第3章 18話『竜王の頼み』
ヴァルゼイン王のお陰で、身体の痛みが治った晴歌は、リュゼルに支えられながら部屋を移動した。
実際立ち上がってみると、思っていたよりも体力が消耗していたようで、体がうまく動かせなかった。
リュゼルは元々竜族だったおかげか、完全回復していた。
そして晴歌に向かって両手を差し出し、抱き上げて連れていこうとしている仕草をした。
「俺が連れて行こうか?」
「いえ!大丈夫です!結構です!!」
断固拒否した。
周りにはサラもヴァルゼイン王などもいるのに、恥ずかしくて。
それを見たリュゼルは、くしゃっとした顔で笑ってた。
◇ ◇ ◇
「こちらでお待ちです」
執事がドアをノックし、扉を開けた。案内された応接室は白と薄い緑色を基調としたインテリアで、中央のテーブルに二人の姿があった。
こちらに気づき、一人の女性が、駆け足で近寄ってきた。
「ハルカ!」
勢いよく抱きつかれ、よろけそうになったけれど、リュゼルが支えてくれた。
「あんた何で勝手にいなくなったりするのよ!!」
金色の絹のような長い髪で、聞き覚えのある声。
――でも、瞳の色は、青寄りの緑の色。
「え……もしかしてフィアナ?」
私の知っている、彼女の瞳の色はこんなに青に近かった?
「そうよ!私の顔忘れたの!?」
「わ、忘れていないよ。ただ目の色とか……。
それに……その、お腹が大きいのって、もしかして……」
晴歌はお腹を圧迫しないように、少し離れる。
フィアナは満面の笑みで微笑んだ。
「二人目よ」
「二人目!?」
「そうそう、そちらの竜王様に見初められて、竜の番契約をして竜族になった」
もう一人がゆっくりと、私たちの方に向かってきた。
長身で、金髪をゆるく結んでいる、緑の瞳の色のエルフの男性。
「ティオ!」
「久しぶり。竜の番契約ができたみたいでよかったよ」
「あ……。あの、私、二人に謝りたいことが……」
二人の顔をまっすぐ見れなくて、視線を横にそらした。
(謝らないと……巨大ダンジョンを作って、勝手にいなくなって)
「ぶっ!!」
いきなり鼻をつかまれた。
「――確かに、後処理とか大変だったし、なかなか森に帰れなかったし、竜王様に気に入られちゃったりしたけど、元気そうでよかった」
「そうよ!元の世界に戻っちゃったんじゃないかと……」
フィアナの瞳から涙がぽろぽろと溢れてきた。
「そしたら、急に現れて、会いに行こうと思ったら、リュゼルに誘拐されて……大人になってるし……うう……」
晴歌がポカンとしている顔をしていると、ティオはふっと笑う。
「確かにお前の行動に対しては、憤りを持ったし、俺らはそんなに信用ないのかとも思った。また会えたら一言怒鳴ってやろうと思ってたんだけど……」
ティオは鼻から指を離し、頭を軽くポンと叩いた。
「嬉しいと怒れないものなんだな。おかえりハルカ」
また、フィアナが晴歌を抱きしめた。
「おかえり……ハルカ」
「……ただいま。黙っていなくなって、ごめんなさい」
晴歌も自然と涙が溢れてきた。
元の世界の人達で心配してくれている人は、もういないけれど、この世界では、私のことを思ってくれている人がいる。
だから、許されなくても会いたかった。
――私は、幸せ者かもしれない。
私のために、泣いてくれて、怒ってくれる人がいるのは何て幸せなことだろう。
私はその人達に何ができるんだろう。
胸がいっぱいになって、いろんな感情が涙のように溢れてきている。
「……いっ!」
フィアナの動きが少し止まった。
「どうしたの?フィアナ」
「……大丈夫。気のせいかもしれないし」
ティオは何かを察したようで、ゆっくりと晴歌からフィアナを引き離した。
「お前、お腹の子、産まれそうなんじゃないか」
「……うーん。そうかも?」
応接室にいた面々の時が一瞬止まる。
『えーー!?』
リュゼルの屋敷に、叫び声が響き渡ったのは、これが初めてかもしれない。
◇ ◇ ◇
「フィアナが産気づいた。一人目の時の事も考えて、リュゼルの家で出産を行うことにする。準備を頼めるか。リュゼル」
「はい、すぐに手配いたします」
リュゼル達が忙しなく動き、晴歌、サラ、ティオの三人は、邪魔にならないように、その様子を見ていた。
そうか、この世界は病院とかじゃなくて、家で出産するものなんだ。
「一人目の時って、すぐ産まれたの?」
ティオに聞くと、なぜかサラの方をチラリと見た。
サラはとても言いづらそうな表情をしている。
「サラの宿屋のカウンターの前で出産したんだよ」
「ええ!?」
「あいつって昔から痛みに鈍いというか、生まれる前兆の痛みも、これがその痛みなのかって気づかなかったらしく……」
「――エリオット兄さんがうろたえてましたね」
「まぁ。無事に産まれたので、サラの宿屋としては評判になったが、竜王様としてみれば、その場にいれなかったことに未練もっててな」
その場の惨状を想像しただけでも、大変だったろうなとゾッとした。
「おい。ハルカ」
「はいっ!」
急にヴァルゼイン王に名を呼ばれ、何事かと思い身構えた。
「――そんなにビビるな。フィアナの出産の時、お前も同席を許す。そして何かあった時にはお前の力を借りることになる」
「私の力……?」
「お前は全属性の魔法が使えると聞いた。だから……何かあった時のために……頼む」
ヴァルゼイン王の、いつもの覇気ある様子とは違う姿だった。
晴歌は戸惑い、声を出せずにいた。
「俺の母親は末の弟を出産した際、亡くなった。竜の力をもってしても防ぎようがなかった。だから……」
普段とは違う沈んだ声に、晴歌は胸が苦しくなった。
「分かりました。でも、何事も起きないことを願います」
「ああ……ありがとう」
心なしかほっとした様子で、応接室を出ていった。
「ハルカお姉ちゃん、私も軽い怪我くらいですけど、回復魔法は使えるのでお手伝いしますね」
「うん。その時はよろしくね」
ティオは大きなため息を吐いた。
「さて、俺は一度薬を取りに戻るかな。
家にあるエルフの回復薬ありったけもってくるよ」
「ティオはいた方が良いんじゃないの?妹のことだし……」
「そうか?でも薬はあった方が良いと思う」
サラが頷きながら言う。
「そうですよね……いろんな事も考えて種類は用意したほうがいいですよね」
「あっ」
不意にリュゼルに背中から抱きしめられた。
「リュゼル?」
「ハルカ、ごめんな。急に慌ただしくなって」
「ううん。大丈夫だよ」
「体に何かあったら、言伝でも良いから教えてくれ」
「わかった。リュゼルもね」
「ああ」
ニヤニヤしているティオと、顔を真っ赤にしているサラに気づき、晴歌は離れた。
「ティオ。ヴァレイド家はフィアナ妃の出産を無事に行えるように全力でお力添えすることを誓う」
「――ああ。頼むな、リュゼル・ヴァレイド」
リュゼルもティオも頑張っているのに、何かできないか。
晴歌はもどかしさを感じながら、頭の中がぐるぐると回っていた。
「出産の立ち合いっていうんですかね……何をすれば良いんでしょうか」
晴歌は元の世界での記憶が蘇っていた。
幼馴染の陽翔は姉の他に妹もいて、その子が産まれた時、おばさんの退院が伸びて、しばらく陽翔達は、晴歌の家で寝泊まりをしていた時期があったことを思い出した。
おそらく、この世界も、同じような事があるかもしれない。
「サラちゃん。アティス様に渡したルナシル草のメモってまだもってる?」
「はい。渡した方の原本はないですけど、写す前の下書きならあります」
「それで薬を作ろうかなって思うんだけど、手伝ってもらえるかな」
晴歌の真剣な眼差しに、サラは有無を言わずうなずいた。




