10話 セーラー服のためにがんばりました。
翌朝。
ラウラはいつものように冒険者ギルドへ向かった。
「おはようございます」
「おはようございます、ラウラさん」
受付のお姉さんに挨拶をして、掲示板の前へ向かう。
今日も何か、採取できそうな依頼はないかな。
薬草。
鉱石。
木の実。
「……これもいいなぁ」
ラウラは依頼書を一枚ずつ眺めていた。
すると。
「……あれ?」
後ろから声がした。
「もしかして……英雄ちゃん?」
「え?」
振り返る。
そこには二人の女性冒険者が立っていた。
一人は腰に剣を下げた、凛々しい女性。
もう一人は杖を持った、魔法使いらしい女性だった。
「やっぱり! ラウラちゃんだ!」
「……?」
ラウラは二人を見つめる。
どこかで見たような。
「あのとき助けてもらった冒険者よ」
剣士の女性が笑う。
「私、ミア」
「私はルルシア。魔法使いよ」
「……あ」
思い出した。
ハイオークに襲われていた冒険者たち。
あのとき、薬草から作られた万能ポーションを飲んだ人たちだ。
「お怪我は、もう大丈夫なんですか?」
「おかげさまで!」
ミアさんが胸を張る。
「ラウラちゃんが持ってきてくれた薬草がなかったら、本当に危なかったんだから」
「私もよ。あのポーション、傷が全部治ったんだから」
ルルシアさんも笑う。
「本当にありがとう」
「いえ、そんな……」
ラウラは慌てて手を振る。
「私は薬草を採ってきただけですので……」
「それでも助かったの!」
「そうそう」
二人とも笑っている。
「ところで、今日は何を?」
「採取依頼を探してました」
「採取かぁ」
ミアさんが少し考える。
「だったら、ちょうどいい依頼があるんだけど」
「?」
ルルシアさんが掲示板を指差した。
「ネットスパイダーの討伐」
「…………」
討伐。
その言葉を聞いた瞬間。
ラウラの笑顔が消えた。
「……と、討伐?」
「うん」
「魔物を……?」
「そう」
「…………」
ラウラは掲示板を見る。
依頼書には大きく、
《ネットスパイダー討伐》
と書いてある。
「…………」
帰ろうかな。
ラウラはそっと後ずさった。
するとミアさんが言う。
「私たちが一緒だから大丈夫よ」
「……でも……」
「それに、これは私たちからのお礼でもあるから」
「お礼……?」
「討伐したネットスパイダーは解体するでしょ?」
ミアさんが笑う。
「素材は全部ラウラちゃんがもらっていいよ」
「……全部?」
「うん」
ラウラは固まった。
素材。
全部。
「……ネットスパイダーって、何が採れるんですか?」
ルルシアさんが答える。
「主に糸ね」
「糸?」
「ネットスパイダーの糸は、服や防具の素材として使われるの。丈夫だし、魔力も通しやすいから人気があるのよ」
「服……」
その言葉を聞いた瞬間。
ラウラの頭に、一つの服が浮かんだ。
前世で憧れた
女の子が着ていた、可愛い服。
セーラー服。
「……セーラー服」
「え?」
「……いえ」
私は小さく呟いた。
セーラー服。
15歳。
私は今、15歳。
「……着てみたい」
前世では着る機会がなかった。
異世界に来た今なら。
もしかしたら。
「……作れるかも」
私はネットスパイダーの依頼書を見る。
怖い。
魔物だ。
絶対怖い。
でも。
「……やります」
「本当?」
「はい……」
ラウラは拳を握った。
「セーラー服のために……!」
森の中。
ラウラたちはネットスパイダーの巣を探していた。
ミアさんが先頭。
ルルシアさんがその隣。
ラウラは二人の少し後ろを歩く。
「ラウラ、あまり離れないでね」
「は、はい!」
ラウラは周囲を警戒する。
木。
草。
木。
草。
「……魔物、出ませんよね?」
「まだ分からないわね」
「…………」
ラウラは剣を握るミアさんを見る。
頼もしい。
杖を持つルルシアさんを見る。
頼もしい。
ラウラは。
「…………」
小さなスコップを握っている。
頼りない。
「ラウラちゃん、大丈夫?」
「だ、大丈夫です!」
全然大丈夫じゃない。
しばらく進んだところで。
ミアさんが止まった。
「いた」
「……!」
木の向こう。
白い糸が大量に張り巡らされている。
その中心に。
大きな蜘蛛がいた。
「ネットスパイダーよ」
「…………」
ラウラは顔を青くした。
「お、大きい……」
普通の蜘蛛よりずっと大きい。
足も長い。
牙もある。
「む、無理……」
「ラウラちゃん?」
「私、あれ採れません……!」
「戦う必要はないわよ!」
「でも近くにいます!」
ネットスパイダーがこちらを向いた。
「ひっ!」
ラウラは反射的に後ろへ下がる。
「来る!」
「まだ来てないわよ!」
「でも来そうです!」
「ラウラ、落ち着いて!」
「無理です!」
ミアさんが走り出す。
「私が引きつける!」
ネットスパイダーがミアさんに飛びかかる。
「今!」
ルルシアさんが杖を掲げる。
「《ファイアボール》!」
炎の球が飛ぶ。
ドンッ!
ネットスパイダーが吹き飛んだ。
「す、すごい……」
ラウラは木の陰から顔だけ出す。
「ラウラちゃん! 今のうち!」
「えっ」
「糸を採って!」
「…………」
ラウラはネットスパイダーを見る。
動いている。
「無理です!」
「採取士でしょ!」
「採取士ですけど魔物は怖いです!」
ラウラは必死に走る。
「うわぁぁぁ!」
《素材採取》を発動。
一瞬。
ラウラの目の前に、たくさんの採取ポイントが浮かび上がった。
「……ここ?」
ラウラは震えながら、糸を一本だけ採る。
「採れた!」
《素材採取》が反応する。
魔糸
高品質
「……!」
これなら。
もっと採れる。
「えっと……」
私はもう一本。
もう一本。
ネットスパイダーがこちらを向いた。
「ひっ!」
ラウラは逃げる。
「ラウラ!?」
「こっち見ましたぁぁぁ!」
「大丈夫、私が抑える!」
ミアさんが間に入る。
ルルシアさんの魔法が飛ぶ。
ラウラはその隙に糸を採る。
採る。
採る。
「これなら……!」
怖い。
怖いけど。
セーラー服。
セーラー服。
「セーラー服のため……!」
ラウラは必死に採取した。
やがてネットスパイダーが倒れる。
「終わった……?」
「ええ」
「……よかったぁ」
ラウラはその場にへたり込んだ。
「お疲れ様」
ミアさんが笑う。
「じゃあ、解体しましょうか」
解体はミアさんたちと一緒に行った。
ラウラは《素材採取》を発動する。
すると。
「……いっぱい反応してる」
糸だけじゃない。
殻。
魔石。
脚。
牙。
さらに細かい部分まで、採取ポイントが表示されていく。
「ここ……」
ナイフを入れる。
「……採れた」
魔糸・高品質
「こっちは……」
ネットスパイダーの殻・高品質
そして。
「魔石も……」
高品質魔石
「…………」
ラウラは黙々と採取していく。
ミアさんが驚いた顔で見ている。
「ラウラちゃん、本当に採るの上手いわね」
「そうですか?」
「普通、そこまで綺麗に取れないわよ」
「……そうなんですか?」
ラウラは首を傾げた。
「採れたので、よかったです」
夕方。
ラウラたちは町へ戻った。
ギルドで素材を整理する。
ラウラは必要な分だけ残し、いらない素材を売ることにした。
銀貨50枚
ラウラはニヤケ顔が止まらない。
そして。
「それじゃあ、今日は本当にありがとうございました」
ミアさんとルルシアさんに頭を下げる。
「こちらこそ」
「またね、英雄ちゃん」
「はい!」
二人と別れたあと。
ラウラは大切に残しておいた素材を持って、鍛冶屋へ向かった。
「ガルグさん!」
「おう、ラウラか」
「お願いがあります」
ラウラは魔糸を取り出す。
「これで……服を作ってほしいんです」
「服?」
「はい」
ラウラは少し恥ずかしそうに言った。
「セーラー服……っていう服なんですけど」
「せーらー?」
「はい。こんな感じで……」
ラウラは紙に簡単な絵を描いた。
ガルグさんはしばらく眺める。
「……なるほどな」
「作れますか?」
「材料があるなら、やってみよう」
「本当ですか!」
ラウラは目を輝かせる。
「採取士用に、動きやすいように作ってください!」
「分かった分かった」
「ありがとうございます!」
「ただし、少し時間がかかるぞ」
「はい!」
「また後日取りに来い」
「よろしくお願いします!」
ラウラは深々と頭を下げた。
そして帰ろうとしたとき。
「そうだ、ラウラ」
「はい?」
ガルグさんが何かを取り出した。
「これも見ていけ」
「……?」
机の上に置かれたもの。
それは――
昨日預けた、ストーンアントのうんこだった。
でも。
昨日とは違う。
綺麗に磨かれている。
光を受けて、きらりと輝いていた。
「…………」
私は目を見開いた。
「……きれい」
色とりどりの光が、その表面に浮かんでいる。
まるで宝石みたいだった。
「これが……あの……」
ラウラは言葉を失う。
昨日まで、うんこだったもの。
いや。
正確には、今もストーンアントのうんこなのだけれど。
「…………」
ラウラはうっとりと眺めた。
「……きれい……」
「だろ?まだ完全に磨いているわけじゃないんだがな」
ガルグさんが笑う。
「貴族が欲しがるのも分かるだろ」
「はい……」
ラウラはキラキラと輝くそれを見つめる。
そして。
「……これ、私が拾ったんですよね」
「ああ」
「いっぱい」
「ああ」
「…………」
ラウラは嬉しくなった。
「えへへ……」
まさか。
森で拾った謎の石が。
こんなに綺麗になるなんて。
ラウラはしばらく、その場から離れられなかった。
――そして私はまだ知らない。
そのストーンアントのうんこが。
この町では、かなり高価な素材だということを。




