対決
雪山の頂、霊脈が最も集中する場所にモーリスが立っていた。
弟子だった者たちの氷の墓標が立ち並ぶそこは、死の静寂に包まれていた。
モーリスは周囲をゆっくりと見回す。
かつて静かな知性をたたえていた青い瞳は白濁し、ギラギラと不気味に輝いていた。
足元には、恐怖に顔を歪ませた少年が倒れている。
共に山へと連れてこられた弟子――最後の弟子だ。
少年はモーリスの冷気によって全身を白く凍りつかされ、指先一つ動かせないまま死を待っていた。
モーリスがその手に凍結結晶化術を込め、少年の魂を凍らせようとした、その時。
「そこまでだ、モーリス」
凍てつく殺気と共に、ディミトリアスたちの影が雪の中に現れた。
「……ディミトリアスか」
モーリスは無機質な声でニヤリと笑う。
「遅かったな。私の前で水は、冷気は、すべて私に隷属する!」
その瞬間、モーリスの掌に、足元の弟子が凍りついた結晶へと姿を変えた。
彼はそれを迷いなく口に運び、素早く噛み砕いた。
「おぉ、美味だ……うおおおおおお!」
膨大な魔力がモーリスの体内で爆発し、雪山全体が振動した。
瞳から知性の光が完全に消え去る。
「モーリスっ、貴様……!」
怒りに震えるディミトリアスを、モーリスの瞳がとらえた。
人としての感覚を捨て去った彼にとって、目の前の討伐隊は、かつての同胞ではなく、ただの極上の魔力の塊――餌でしかなかった。
その中でも、膨大な魔力を解放し凍てつく殺気を放つディミトリアスは、最も美味しそうな匂いを放っていた。
「……あぁ、たまらない。まずはお前からだ」
モーリスが咆哮すると同時に、山頂の霊脈が暴走した。
圧倒的な魔力で生成された氷の槍がクレメンスの結界を粉砕し、ディミトリアスを襲う。
防御の隙を突かれたディミトリアスに対し、モーリスは迷いなく『魂の凍結結晶化』を放った。
パキ、と。
ディミトリアスの身体が氷の結晶と化す。
モーリスは狂喜の声を上げ、その結晶を掴み取ると、一気に噛み砕いた。
「ははは、ああ! これだ! これが真理の味だ! 神だ……私は、神になる!!」
モーリスは歓喜に震えた。
だが、膨大な魔力が流れ込んだはずの体内に、変化は何も起きなかった。
その瞬間、彼を包んでいた霧が晴れる。
「……何だ?」
モーリスの目に映っていたのは、勝利の景色ではなかった。
それは、ただの雪原。
魔力に酔いしれ著しく知能の低下したモーリスは、幻惑術の鬼才・ニコラスの術にまんまと掛かっていたのだ。
彼が喰らったのはディミトリアスの魂ではなく、ただの魔力を帯びた氷の塊に過ぎなかった。
夢から現実に目醒めたモーリスの視界には、微塵の動揺も見せないディミトリアスと、静かに詠唱を終えたクレメンスの姿があった。
「チェックメイトだ、モーリス」
ディミトリアスの言葉と同時に、モーリスの周囲に純度の高い透明な氷の箱が完成していた。
その箱はクレメンスの封印術によって強度を限界まで高められ、モーリスの暴走した魔力すら外へ逃がさない。
「出せッ! 出せえぇぇッ!!」
モーリスは箱を殴り、溢れ出る魔力を叩きつける。
しかし逃げ場を失った膨大な魔力は箱の中で暴れ回り、モーリス自身の身体を内側から破壊し始めた。
漏れ出た魔力をクレメンスが箱の隙間を埋めるように抑え込み、ディミトリアスがその魔力を次々と氷へと転化していく。
「あ……が……あぁぁぁ……」
モーリスの身体が、指先からゆっくりと凍りついていく。
もがけばもがくほど透明な氷は彼の体表面を覆い、箱と一体化していった。
かつての師範魔術師は、氷の真理の中で徐々に意識を失っていく。
数分後。
そこには、純粋な氷の結晶の中に閉じ込められた、苦悶の表情を浮かべる氷像だけが残されていた。
沈黙が訪れた山頂で、立会人であるマルヴィナが慎重に氷像へと近づく。
魔力探査術でその中身を精査し、微かな魔力の残滓すら残っていないことを確認した。
「……対象の完全凍結、および魔力の消失、死亡を確認しました」
マルヴィナが静かに告げる。
ディミトリアスは重々しく頷くと、氷像へ歩み寄った。
かつての友であり、今はただの氷の塊。
ディミトリアスは感情を完全に消し去り、その像に背を向けると、小さく指を鳴らした。
パチン。
その音が合図だったかのように、透明な氷の箱と中のモーリスは、音もなく細かい粉雪となって砕け散った。
風が吹き抜け、彼の塵一つ残さず白銀の世界へと消し去っていく。
「任務完了」
ディミトリアスは歩き出した。
クレメンスとニコラスは無言でその後を追う。
マルヴィナは最後にその場へ一礼し、殺戮の場から立ち去った。




