エピソード9:決戦のスカイツリー、タピオカと光の防壁
人類滅亡のタイムリミット、最終日の夜。
東京スカイツリーの足元は、かつてないほどの熱気と混沌に包まれていた。
「メガ! タピ! ネオ!」「メガ! タピ! ネオ!」
広場を埋め尽くす数万人の若者たちが、スマホのライトを夜空に向けて激しく振り回しながら、謎のコールを叫び続けている。
SNSで拡散された『メガ・タピ・ネオ究極ゲリラ配布フェス』のデマは、見事に人間の群集心理に火をつけた。何万台ものスマートフォンの電波と強烈なLEDライトの光が、スカイツリーの周辺に巨大な見えない「壁」を作り出していた。
「よし……! これならいけるぞ!」
広場から少し離れたビルの屋上から、俺はその光景を見下ろしてガッツポーズをした。
隣には、漆黒のドレスの黒江と、ジャージ姿のチャコが立っている。
「電磁波の乱反射、想定以上だ。これなら頂上からの初期化パルスは完全に相殺できる」
「地下の磁場もアタシがかじってグチャグチャにしてやったよ! さあ、どうするお偉いさん!」
二人が不敵に笑った、その直後だった。
『……チッ。どこの馬鹿がこんなバグを引き起こしたのかと思えば、やはり君たちか』
頭上から、冷酷な声が響いた。
見上げると、純白のスーツを着た白鳩の使者——シロハトが、背中に白いオーラの翼を広げて宙に浮いていた。その美しい顔は、怒りで醜く歪んでいる。
「人間という失敗作に入れ込み、創造主たる我々に牙を剥くとは。極東エリアマネージャーの両名、直ちに粛清する」
シロハトが手を振り下ろすと、夜空を埋め尽くすほどの『天空近衛兵団(白鳩の群れ)』が急降下してきた。さらに、足元のコンクリートがひび割れ、地下から巨大な『大ムカデ装甲師団』が這い出してくる。
「ヒィッ! ムカデキターー!」
「うろたえるな! 天空の防衛は私に任せろ!」
チャコが半泣きで俺の背後に隠れ、黒江が両手を広げて叫ぶ。
瞬間、都内の至る所から集結した数千羽のカラスの群れが、黒い竜巻となって白鳩の群れに激突した。空では鳥たちの壮絶な空中戦が始まる。
チャコも意を決したように床を叩き、下水道からおびただしい数の「地元(トー横)のネズミとゴキブリ」を呼び寄せてムカデ師団に応戦し始めた。
神々による、人間には見えない異次元の戦争。
だが、シロハトの狙いは俺だった。
「まずは、すべてのバグの元凶である君から消えてもらおうか」
シロハトが一直線に俺へと突っ込んでくる。黒江もチャコも乱戦中でカバーに入れない。
だが、俺は慌てなかった。
「お前ら雲の上の連中は、人間の『欲望』を舐めすぎなんだよ」
俺は足元に置いていた、業務用の巨大なポリタンクを蹴り飛ばした。
中に入っているのは、俺がバイト先のつてでこっそりかき集めて調合した『メガ・タピ・ネオ(原液)』——要するに、致死量の砂糖をぶち込んだ極彩色の超ドロドロ・シロップだ。
「なっ……!?」
蹴り飛ばされたポリタンクが破裂し、突っ込んできたシロハトの純白の高級スーツに、ドス黒く甘ったるいシロップが大量にぶちまけられた。
「ぎゃああっ!? な、なんだこのベタベタした不快な液体は!? 私の、私の上質な羽毛が!!」
シロハトが空中でバランスを崩し、ビルの屋上に墜落する。
そして、この強烈な甘い匂いを、地下の住人たちが見逃すはずがなかった。
「あーっ!! アタシの大好きなメガ・タピ・ネオの原液!!」
チャコが目を輝かせて叫んだ瞬間。
ムカデと戦っていたゴキブリやネズミの大群が、一斉に方向を変え、シロップまみれのシロハトに向かって猛スピードで群がり始めたのだ。
「ひ、ひぃぃぃっ!? やめろ、寄るな! この下等生物どもぉぉぉ!!」
悲鳴を上げるシロハトは、あっという間に黒い大群に覆い尽くされ、身動き一つとれなくなった。
ただシロップを舐められているだけなのだが、絵面としては完全にホラーである。
「……タイムアップだ」
俺がスマホの時計を見る。
人類滅亡の予定時刻を、時計の針が静かに過ぎていった。
スカイツリーからは何のパルスも発信されず、地震もウイルスの蔓延も起こらない。
下界では、タピオカをもらい損ねた若者たちが「解散解散ー!」と笑いながら駅に向かって歩き始めている。
「……勝ったぞ。俺たちの勝ちだ」
俺の言葉に、カラスの群れを退けた黒江がふっと微笑み、チャコがシロハトの上のシロップを舐めながらピースサインをした。
かくして、世界を終わらせる神々の『初期化計画』は、数万人のバカ騒ぎと、ドロドロのシロップによって完全に阻止されたのだった。




