第3章 19話 『想いの詰まった部屋』
「ルナシル草!?」
いつも冷静なティオが、珍しく驚いた顔をしている。
「知ってるの?」
「ああ、書物に書かれていること位しか知らないけどな。
全て、薬になるというものだろ? なんで、お前が……」
「あ、それはね……ぶっ」
サラは晴歌の口をふさいだ。
そして、ティオに聞こえないように、小さな声でささやいた。
「お姉ちゃん……ナスタさんとの約束、忘れていませんよね」
『ここの場所は私たち以外の人に教えてはいけない』
「あ……その……いなかった六年間、森の奥に結界を張って修行していて……」
「ああ」
ティオは何か言いたいことがあるようだったが、まずは話を聞こうという姿勢を見せている。
「食べ物を探してた時に見つけたもので、薄暗い森の中で微かに光ってたのが、そのルナシル草だったみたいで……」
「それで?」
「それで……」
(そういえば、アティス様の父親に飲ませたのは結局効かなかったという事かな?)
「それで?」
「えーっと、話すと長くなるから、結論としては、私の力が悪かった的な」
「……おい、ハルカ。気になる言い方するな。フィアナの出産よりも気になるぞ」
「でも、本当に、話すと長くなるから!」
サラは二人のやりとりを、やれやれといった様子で眺めていた。
「みなさま」
穏やかな低音に、三人は止まった。
「お部屋とお食事、どちらを先にご用意いたしましょうか?」
長身で白髪と僅かなしわがあり、背筋がすっと伸びた、執事服のよく似合う男性だった。
リュゼルの親戚と言われても違和感のない、落ち着いた佇まいをしている。
フィアナの出産に備えて休みたいし、お腹も少し減っているけれど、まずは――。
「薬を作りたいのですが、使用しても良い場所はありますか?」
◇ ◇ ◇
案内されたのは、二階建ての建物。
本邸と廊下で繋がっており、豪華な本邸に比べ、家庭的な温かみのある雰囲気でありながら、元の世界の家に似た、どこか懐かしい場所だった。
「こちらの部屋が、ハルカ様にご用意した調合室でございます。
すぐ、作業に取り掛かれるよう準備しております」
一階の半分を占める調合室は、きちんと整理されていた。
薬棚や、乳鉢などの器具、保存容器なども揃えられている。
「すごい……。王宮の調合室の縮小版って感じだね」
個人の邸宅でこれほどの設備が整っているのは珍しく、サラは目を輝かせている。
「あの……ここは」
「いつでもハルカ様が使えるようにと、リュゼル様がご用意された部屋でございます。
医学にご興味があるとのことで書物を、薬もお作りになるとのことで調合室を、そして落ち着いてお過ごしいただけるお部屋を整えさせていただきました」
「リュゼルが私のために……?」
「はい。ハルカ様への気持ちが固まった頃にご相談がありまして、私どもで、少しずつ準備を行っていました」
「気持ちが固まった頃……?」
「はい。かれこれ、七年前くらいでしょうか」
そんな前から?
六年の間、建物や薬の管理を、リュゼルと屋敷の人達はしてくれていたという事……?
――ほとんどの人が、私が元の世界に戻ったと思っていたのに?
「リュゼル様と番になられて、私どもも幸せでございます」
男性は深く頭を下げ、晴歌に向かって礼をした。
息が苦しくなった。
リュゼルの想い。屋敷の人達の想い。
本当に嬉しくて、申し訳なくて、いろんな感情がぶわっと湧いてきた。
この人達の思いに応えたい。
リュゼルに今すぐ会いに行きたい。
――けれど、今は。
リュゼルと同じくらい、私のことを思ってくれていたフィアナの力になりたい。
「ありがとうございます。大事に使わせてもらいますね」
晴歌は両手をギュッと握り締め、男性をまっすぐ見た。
頭をあげた男性は微笑み、一度退室していった。
「お前が元の世界に帰らなくて良かったよ。本当に」
ティオが晴歌の頭をくしゃっと撫でた。
「――うん。そうだね」
「さて、ルナシル草使って何の薬を作るんだ?」
「サラちゃんのメモを見せてもらったんだけど――。正直、出産って詳しくなくて」
「まあ、当事者とかにならないと、そういうものだな」
「そういう本探してきましょうか?
さっき医学書も用意してあるって言ってたので、一冊くらいはあると思うんですよ」
「そうだね。サラちゃんお願いできる?」
「はい! 任せてください」
サラは、調合室の一角にある本棚のところへ向かった。
「それで、ルナシル草は今、持っているのか?」
「うん。これなんだけど」
晴歌はバッグから、根のついたルナシル草一本と、いくつかの粉包みを出し、作業台に並べた。
根のついたルナシル草は、僅かに光を放っている。
「……本と一緒だ。実在したんだな」
「この前使用したのは根の部分だったんだけど、そこはもう使い切っちゃって。
茎とそれ以外の部位は、粉状にして分けてあるよ」
「粉にした方が持ち運びやすいのはいいけど、効き目がどう変わるかは、まだ分からないんだよな」
ティオはルナシル草を手に取り、しげしげと眺めた。
「あとは、増血剤に使えそうなものがあるか、棚を見てくる」
そう言うと、部屋の奥にある薬棚の前へと移動していった。
棚のそばに貼られた薬品リストを確認しながら、真剣な顔で棚に向き合っている。
「ハルカお姉ちゃん! 本見つけましたよ」
本棚のある場所から戻ってきたサラは、開いたページを晴歌に見せようとした。
その時、ポケットに入れていた通信用水晶が、ふるふると震えて光り出した。
「あ……リュゼルお兄ちゃんからです」
サラが水晶に触れると、少し掠れたリュゼルの声が響いた。
『――サラ、聞こえるか。フィアナの陣痛の間隔が、急に短くなった。
医師と薬師の手配はもう済ませてある。だから、急いで用意をしなくていい。
ひとまず、フィアナのところに来てくれないか』
淡々とした声の奥に、僅かな焦りが滲んでいる。
水晶の声に気づいたティオが、表情を強張らせながら薬棚から駆け戻ってきた。
晴歌は、ルナシル草も、開いたままの本も、その場に残して、ドアノブに手をかけた。
「――行こう」
まだ何一つ形になっていない手のひらを、一瞬だけ見つめる。
けれど今は、迷っている時間さえ惜しい。
三人は調合室を飛び出した。
サラは晴歌の後ろ姿みた。
(そういえば、竜族になって魔力はどうなったんだろう)




