エピソード6:白い使者は、優雅に人類の終わりを告げる
影のファシリテーターとして、俺が四畳半から世界を(間接的に)回すようになってから三ヶ月。
カラスの黒江とゴキブリのチャコとの奇妙な同居生活にもすっかり慣れ、人間社会は俺の「絶妙な調整」のおかげで、かつてないほど平和で穏やかな軌道に乗っていた。
今日も今日とて、俺はスーパーの特売で買ってきた高級アルミホイルと、新発売の激甘チョコレートケーキをテーブルに並べ、二人のご機嫌をとる……はずだった。
「……どうしたんだよ、お前ら。お通夜みたいな顔して」
部屋の空気が、異常に重かった。
いつもならケーキに飛びつくチャコが押し入れの奥で膝を抱えて震えており、窓際で偉そうにしているはずの黒江も、爪を噛みながら青ざめた顔で虚空を見つめている。
「おいサル……いや、健太。……少し、黙っていろ」
黒江の声が、微かに震えていた。
その直後だった。
『クルックゥ……』
ベランダの手すりに、一羽の鳥が舞い降りた。
見慣れたカラスではない。それは、混じり気のない純白の羽毛を持った「白鳩」だった。
白鳩が軽く羽ばたくと、ポンッという破裂音とともに、その姿が人間に擬態する。
現れたのは、純白の高級スーツを隙なく着こなした、天使のように端正な顔立ちの青年だった。背中には、擬態しきれていない白いオーラが後光のように射している。
「やあ。相変わらずむさ苦しい部屋だね、極東エリア管理担当のお二人さん」
青年が優雅に微笑みながら窓から足を踏み入れると、黒江とチャコが弾かれたようにその場に跪いた。
あのプライドの塊である黒江が、冷や汗を流しながら頭を下げている。
「……中央統括委員会の使者殿が、このような辺境の拠点に何の御用でしょうか」
「ヒィッ……! ア、アタシたち、最近はちゃんとレポート出して……」
「わかっているよ。君たちの働きぶりは評価している」
白鳩の青年——使者は、優しく微笑みながら部屋の中央に進み出た。そして、立っている俺を一瞥し、まるで道端の石でも見るような目でスルーした。
「今日ここに来たのは、君たちに『最高決定事項』を伝達するためだ。天空派と地下派、双方の長老衆による全会一致の決議だよ」
使者は、懐から一枚の真っ白な羽根を取り出し、それを空中に放り投げた。
羽根は空中で光り輝き、ホログラムのような文字を空間に浮かび上がらせる。
「結論から言おう。——『人間初期化計画』の発動が承認された」
「……しょきか?」
俺の口から、間抜けな声が漏れた。
使者は初めて俺の方に顔を向け、美しい顔で残酷な事実を告げる。
「平たく言えば、絶滅だよ、被造物くん。君たちは少し進化のスピードが早すぎたし、地球の資源を好き勝手に食いつぶしすぎた。それに最近、我々のコントロールを離れた不規則な動き——急に夜中に出歩かなくなったり、おかしな住宅を建てたり——が目立つようになってね。どうやらシステムにバグが生じているらしい」
……それ、全部俺が自分の生活を楽にするために提案したやつだ!!
「というわけで、これより一六八時間……つまり七日後に、地球全土で『致死率九九パーセントの突然変異型ウイルス』と『連動型の大規模地殻変動』を同時発生させる。君たち人間は、一度まっさらにクリーニングされるというわけだ」
「なっ……ふざけんな! そんな映画みたいなこと……!」
「健太! 口を慎め!!」
黒江が血相を変えて俺を怒鳴りつけた。
チャコは震えながら、涙目で俺を見ている。
「……嘘だろ。お前ら、止めないのかよ。今まで一緒に、この部屋で世界を上手く回してきたじゃないか……」
「……我々は一介のエリアマネージャーに過ぎない。中央の決定は、絶対なのだ……」
黒江はギリッと唇を噛み締め、目を伏せた。
「そういうことだ。君たちエリアマネージャーは、七日後の『初期化』に向けて最終準備に入るように。では、良い週末を」
白鳩の青年は爽やかに笑うと、再び鳥の姿に戻り、青空へと飛び去っていった。
静まり返った四畳半。
テーブルの上に置かれたチョコレートケーキと、高級アルミホイル。
俺の平穏な日常を守るための裏工作が、結果的に「人類のバグ」と判定され、世界を破滅に導いてしまった。
人類滅亡まで、あと七日。
コメディじみた影の支配者の生活は終わり、本当の絶望が幕を開けた。




