エピソード3:神々の御前会議、アジェンダは『生ゴミ問題』について
「おーいサル! アタシの朝ご飯まだー!? 一昨日の夜から放置されてるカップ焼きそばのソース舐めたいんだけど!」
「おい人間。私の紅茶はどうした。ティーカップの下にはちゃんとアルミホイルを敷けと言ったはずだが?」
「……お前ら、いい加減にしろよ」
神々(鳥と虫)の侵入から数日が経過した。
俺の四畳半は、完全に無法地帯と化していた。
押し入れを「地下インフラ総本部」と称して不法占拠したチャコは、夜な夜なカサカサと不気味な音を立てながらジャンクフードの残飯を漁っている。
一方、窓際を「天空情報局」として陣取った黒江は、俺のスマホを勝手に操作しては、集めてきた10円玉やアルミホイルをうっとりと磨いている。
「大体、なんで俺がお前らの世話をしなきゃいけないんだ。ここは俺の家だぞ」
文句を言いながらも、俺はチャコにはポテトチップスの食べカスを、黒江にはキラキラ光る銀紙を添えた紅茶を差し出した。逆らって万が一「人間を滅ぼす」とか言われたら困るからだ。
「フン。我々上位存在が、あえてこの狭い空間に留まってやっているのだ。感謝こそすれ、不満を漏らすとは愚かな」
「そうそう! アタシたちのご先祖様がサルの毛をむしって二本足で歩かせてあげなかったら、今頃アンタ、木の上でバナナ食べてたんだからね!」
「……ハイハイ、毛をむしってくれてどうもありがとう」
棒読みで答えながら、俺は座椅子にどっかりと腰を下ろした。
美少女二人が部屋にいるというのに、これほどまでにときめかない状況があるだろうか。
「さて、茶番はこれくらいにしておこう。地下の特攻隊長殿、本日の『共同戦略会議』を始めるぞ」
黒江がコホンと咳払いし、スッと表情を引き締めた。
チャコも口の周りにポテチの粉をつけたまま、ビシッと敬礼する。
「了解でーす! 本日の議題は、ズバリ『人間のエコ活動による我々の食糧難問題』について!」
「……は? エコ活動?」
俺が思わず聞き返すと、黒江が鋭い視線で俺を睨みつけた。
「そうだ。最近、人間どもは『SDGs』だの『食品ロス削減』だのと言って、生ゴミを減らそうとしている。これは、地下で暮らす我々の同胞に対する明確な食糧兵器への転換……ひいては、神に対する反逆行為だ」
「そうだよ! 最近のゴミ置き場、綺麗すぎ! 昔みたいにもっと甘くてベタベタした汁とか残しとけっての!」
……いや、ゴミ置き場が綺麗なのは人間社会にとっては良いことだろうが。
「天空・情報管理派としても、人間が自然をコントロールできると思い上がっているのは腹立たしい。ここは一つ、人間どもに身の程をわからせる必要がある」
「だね! じゃあ黒江お嬢様、アレやっちゃってよ!」
「ふふん、任せておけ。情報操作など造作もない」
黒江は俺のスマホを奪い取ると、目にも止まらぬ猛スピードでタップし始めた。
「人間のインフルエンサーと呼ばれる個体たちの脳波に微弱なパルスを送り……『極彩色で異常に甘い、タピオカの三倍サイズの謎の球体が入ったカロリー爆弾ドリンク』の幻影を植え付ける。名付けて『メガ・タピ・ネオ』だ」
「うわー! それ絶対人間が好きなやつ! カップの底に甘い汁と大きな粒が残って、そのままゴミ箱に捨てられる最高にクールな飲料だね!」
「うむ。これをSNSのトレンド1位に強制浮上させ、人間の『映え』の感情を刺激する。さあ、どうだ」
黒江がスマホの画面を俺に見せつけてくる。
確かにX(旧Twitter)のトレンドには「#メガタピネオ最高」という謎のワードが浮上していたが……。
「……お前ら、バカなのか?」
俺は深くため息をついた。
「そんな架空の飲み物が急に流行るわけないだろ。第一、タピオカブームなんてもう何年も前に終わって……」
俺がツッコミを入れようとした、その時だった。
『——速報です!』
つけっぱなしになっていたテレビから、アナウンサーの上ずった声が聞こえてきた。
『現在、原宿を中心に「メガ・タピ・ネオ」を求める若者たちによる大パニックが発生しています! 大手飲料メーカーは急遽、全工場を稼働させて生産を開始! 街中には甘いシロップの匂いが充満し、一部のゴミ箱からは飲み残しが溢れ返るという前代未聞の事態に——』
「……………………え?」
俺はテレビ画面と、ドヤ顔をしている黒江とチャコを交互に見た。
「ふふっ、他愛もない。人間の欲望など、少し情報をいじればすぐにこのザマだ」
「やったー! これで今日の夜は全国のゴミ捨て場が甘い匂いでいっぱいだね! パァーティィーだぁー!」
ニュース映像では、完全に狂乱状態の若者たちが、謎の極彩色ドリンクを求めて暴動寸前の騒ぎを起こしていた。
「嘘だろ……」
俺は戦慄した。
こいつら、冗談抜きで世界を操っている。
そして、そんな世界の運命が……俺のこの、家賃三万円の四畳半で、ポテチを食いながら決定されているのだ。
「……俺はとんでもない連中を、部屋に入れちまったのかもしれない」
俺の平穏な日常は、完全に終わった。
それを確信するには、十分すぎる出来事だった。




