちにもある」
私は森の中を歩き回った。
気づけば。
最初に用意した布袋は、もういっぱいだった。
「……入らない」
私は袋を見つめる。
「どうしよう」
でも。
まだ目の前には青葉草がたくさんある。
「……もったいない」
私は持ってきた別の袋を取り出した。
「こっちにも入れよう」
採る。
採る。
採る。
さらに採る。
いつの間にか、十束どころではなくなっていた。
「……いっぱい」
私は大量の薬草が詰まった袋を見て、満足そうに頷く。
「これだけあったら、いくらになるかなぁ」
銀貨一枚どころじゃないかもしれない。
「えへへ……」
お金のことを考えると、自然と笑ってしまう。
さらに少しだけ奥へ進む。
すると、今まで見たことのない青葉草が生えていた。
「……あれ?」
近づく。
見た目は普通の青葉草。
でも。
《素材採取》が反応した。
《青葉草》
品質:極上
魔力含有量:高
薬効:非常に高い
推奨用途:高級回復薬
「……極上?」
私は目を丸くする。
「これも青葉草なんだ」
私は慎重に葉を摘む。
その周囲にも。
「……いっぱいある」
極上品質の青葉草が、群生していた。
「……」
私は少し考える。
「採っていいんだよね?」
誰に聞くでもなく呟く。
もちろん返事はない。
「じゃあ……」
採る。
一枚。
二枚。
三枚。
傷つけないように。
丁寧に。
一本ずつ。
私は極上品質の青葉草を大量に採取した。
「いっぱい採れた……」
袋は、もうパンパンだった。
「帰ろう」
今日は十分だ。
むしろ。
「重い……」
袋を持ち上げる。
「……うぅ」
結構重い。
でも。
これが全部お金になると思えば。
「頑張れる」
私は森を出た。
町が見えてきた。
「やっと帰ってきた……」
私はほっとする。
森は怖かった。
途中で何度か変な鳴き声も聞こえた。
でも、幸い魔物には遭遇しなかった。
「今日は運がよかったなぁ」
そんなことを考えながら、町へ近づいていく。
すると。
「……あれ?」
町の入り口が騒がしい。
人が集まっている。
何人もの冒険者が走っている。
「何かあったのかな」
私は少し不安になった。
でも。
ギルドへ戻らなければならない。
私は袋を抱えたまま歩いていく。
そして。
町の入口付近で。
「……え?」
私は立ち止まった。
地面に、大きな魔物が倒れている。
巨大な体。
太い腕。
大きな牙。
全身を鎧のような筋肉で覆った――
「ハイオーク……」
素材図鑑で見たことがある。
普通のオークよりも遥かに強い。
そして。
冒険者が数人、地面に倒れていた。
「……っ」
私は顔が青くなる。
「だ、大丈夫ですか!?」
慌てて駆け寄ろうとする。
でも怖い。
倒れている人。
血。
巨大な魔物。
何が起こったのか分からない。
「どうしよう……」
私はあたふたする。
「えっと……えっと……」
そのとき。
「ポーションは!?」
大きな声が響いた。
ギルドの受付嬢だった。
「ポーションはもうないの!?」
「ありません!」
別の職員が叫ぶ。
「町が小さいから、備蓄もそんなにありません!」
「そんな……!」
受付嬢が青ざめる。
「この人数じゃ足りない……!」
私はその言葉を聞いた。
ポーション。
傷を治す薬。
私は自分の袋を見る。
大量の青葉草。
そういえば。
青葉草は薬草。
そして。
私は口を開いた。
「あ、あの!」
全員の視線がこちらに向く。
「薬草なら、あります!」
「……え?」
受付嬢が私を見る。
私は袋を持ち上げた。
「たくさんあります!」
どさっ。
袋を地面に置く。
中から大量の青葉草が見える。
「……こんなに?」
「はい」
「これ、全部……薬草?」
「青葉草です」
職員たちが顔を見合わせる。
「分けてもらえますか!?」
「はい!」
私は即答した。
「全部使ってください!」
「全部!?」
「はい」
お金より、人の命のほうが大事だ。
……もちろん。
できればあとで買い取ってもらえたら嬉しいけど。
今はそんなことを言っている場合じゃない。
ギルド職員が急いで袋を運ぶ。
「錬金術師を呼んで!」
「私がやります!」
声を上げたのは、普段受付の奥で書類仕事をしている男性職員だった。
彼は眼鏡を押し上げる。
「私、錬金術師の資格も持っています!」
「早くお願いします!」
「分かりました!」
職員は薬草を作業台へ運ぶ。
小さな錬金釜。
水。
薬草。
魔力触媒。
そして。
ラウラの採った青葉草。
「……これほど品質の高い薬草を、いったいどこで?」
「今はそれより早く!」
「はい!」
職員が錬金術を始める。
魔力が釜の中へ流れ込む。
ぐつぐつ。
薬草が溶けていく。
緑色だった液体が、徐々に透明になっていく。
「……?」
職員が眉をひそめる。
さらに魔力を加える。
ぐるぐる。
液体が淡い金色へ変化した。
「……ん?」
職員の手が止まる。
「これは……」
瓶へ注ぐ。
完成したポーションを鑑定魔道具で鑑定する。
そして。
「……ん?」
職員が首を傾げた。
「なんで……万能ポーション?」
「万能ポーション?」
受付嬢が聞き返す。
「いや、待ってください。材料は青葉草ですよね?」
「はい」
「青葉草だけで、どうして万能ポーションに……?」
職員自身にも分からない。
でも。
今は考えている場合ではなかった。
「とにかく、飲ませましょう!」
「はい!」
瓶を持って、倒れている冒険者のもとへ走る。
「飲めますか!?」
冒険者の口へ、ポーションを流し込む。
ごく。
ごく。
すると――
「……!」
傷が。
見る見るうちに消えていく。
切り傷。
打撲。
裂傷。
深い傷まで。
すべてが、まるで時間を巻き戻したように塞がっていく。
「……え?」
「うそ……」
「傷が……」
「治ってる……!」
周囲にいた全員が固まった。
そして。
「……俺、助かったのか?」
倒れていた冒険者が目を開ける。
「傷が……ない?」
自分の腕を見る。
胸を見る。
腹を見る。
「全部……治ってる」
「そんな……」
別の冒険者にも飲ませる。
同じだった。
傷が消える。
さらに別の冒険者。
同じ。
「……すごい」
誰かが呟いた。
「こんなポーション、見たことない……」
ギルド内が騒然となる。
そして。
受付嬢が、ゆっくりこちらを向いた。
「ラウラさん」
「は、はい」
「この薬草……」
「はい」
「どこで採ってきたんですか?」
私は少し考えた。
森。
青葉草。
たくさんあった場所。
私は指を外へ向ける。
「そこら辺です」
「…………」
受付嬢が固まる。
隣の職員も固まる。
錬金術師も固まる。
そして。
「んなわけあるか!!」
全員からツッコミが飛んできた。
「ひゃっ!?」
私はびくっと肩を震わせる。
「す、すみません!」
「いや、ラウラさんを怒ってるんじゃなくて!」
「え?」
「そこら辺にこんな薬草が生えてるわけないでしょう!」
「……でも」
私は首を傾げる。
「いっぱいありましたよ?」
「いっぱい!?」
「はい」
「どれくらい!?」
「えっと……」
私は袋を見る。
「このくらいです」
「だから、それがありえないんです!」
ギルド職員たちが頭を抱える。
どうやら。
私が普通に採ってきた青葉草は、普通ではなかったらしい。
「……この薬草、全部鑑定してもいいですか?」
錬金術師の職員が恐る恐る聞いてくる。
「はい。どうぞ」
私が頷く。
職員が一枚を手に取る。
鑑定する。
「……極上品質」
「……」
「こちらも極上」
「……」
「これも」
「…………」
職員の顔が引きつる。
「全部……?」
「たぶん」
私は答える。
「そこに生えていたので」
「だから、そこってどこですか!?」
「森です」
「森のどこ!?」
「……えっと」
私は考える。
「青葉草がいっぱい生えてるところです」
「……」
誰も何も言わなくなった。
そして。
私はその日。
ハイオークに襲われた町で、傷ついた冒険者たちを救った少女として――
少しの間だけ。
英雄になった。
「ラウラさん!」
「はい!?」
「ありがとうございます!」
「い、いえ……」
「あなたのおかげで助かりました!」
「そんな……私は薬草を渡しただけで……」
「それでもです!」
周囲から感謝の声が飛んでくる。
私は恥ずかしくなって俯いた。
「……えっと」
英雄なんて。
私には似合わない。
だって私は。
ただ、お金のために薬草をいっぱい採ってきただけなのだから。
「……あの」
「はい?」
「薬草のお金は……」
「…………」
ギルド職員たちが、顔を見合わせた。
「今、その話をしますか!?」
「ひゃっ!」
私は思わず後ずさった。
「す、すみません!」
その日の夕方。
町の人たちは、ハイオークを倒した冒険者たちと、傷ついた仲間を救った謎の少女の話で持ちきりになった。
そしてラウラは――
自分がなぜそんなに騒がれているのか。
最後まで、よく分かっていなかった。




