# エピソード7:神々を堕落させたのは、四畳半の温もりだった
白鳩の使者が去り、部屋には重苦しい沈黙だけが残された。
テーブルに置かれたチョコレートケーキは、完全にその魅力を失っている。
「……おい、嘘だろ。お前ら、本当にこのまま人間を見殺しにする気か?」
俺が絞り出すように問うと、黒江は顔を背け、チャコは押し入れの奥で小さく丸まった。
「……言っただろう。中央統括委員会の決定は絶対だ。我々のような末端のエリアマネージャーが逆らえば、人間ごと消し炭にされるだけだ」
「アタシだって……アタシだって嫌だよぉ。健太がいなくなったら寂しいし……。でも、お偉いさんたちには逆らえないよ……」
二人の声には、明確な恐怖が滲んでいた。
こいつらも結局は、巨大な組織の歯車の一つに過ぎないのだ。今まで四畳半で威張り散らしていた姿からは想像もつかないほど、今の二人は小さく弱々しく見えた。
人類滅亡まで、あと七日。
普通なら、ここで諦めて絶望するしかない。だが、俺はこの三ヶ月間、こいつらを間近で観察し、コントロールし続けてきた「影のファシリテーター」だ。
こいつらの性格も、弱点も、誰よりも熟知している。
「……そうか。じゃあ、仕方ないな。俺たち人間は七日後に滅びる。それはもう受け入れよう」
俺はわざとらしく大きなため息をつき、テーブルのアルミホイルを手に取った。
「人間がいなくなれば、工場も止まる。こんな美しくてキラキラした『アルミホイル』も、二度と生産されることはない。……あーあ、残された自然界には、泥と葉っぱしかないもんなあ。黒江はこれから一生、地味な色の木の実でも集めて暮らすんだな」
「っ……!!」
黒江の肩が、ビクッと大きく跳ねた。
「チャコも可哀想になあ。人間がいなくなれば、当然エアコンも床暖房もなくなる。冬は凍えるような寒さの中、冷たい土に潜って、泥のついた木の根っこをかじる生活に戻るんだ。こんな甘くて美味しい『ジャンクフード』も、二度と食べられない」
「……っ! い、いやだ……!」
チャコが押し入れから顔を半分だけ出し、ギラギラとした目でチョコレートケーキを見つめた。
「中央のジジイどもは『自然を取り戻す』とか綺麗なことを言ってるんだろうが、要するにお前らから『快適な娯楽』と『美食』を奪うってことだ。お前ら、それでもいいのか? そんな退屈でひもじい世界を、お偉いさんのために受け入れるのか?」
俺の言葉に、部屋の空気が変わった。
恐怖よりも、もっと原始的な感情——『欲望』が、二人の顔に広がり始める。
「……あの、薄汚い長老衆め」
ギリッ、と黒江が歯を食いしばった。
「ずっと雲の上に引きこもっているあの老害どもは、現代の人間の技術力を、そしてこの『アルミホイル』の至高の輝きを全く理解していない! あんな泥臭い森での生活になど、美意識の高い私が戻れるわけがないだろう!」
「そうだそうだー! アタシだって絶対嫌だ! 冬はあったかい床下でポテチ食べてたい! 木の根っこなんかもう絶対に食べたくない!!」
黒江が立ち上がり、チャコが押し入れから飛び出してきた。
よし。計画通りだ。
神々を堕落させたのは、俺が与えた四畳半の「快適さ」と「欲望」だったのだ。
「なら、やることは一つだろう」
俺は立ち上がり、二人の前に手を出した。
「中央統括委員会の『初期化計画』をぶっ潰す。俺たちの、このくだらなくて快適な四畳半の生活を守るために」
黒江が不敵に笑い、俺の手に自分の手を重ねた。
「フン……サル風情が偉そうに。だが、その反逆の意志だけは評価してやろう」
チャコも満面の笑みで、俺の手の上に勢いよく両手を乗せる。
「やっちゃおー! 健太のポテチはアタシが守る!」
ここに、人間一人と、ポンコツな鳥と虫による、世界を救うための「極秘クーデター同盟」が結成された。
タイムリミットまで、あと一六八時間。
ファシリテーター佐藤健太の、最後にして最大のプロジェクトが幕を開けた。




