第3章 20話 『それぞれの覚悟』
リュゼルの家であるヴァレイド家では、竜王の子が生まれるとのことで、屋敷は慌ただしくなっていた。
晴歌達が離れから本邸に戻ってくると、フィアナのいる部屋の向かいの部屋に案内された。
竜の国の王であり、フィアナの番であるヴァルゼインは、部屋の端から端までを行ったり来たりしている。
「あれ?ヴァルゼイン様、フィアナさんのところにいなくていいんですか?」
「サラちゃん!?それ言っちゃダメなやつ……!」
「……追い出されたんだろ?
フィアナに、『うるさい!出ていって!』とか言われて」
「ティオ!それも今はっ」
ヴァルゼインは不機嫌な顔で三人に近づいてくる。
すぐさまリュゼルが腕を掴み、それを阻止した。
「放せ。リュゼル。ハルカに話がある」
「ーーいいえ。全力で止めますよ?魔力漏れているじゃないですか?」
「この娘が、俺の魔力で泣くような女じゃないだろう?」
「逆です。あなたが泣くことになりかねませんよ?」
リュゼルの掴む力は徐々に強くなり、晴歌はこの二人のパワーバランスがどうなってるのか心配になってきていた。
「えっと……どうされたんですか?」
「お前は竜族が子を身籠る事についてどこまで知っている?」
「……え?」
「もしくは、竜族の女性を多く見たことはあるか?」
「いえ……。ここに来たのも初めてで、ヴィルティア国でも……あまり……」
(男性は多く見たけれど、女性の竜族はあまり見た事がない……?)
「私が竜族の女性で見たのは、エリュナさんと、この家のメイドさん達だけかもです」
「だろうな。基本竜族の女性は一生で、一人か二人しか子を身籠もれない。そして、母体である母親は早く亡くなる可能性が高いのだ」
「え……?」
「子が腹の中で成長する際、母体の魔力も吸収しているという説があるが、生まれてくる子は母体の魔力よりも大きい場合がある。それに耐えれなくて」
「ヴァルゼイン王!」
部屋の空気をぴんと張り詰めるような声。
リュゼルがヴァルゼイン王の手首を強く掴む。
「落ち着いてくれませんか。竜族になったばかりのハルカに聞かせる内容ではないし、フィアナが子を産むという覚悟を貴方が信じなくてどうするんだ」
「信じないわけじゃない……。俺だって、お前だって、母親も同じだっただろう!心配になるのは当然だろう!」
「そうだけれど、今話す事じゃない!」
二人とも興奮して、かなりの魔力が部屋中に充満してきている。
ヴァルゼイン王が言いたいことはわかった。
リュゼルも母親を亡くしていたんだ……。
その時、父が言っていたのを思い出した。
祖父は自分の病よりも、患者のことを気にかけていた。
周りがもっと通院や治療を勧めていれば、もっと長く生きられたかもしれない、と。
時代も元の世界と違うし、医療道具も違うのは侯爵家で見た。
フィアナが二人目を産むというのは、かなりの覚悟があったと知った。
でもまずは、この雰囲気をどうにかしなくちゃいけない。
◇ ◇ ◇
「失礼致します……え?」
部屋に入ってきた女性医師は驚き、一歩後ろへ下がった。
ヴァルゼイン王と、ヴァレイド家当主であるリュゼルが宙に浮いているからだ。
二人とも、黙って宙に浮いている。
晴歌は苦笑いを浮かべながら二人を見ていたが、フィアナのことだけでなく、
自分にもいつか起こりうることかもしれないという不安が、心に小さな影を落としていた。
「あ、すみません。うるさかったですよね」
晴歌は、医師のもとに駆け寄った。
「あれ?エリュナさん?」
女性医師は、晴歌の事がわからなかったようだ。
「あの……以前お会いしたことが?」
「エリュナ。ハルカだ。先日一緒に来ただろ?」
「え!?」
エリュナが王とハルカを交互に見ている。
「……確か、もう少し幼かったような気がしますが……?」
「あぁ、俺と番契約をしたんだ。その時に成長したみたいで」
リュゼルが幸せそうな顔で報告した。
晴歌は、そんなリュゼルの顔を見て、真っ赤になってしまった。
「そうなんですか。ハルカさん、おめでとうございます」
「……あ、ありがとうございます」
ティオとサラはそれぞれの反応を見て、ニヤニヤしていた。
◇ ◇ ◇
「フィアナ妃は順調にいけば、本日中に出産なされると思われます」
「そうか、フィアナの様子は?」
エリュナは、チラリとリュゼルの方を見て、言おうか言わないでおこうか迷っている感じだった。
「……『五月蝿い。喧嘩せず、静かに待っていなさい』との事です」
ばつの悪そうな顔をして、ヴァルゼイン王は窓の外を見た。
「あと、フィアナ妃はハルカさんとサラさん、ティオ様の付き添いを希望されております」
「俺も?」
「はい。お願いできますでしょうか」
「……」
ティオは、まさか自分が呼ばれるとは思わなかったという、戸惑った表情をしていた。
すると突然、屋敷中が騒がしくなった。
屋敷中というよりも、外から叫び声などが聞こえる。
「リュゼル様!」
勢いよく扉が開き、執事と騎士が二人入ってきた。
「どうした、何があった」
二人はお互い顔を合わせ、先に執事が口を開いた。
「フィアナ妃の体調が急変したとの事です。
先生が退室した後、フィアナ妃は少し眠ると仰って休まれましたが、お声をかけても目が覚めず、今はもうお一方の医師の治療を受けております」
エリュナは急いでフィアナの元へ向かった。
「嘘、フィアナ……!」
晴歌は足が震えてきて、座り込みそうになっていた。
(いやだ……!)
晴歌がフィアナのところに行こうとした時、リュゼルに手を掴まれる。
「リュゼル……?」
その様子を見たヴァルゼイン王はサラとティオを連れ、部屋を出ていく。
「ーーもう一つは、外の事だな」
騎士がうなずく。
「はい、屋敷の周辺に四足歩行の魔物らしきものが数体、出現しております。
特に人を襲う事なく、まだ人的被害は出ていませんが、今まで確認したことのない生物と報告を受けています」
(そんな、フィアナが大変な時に!)
ふと、掴まれた腕に冷たさを感じた。
リュゼルの手が冷たい。
横顔は落ち着いているように見えるけれど、瞳は動揺していた。
フィアナの方に行きたい気持ちと、屋敷の周辺に現れたものへの対応。
どちらも、大事な事。判断できないでいるかもしれない。
リュゼルのために、私ができる事ーー
「リュゼル」
晴歌は、リュゼルの両手を包み、椅子に座っているリュゼルと同じ目線の高さになるように身をかがめた。
「私はどちらに向かったら良いかな」
「ハルカ?」
「私だったら、どちらも対応できると思う。」
「あ、ああ」
リュゼルは、ハルカが急に何を言ってるのか少し戸惑っていた。
「なら、リュゼルはどちらができる?」
リュゼルは、晴歌の手の震えに気づいた。
晴歌の顔を見ると、泣かないように我慢している。
「俺が、できるのは……そうだ。外の方だ」
「うん。外の方お願いしても良い?」
「ーーああ」
リュゼルの顔が騎士の頃の表情に戻り、報告にきた騎士に指示を出している。
「ハルカ」
指示を終えたリュゼルはフィアナの部屋に行こうとした晴歌を呼び止めた。
「ごめんな。すぐ判断できなくて」
「ううん。大丈夫。急にいろんなことがあって、なかなか休めてないもんね」
リュゼルの手が伸び、晴歌を抱きしめた。
「ありがとう。フィアナの事頼むな。でも、無理しないように」
暖かい腕の中に包まれ、少しほっとした自分がいた。
私も、少しパニックになっていたかもしれない。
「リュゼルもね」




