第3章 22話『無言の微笑み』
(目を覚まして――)
意識の戻らないフィアナと産まれたばかりの子に同時に治癒と回復魔法をかけていく。
多分、医師の魔法よりも強くしているはずだが、二人は一向に目を覚まさない。
(これが、竜族の冬眠に近いものだったら良いんだけど)
「二人の魔力が大きすぎることってないよね?」
(お腹の子が育つには、母体の魔力も必要って言ってた……)
晴歌は胸のペンダントを確認する。
光の数は残り五十ほど。
(ぎりぎりまで、自分が思いつく限りの回復魔法を)
晴歌の手のひらからは、オーロラのような七色の光が溢れ出ていた。
この世界では、誰も見た事のない、幻想的な光だった。
◇ ◇ ◇
扉の隙間から溢れ出ている光。
それをリュゼルやティオやサラ達も黙って見ていた。
「魔法の光で、こんなのは見た事がないし、書物でも読んだこともない。初めてだ」
ティオが静かに言った。
「私もです。いろんな人とパーティーを組んだりした時もこんな綺麗なのは……」
サラが続ける。
リュゼルの瞳から、一筋の涙が溢れた。
「なんで、涙なんか」
見た事もない光のはずなのに、なぜかひどく懐かしい。切なささえ覚えるほどに。
拭おうとした時、身体中に何か込み上げるものを感じた。
それは、心の底からの心地よさ。
母親に抱かれたら、きっとこんな感じがするのだろう。
(俺は母親に抱かれた事はないのに?)
目を閉じ、周りから聞いた母の話を思い出す。
(――そうか、母に抱かれると、このような気持ちになるのか。
こんな温もりに、こんな幸せを感じるのか……)
ゆっくりとリュゼルは目を開ける。
ふと見ると、ヴァルゼイン王も自然と涙を流していた。
◇ ◇ ◇
(もっと、もっと力を――)
クリスタルの光が、メトロノームのように規則的に壊れる音と共に消滅していく。
(まだ、大丈夫。いける!)
体の疲弊感もまだ感じられない。これならあと三十分はこのままでも行けそうだ。
その時、ふっと右側の力の感覚が抜けた気がした。
抜けたというよりも、もう魔法は必要ないという反発感に近かった。
その瞬間、赤ちゃんの表情が変わった。
「ふぎゃ……」
晴歌は小さくか細い声に気づいた。
右手を扉の方に向け、魔法を解き、向かいの扉をあけた。
「ハルカ!」
リュゼルの声だ。
「リュゼル、エリュナさん達を呼んで!赤ちゃん、少し泣いたの!!」
エリュナと男性医師、薬師は廊下を挟んだ部屋へ向かった。
フィアナとは別のベッドに移された子は、か細いながら産声をあげている。
けれど、フィアナは一向に目を覚まさない。
焦りが、じわじわと胸の中で広がっていく。
ペンダントの光も残り少なくなってきているし、このままかけ続けても良いのか。
その時、晴歌の腕を掴む人物がいた。
ヴァルゼイン王だ。
「――もういい。ハルカ」
「でも」
「命はまだ繋がっている。あとは、彼女が目を覚ますのを待てばいい」
「そういうの分かるんですか?」
ヴァルゼイン王は何も言わず微笑んだ。
晴歌は魔法を止め、後ろに下がった。
その瞬間、背中に何かが当たった。
振り返ると、リュゼルだった。
泣いたのだろうか。目が赤くなっている気がする。
すると、リュゼルの手が、そっと肩に置かれた。
「ありがとう。ハルカ」
晴歌は何も言えなかった。ただ、フィアナの方を見た。
今にも起きそうな、穏やかな寝顔をしている。
少し微笑んでいるようにも見える。
フィアナに赤ちゃんの顔を見てもらいたかった。
一度でも触れさせてあげたかった。
自分の力では、限界があったんだ。
いろんな魔法を使えるからと言って、他人の人生を変えることはできないんだと。
「痛っ……」
無意識に唇を噛んでいた事に気づいた。
少し血の味がする。
痛みで少し冷静になったのか、肩に乗ったリュゼルの手が震えているように感じた。
胸のペンダントの光が、静かに壊れ始めていることに――晴歌はまだ、気づいていなかった。




