第六話 六分二秒
第六話 接近
作戦会議は、スミスの作業場で行われた。
壊れたモニターの横に、アーカイブが持ってきた旧市街の地図が広げられていた。黄ばんだ紙の上に、リオが赤い点を三つ打った。
「現在位置。ターミナルの歪門がここ。北東二キロに敵の最終確認位置。そして——ここが旧工業地区の中心部。建物が密集している」
リオの義眼が地図を走査した。赤い光が紙の上を這う。
「まず、正面衝突は避ける。相手の火力が未知だ。紫の光でドローンを一撃で落とした。射程は最低でも二百メートル。ターミナルの火器では対抗できない可能性が高い」
セキが短銃を腰に戻しながら言った。
「偵察隊は全員帰還した。歪門は閉鎖済み。内部の防御態勢は整っている。だが守るだけでは——」
「追い詰められるだけだ。分かっている」
リオが地図の一点を指差した。旧工業地区の東端。廃工場の記号。
「ここを使う。旧化学工場。天井が高く、柱が多い。視線が通りにくく、紫の光の射線を遮断できる」
「おびき出すのか」
スミスが腕を組んだ。金属の右腕が軋む。
「あの女が追っているのはエアラの欠片だ。エアラがターミナルの外に出れば、女はエアラを追う。だが——ターミナルから離れれば、退路がなくなる」
「退路は作る」
リオが地図の上に線を引いた。旧化学工場からターミナルまで。途中に印を三つ。
「中継点を三か所。セキの部隊が各点に二人ずつ配置。エアラが撤退するときの援護射撃ポイント。歪門は閉鎖したが、非常用の搬入口がある。ここから出入りする」
エアラは地図を見ていた。赤い点と線。自分が走る道筋。
「私の役割は」
「囮だ」
リオの声に感情がない。事実を言っているだけだ。だがその目は——義眼の赤い光は、いつもより暗かった。
「おまえが旧化学工場で女と対峙する。目的は二つ。一つ、女が持っている欠片を奪う。二つ、女の戦闘力を把握する」
「欠片を奪えなかった場合は」
「撤退。中継点を経由してターミナルに戻る。無理はするな」
「無理はするな、と言いながら囮にするんだな」
「……黙れ」
リオの金属の拳が、地図の端を叩いた。紙が揺れた。
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作業場を出た。ターミナルの通路を歩いている。天井の配管が低い。
リオが隣を歩いていた。
「刃の持続時間、本当に三分か」
「前回はそうだった。でも——」
胸に手を当てた。欠片を吸収してから、空洞の容積が縮小している。リオのスキャンではエネルギー値が一・四倍。
「欠片を吸収した分、持続時間が伸びている可能性はある。試していないから分からない」
「試してないのか」
「試す場所がなかった」
リオが足を止めた。通路の先に、広い空間がある。旧貨物ターミナルの搬入ホール。天井が高く、床はコンクリート。壁に鉄骨の棚が並んでいる。
「ここで試せ。俺が計測する」
「今か」
「今だ。作戦は明日の朝。今夜中に持続時間を確認しておかないと、撤退のタイミングが計算できない」
搬入ホールの中央に立った。天井まで十メートルほどある。壁際にリオが立った。義眼が赤く光っている。
右手を前に出した。掌を開いた。
意識を胸の中心に集めた。空洞の縁。欠片の感触。温かくて硬い、結晶の内側にある自分自身の一部。
呼吸を止めた。
光が掌から溢れた。白い光。前回と同じ色だが——密度が違った。光が手の形に沿って伸び、刃の輪郭を作る。前回よりも速い。一秒で刃が形成された。
前回は三秒かかった。
「……形成速度が三倍」
リオの声が聞こえた。
刃を振ってみた。空気を切る音が鋭い。前回よりも重い。重いのに速い。エネルギーの密度が上がっている。
壁際の鉄棚に向かって一歩踏み込んだ。刃を横に振った。
鉄棚の支柱が——溶けるように切れた。断面が赤く光っている。熱で切断している。前回は衝撃で断ったのに、今回は熱。出力の質が変わっている。
「計測開始。現在三十二秒経過」
刃を維持したまま、搬入ホールの中を動いた。走る。止まる。切る。身体が軽い。空洞が縮小した分、体内のエネルギー循環が効率化しているのか。
一分。二分。三分。
前回はここで消えた。
三分十秒。
刃がまだある。
三分三十秒。四分。四分三十秒。
五分を超えた。
「五分十二秒。まだ維持できるか」
呼吸が荒くなってきた。胸の空洞の縁が熱い。だが消える気配がない。
六分で自分から刃を消した。膝が震えた。掌が汗で濡れている。
「六分二秒」
リオが義眼のデータを読み上げた。
「持続時間が倍。出力密度は前回の一・七倍。形成速度は三倍。——欠片一つでこれか」
「残りの欠片を全部回収したら」
「計算はしない。期待値を出すと失望する」
リオの声は相変わらず平坦だったが、肩の力が抜けていた。
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夜。搬入口の近くで、出発の準備をしていた。
スミスが作った簡易装備。腕と脛のプロテクター。旧式の通信機。電池は二時間分。
「これ以上のものはない。機械で作れる限界だ」
「充分です」
スミスの大きな手が、プロテクターの留め具を調整してくれた。指先が細かい。
「嬢ちゃん。一つ聞いていいか」
「何ですか」
「あの女を倒したとして。欠片を取り返したとして。——その先はどうする」
答えが出なかった。
「……分からない」
「分からないか」
「名前の続きが欲しい。記憶の続きが欲しい。でもその先に何があるのかは——まだ見えない」
スミスがプロテクターの留め具を最後まで締めた。革の匂いがした。
「見えないもののために戦うのは、馬鹿のすることだ」
「……」
「だが——俺たちは大体、そういう理由で戦ってきた。マザーから逃げた理由だって、見えないものを手放したくなかったからだ」
スミスが立ち上がった。作業台に戻っていく背中が、薄暗い通路の中で大きかった。
リオが来た。通信機の周波数を合わせながら言った。
「明日、〇五三〇。搬入口集合。セキの部隊が中継点に先行する。おまえは〇六〇〇に旧化学工場に入る。——分かっているな」
「分かっている」
「帰って来い」
リオの声が、ほんの少しだけ揺れた。義眼の光が目を合わせずに通り過ぎた。
通路に一人になった。
胸の欠片が鼓動のように脈打っている。その奥の空洞が、明日少しだけ小さくなるかもしれない。
あるいは——もっと大きくなるかもしれない。
壁に背を預けた。天井の配管の水音を聞いた。どこかで水が流れている。この廃墟の底を、まだ水が通っている。
目を閉じた。褐色の女の顔が浮かんだ。紫の瞳。唇が動く。
——見つけた。
ああ。私もだ。
明日、会いに行く。




