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第6話 崩壊する最強ギルド

第6話 崩壊する最強ギルド


 『インペリアル・レイド』本社ビルの空気は、最近ずっと張り詰めていた。


 高層階にある作戦会議室では、怒号が飛び交っている。


「ふざけんな! 回復ポーションが届いてねえってどういうことだ!」


 机を蹴飛ばしながら怒鳴ったのは、一条凱だった。


 ガァンッ、と重い音が響く。


 若い事務員がびくりと肩を震わせる。


「も、申し訳ありません! ですが発注処理が――」


「言い訳してんじゃねえ!」


 一条の怒声に、会議室が凍りつく。


 以前なら、ここで草壁茂が静かに割って入っていた。


『一条さん、まず確認を』

『感情的になっても解決しません』

『予備在庫はこちらで確保しています』


 だが、もういない。


 誰も止められない。


 一条は机の上の資料を掴み、事務員へ投げつけた。


「使えねえな、お前ら!」


 紙がばさばさと散る。


 若い女性事務員の目に涙が浮かんだ。


 会議室の隅で、九条美月は苦しそうに眉を寄せていた。


「……一条さん。少し落ち着いてください」


「あ?」


「今は原因究明が先です」


「原因? そんなもん決まってんだろ」


 一条は苛立ったように舌打ちする。


「総務と経理が無能なんだよ」


 その瞬間、空気がさらに重くなった。


 誰も口にしない。


 だが全員、頭の中では同じことを考えていた。


 ――草壁がいなくなってからだ。


 最初は小さな綻びだった。


 探索者用ホテルの予約漏れ。


 備品の配送ミス。


 経費精算の遅延。


 以前なら絶対に起きなかった初歩的なミス。


 だが、それが積み重なっていった。


 今では完全に現場が崩壊している。


 高級ポーションの在庫管理は滅茶苦茶。


 遠征スケジュールも二重ブッキング。


 補給班からの連絡は止まり、探索者たちは現場で怒鳴り合っていた。


 茂は、全部一人で繋いでいたのだ。


 誰も気づかなかっただけで。


「くそっ……!」


 一条が頭を掻きむしる。


 最近ずっと苛立っていた。


 眠れない。


 頭が痛い。


 耳鳴りが止まらない。


 深層探索から戻って以来、ずっとだ。


 なのに治癒術師は言う。


『精神汚染です。休養を』


 ふざけるな、と思った。


 自分はS級だ。


 最強だ。


 休めるわけがない。


 だが、身体は確実に壊れていた。


「次の深層攻略、マジでやるんすか……?」


 若い探索者が怯えた声で言った。


「補給足りてないですよ」


「だからどうした」


 一条が睨む。


「俺がいるだろ」


「でも前回、暴走しかけて――」


 その瞬間だった。


 バチッ、と空気が凍った。


 一条の周囲から青黒い魔力が漏れ出す。


 圧力。


 殺気。


 若い探索者が青ざめる。


「お前、今なんつった?」


「い、いや……」


「俺が弱いって言いてえのか?」


「そんなこと――」


 一条の拳が、若い探索者の顔面へ叩き込まれた。


 鈍い音。


 男が床へ吹き飛ぶ。


 会議室が悲鳴に包まれた。


「一条さん!!」


 九条が立ち上がる。


 一条は荒い呼吸をしていた。


 目が血走っている。


「……うるせえ」


 魔力が漏れていた。


 制御できていない。


 精神汚染が進行している証拠だった。


 だが、一条自身は認めない。


「雑魚が俺に意見すんな……」


 吐き捨てるように言う。


 その姿を見て、誰も何も言えなかった。


 怖かった。


 最強探索者が壊れ始めている。


 それが全員にわかってしまった。


 数日後。


 深層攻略任務。


 『インペリアル・レイド』は過去最悪の失敗を起こした。


「退避!! 退避しろ!!」


 怒号が飛ぶ。


 地下十七階層。


 瘴気の濃い迷宮。


 本来なら事前補給されているはずの魔力回復薬が、現場へ届いていなかった。


「ポーション切れです!」


「嘘だろ!?」


「在庫登録ミスです!」


「ふざけんな!!」


 探索者たちは混乱していた。


 魔物の群れが押し寄せる。


 悲鳴。


 血の匂い。


 焦げた肉の臭気。


 一条は巨大剣を振るっていたが、明らかに様子がおかしかった。


 呼吸が荒い。


 視線が定まらない。


「一条さん! 後ろ!!」


 仲間の叫び。


 だが一条は振り返らない。


 代わりに、目の前の仲間を敵と誤認した。


「邪魔だァ!!」


 轟音。


 剣圧が味方ごと吹き飛ばした。


 血飛沫。


 絶叫。


 空気が凍る。


「な……」


 一条自身も固まった。


 やってしまった。


 だが次の瞬間には、苛立ちが怒鳴り声へ変わる。


「なんでそこに立ってんだ!!」


「い、一条さん……今……」


「俺のせいじゃねえ!!」


 完全に壊れ始めていた。


 撤退後、ギルド内は地獄だった。


「もう無理だ……」


「死ぬぞ、このままじゃ」


「最近の現場、おかしい……」


 探索者たちが次々に離脱届を出し始める。


 古株まで辞めていく。


 誰も口には出さない。


 だが皆わかっていた。


 このギルドはもう終わる。


 あまりにも現場が回らない。


 補給も連携も崩壊している。


 そして、一条が危険すぎる。


 九条は薄暗いオフィスで、一人残業していた。


 机の上には大量の書類。


 未処理の申請。


 苦情。


 事故報告。


 頭痛がする。


 ふと、空になったデスクが目に入った。


 草壁茂の席。


 そこだけぽっかり空いている。


 九条は静かに目を閉じた。


「……あなたは、本当に全部やってたのね」


 ぽつりと呟く。


 誰も答えない。


 オフィスにはコピー機の駆動音だけが虚しく響いていた。


 一方その頃。


 深夜二時の第三中央坑道。


 ミントの香りが静かに漂う小さな結界の中で、茂はいつものようにポットを温めていた。


「今日は少し冷えますね」


「うん……」


 玲奈が眠そうに頷く。


 ガルドは椅子に深く座り、ほっとした顔で湯気を眺めていた。


「ここ来ると、生き返るわ……」


 茂は少し笑いながら、ミントへ水をやる。


 さらさら、と葉が揺れる。


 その静かな音だけが、壊れかけた探索者たちの心を、今夜も優しく撫でていた。



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