エピソード4:世界の危機は、三百円のチョコレートで救われる
「絶対に『全面ガラス張り』のタワーマンション群にするべきだ! 屋上には太陽光パネルを敷き詰め、空から見下ろした時にキラキラと眩しく反射する都市計画こそが至高!」
「はあ!? バカじゃないの!? そんな風通しが良くてツルツルした建物、アタシたちが住みにくいじゃん! 都市計画の基本は『木造密集』『床下暖房』『適度な湿気と隙間』でしょ!」
メガ・タピ・ネオ騒動から数日。
今日の四畳半(兼・共同戦略会議永世中立地帯)は、かつてないほどピリピリとした空気に包まれていた。
漆黒のドレスを着たカラス陣営の黒江と、茶色いジャージを着たゴキブリ陣営のチャコが、ちゃぶ台を挟んで火花を散らしている。
議題は『次世代の人間社会における住宅トレンドの方向性』について。
「いいか虫ケラ。我々天空派が少し風を操れば、あんな木造の箱など一瞬で吹き飛ぶのだぞ。超大型台風を連続発生させ、古い家屋を一掃して更地にしてやろうか!」
「やれるもんならやってみなよ! こっちだって地下ネットワークを使って、コンクリートを食い破る特殊白アリの大群を放って、タワマンなんて全部基礎から倒壊させてやるんだから!」
「……お前ら、物騒な言葉をポンポン出すな」
俺は胃をさすりながらツッコミを入れた。
冗談ではない。こいつらがその気になれば、本当に超大型台風が上陸するし、タワマンは倒壊するのだ。この四畳半での口喧嘩が、そのまま日本の、いや世界の存亡に直結している。
「おいサル、お前からもこの愚かな虫に言ってやれ。人間も、キラキラ光る高い建物に住みたいだろう?」
「サル! 人間だって、狭くて暗くてジメジメした床下にギュッと集まって住むのが一番安心するよね!?」
二人の上位存在が、ものすごい剣幕で俺に同意を求めてくる。
ここで下手な答えを出せば、俺の命どころか、首都圏が壊滅するかもしれない。俺は必死に頭をフル回転させた。
「……えーっと、どっちの言い分もわかる。わかるが、落ち着け。人間社会には、お前ら両方が満足できる素晴らしい最新の住宅システムがすでにあるんだよ」
「ほう?」
「なにそれ?」
二人がピタリと動きを止め、俺を見る。
「『スマートハウス』ってやつさ。屋根には黒江が好きな『太陽光パネル』がピカピカ光ってるし、家の中はチャコが好きな『高気密・高断熱』で、床下には暖房が張り巡らされていて冬でもポカポカだ。しかも、壁の中には配線用の細くて暗い隙間がいっぱいある」
俺がそう説明すると、黒江は顎に手を当てて考え込み、チャコは目を輝かせた。
「ふむ……屋根がキラキラで、空からの見栄えは良いのだな?」
「床下ポカポカ!? 暗い隙間もあるの!? 最高じゃん!」
「そうだろ? だから、お前らがわざわざ台風を起こしたり、建物を倒壊させたりしなくても、人間は勝手にそういう家を建てていくから安心しろ」
俺はほっと胸を撫で下ろした。なんとか物理的な激突は避けられそうだ。
しかし、黒江はまだ少し不満げに腕を組んでいる。
「理屈はわかったが、腹の虫が治まらん。この虫ケラに私の高尚な美的センスをバカにされたのだからな」
「アタシだって、いきなり家を吹き飛ばすとか言われてムカついてるし!」
ダメだ、まだ火種が燻っている。
こうなったら、最後の手段だ。
「わかった、わかったから! 俺から二人に『供物』を捧げるから、それで今日は手打ちにしてくれ!」
俺は急いで戸棚を開け、なけなしのバイト代で買っておいた「ちょっと良いチョコレート(一箱三百円)」を取り出した。
「黒江、これを見ろ」
俺は金色のアルミホイルで美しく球状に包まれた、高級感のあるチョコレートを黒江の前に差し出した。
「なっ……!? なんだその、眩いばかりの金色の輝きは……! しかも、見事なまでの球体……!」
「お前にやる。その包み紙、好きに集めていいぞ」
「い、いいのか!? サルめ、なかなか見どころがあるではないか!」
黒江は完全にIQが下がった顔になり、金色の包み紙をうっとりと見つめ始めた。よし、チョロい。
「チャコには、中身をやる。高カロリーで、濃厚で、ドロドロに甘い塊だぞ」
俺が包み紙を剥がして中身のチョコを差し出すと、チャコはものすごい勢いでそれに飛びついた。
「うわあああ! なにこれ、最高に濃密なオーガニックエネルギー! おいしー!!」
チャコは口の周りをチョコだらけにしながら、幸せそうに咀嚼している。
「……というわけで、本日の会議は『スマートハウスの普及を静観する』ということで閉会。異議はないな?」
「うむ、この金色の輝きに免じて許してやろう(キラキラ)」
「アタシもこれでいいよー!(モグモグ)」
俺は深く、深くため息をついた。
——ニュース速報:本日、日本列島に接近していた超大型台風は、突如として熱帯低気圧に変わり、消滅しました。
テレビから流れる平和なニュースを聞きながら、俺は座椅子に崩れ落ちた。
誰も知らないだろう。
今日、日本が壊滅の危機から救われたのは、フリーターの俺が差し出した三百円のチョコレートのおかげだということを。
「……俺、この会議の調停役として、世界救ってね?」
ツッコミ役から一歩進んで、人類の影の守護者への階段を上ってしまった瞬間だった。




