第3章 23話 『ゼロになった光』
「生命反応はあるので、冬眠状態に入ったのだと思います」
エリュナ医師がそう診断をし、隣にいた男性医師もうなずいた。
「……そうか」
ヴァルゼイン王は、産まれたばかりの子を抱いている。
子はやはり、フィアナよりも魔力が多かったようで、寝ていても魔力を放つ時があり、ヴァルゼイン王はその力を調整している。
周囲の人や物に被害が及ばないように。
「フィアナを城に連れて行かなくてはな。――ハルカ」
「はい」
「城に連絡を入れるから、その間抱いててくれ」
「え!?」
あまり赤ちゃんを抱いた事がないので不安な顔をしてしまった。
躊躇なく晴歌に渡そうとするヴァルゼイン王にリュゼルが手助けをする。
「ハルカ、大丈夫だ。腕をこう……」
「ええええええ。怖いぃ」
「この子の力の調整も頼む。お前の体くらいの放出に抑えるくらいでいい」
「……どうやって?」
「王、少し言葉足らずでは?ハルカも困りますよ」
「リュゼル。お前が教えてあげればいい。いつか役にたつ」
そう言って、ヴァルゼイン王は部屋を出ていった。
二人の微笑ましいやりとりに笑みを浮かべていたサラは、晴歌の小さな違和感に気づいた。
「ハルカお姉ちゃん。ペンダントの光、弱くなってないですか?」
「そうかな?数は減ったけど、まだ大丈夫だよ」
「ペンダントの光?」
リュゼルが反応した。
「ティオさんには、昨日お話ししましたけど――」
サラは簡潔にハルカがみんなの前に現れたことを話した。
もちろん、いた場所のことと、神々のことは伏せて。
次第にリュゼルの表情が険しくなっていった。
「ナスタか」
「リュゼル?」
「いや……彼女には六年前から一度も会っていなかったなって。そうか……彼女とは会っていたんだな」
リュゼルは寂しいのか、悔しいのか複雑な表情をしている。
ちょっと可愛いかも。
「でも会うって言っても、一年か二年に一回とかだよ。フリーの冒険者になったから自由に動いてるって」
「自由か……」
「うん。足りないものとかは、来れる時に持って来てもらったり、そんなに急ぎのものって必要なかったから」
「ハルカ、聞いてほしいことがある」
「うん」
「六年前は竜騎士だったが、今は王の側で文官をしている。
ただし、期限付きだ。」
「期限付き?」
「ああ、王には、お前が戻ってきたら文官を辞めて一緒にいると伝えてある」
リュゼルは晴歌の瞳をまっすぐ見つめた。
「あの時は、竜騎士で任務が優先になっていた。
だから巨大ダンジョンの件が終わったら、ハルカと一緒に冒険者になろうと決めていたんだ」
「リュゼル……」
「ハルカとずっと一緒にいたくて」
少し恥ずかしそうに、リュゼルはニカっと笑った。
そう思ってくれてたなんて知らなかった。
とても嬉しくて涙が出そうになった。
「ありがとう、リュゼル」
その時、ペンダントが一瞬まばゆく光り、壊れる音が聞こえた。
一個、また一個と壊れる音が。
視界の端に見える光の数もその度に減っていく。
「なんで……?魔力なんて少ししか使っていないのに」
「リュゼル!ハルカから王子を放せ!」
ティオが叫ぶ。
「ハルカの魔力の乱れが見える」
リュゼルはすぐさま、晴歌の腕から王子を受け取り、少し離れた。
「ハルカ、念のため、お前は自分に防御魔法をかけろ。
サラ、ナスタっていう人と連絡取れるか?取れるなら――」
晴歌は、自分の中で膨らんでいく力に向かって叫んだ。
「嘘!辞めてよ、なんで急に」
「ハルカ?」リュゼルは晴歌の様子に不安を覚えた。
「だめだってば!!」
光の数がついに尽き、晴歌のペンダントが割れてしまった。
その瞬間、大きな音とともに、地面が激しく揺れた。
揺れが続き、屋敷の各所では、叫び声や物が割れる音が聞こえてくる。
遠くからヴァルゼイン王が指示を出している声が聞こえる。
ティオは外を確認すると言って、部屋を出ていった。
晴歌は立てなくなり、床にしゃがみ込んでしまった。
この感覚は、六年前と同じ。
巨大ダンジョンを前にした恐怖と、逃げ惑う人々の悲鳴が、一瞬で頭の中に蘇る。
怖い。体が勝手に震え、冷たい汗が頬を伝う。
サラが晴歌のもとに駆け寄る。
リュゼルも手を伸ばしかけたが、腕に抱いている王子の存在に気づいた。
晴歌の苦しむ姿、王子の泣き声、屋敷中の混乱――それらが一度に、リュゼルの思考を止めた。
「ハルカ!?」
「違う!私なにもしてない!」
嫌だ。
また、あの時に戻ることが――!!
「ハルカ。迎えに来たわよ」
空間の歪みが現れると、ナスタが姿を現した。
「ナスタ……?」
「ええ。一度ここから離れるわよ」
「ナスタ!ハルカをどこに連れていく気だ!」
リュゼルが晴歌の腕を掴もうとした瞬間、ナスタが晴歌を空間へねじ込んでしまった。
「こちらも緊急事態なの。少し預かるわ。それと……」
ナスタはサラを見て一言伝えた。
「ルナシル草を早く回収しなさい。使い方を誤るととんでもないことになるわよ。
さっきリュゼルさんが聞いた魔物の出現も、その薬を口に含んだネズミが変化したものよ」
「……そういえば置きっぱなしでした」
「サラ、任せたわよ」
ナスタはそう言って姿を消した。
場には沈黙が流れ、誰一人言葉を放つ者はいなかった。
リュゼルに抱かれた王子の泣き声だけが響いていた。
◇ ◇ ◇
晴歌は、壁も天井もどこまで続くのか分からない、真っ白な空間に着いた。
「ここは確か」
白い神のいる世界。
私をこの世界に呼んだ神のいる場所。
(なぜ、ここに呼ばれたんだろう。それにペンダントの壊れ方もおかしかった)
「もしかして、白い神に何かあった?」
すると、黒い神とナスタが現れた。
その後ろには横に浮かんでいる白い神。
寝ているのか、こちらを見ようとしない。
嫌な予感がして、この場から逃げ出したい衝動にかられた。
「ハルカ、久しぶりだね。君にお願いがあるんだ」
口を開いた黒い神は、美しくも、どこか恐怖を感じさせる声だった。
晴歌は息を呑み、身構えた。




