第3章 14話 もう、離さない
イグニシアが厩舎からいきなり飛び出し、何者かに攻撃を受けたようだとリュゼルは報告を受け、厩舎に走った。
(なんで、急に飛び出した……?)
六年前のあの日以降、リュゼルは竜騎士を退役した。
有事の際は力をふるうが、今は王の補佐として生きている。
彼女と一緒にいられるように。
彼女と離れないために。
『もしかしたら、元の世界に戻ったのかもな』
そう言ったティオの顔が忘れられない。
言葉では冷静さを装っているが、悲しそうな表情をしていた。
けれど、ナスタが伝えた言葉。
『あの子は、止まれないから。だから、止まることにしたのよ』
止まる。
戻ったとか、帰ったなら、そういう言い方はしないんじゃないか?
止まる。というのは——この世界に何らかの意図があって留まった。
晴歌のことだ。
きっと、自分の意志で選んだのだろう。
俺たちから、何も言わずに姿を消した事。
(それがーーあいつのダメなとこだな)
当時俺は、騎士としてヴィルティア王国に派遣されていた。
もちろん巨大ダンジョンの時は騎士として参戦し、その討伐に全力を尽くした。
晴歌に会えたと思ったら、いつの間にかいなくなってしまっていた。
だったら、いつでも身動きの取れる立場でいればいいのではないか。
騎士でいることも大事だった。
国のために、国民のために、人を守れる力があるのなら、それで満足じゃないか?
けれど晴歌は別だ。
手元に置いたと思えば、勝手に離れていく。
ーー本当に俺のことを好きでいてくれたのか?ーー
そう思った回数は数えきれないほどだ。
でも、嫌いになれない。憎しみにもならない。
「ハルカに会えたら、ちゃんと言ってやらないと気が済まない」
そんな想いを六年間抱えていたなんて自分でも重すぎて引く。
忘れるなんてできないだろ。
そうこう想いを馳せている間に厩舎に着いた。
王宮から距離があるのは仕方ないが、走ってここまで来ると息切れがする。
(体が少し鈍っているかな……)
息を正し、厩舎のドアを開けるとイグニシアがこちらを振り向いた。
怪我はないようだが、何やら興奮している。
魔物が現れたとの報告はないし、一体何がイグニシアをここまで……。
その時、リュゼルの左耳のカフスが暖かくなった。
気のせいかとも思ったが、鼓動のように小刻みにリズムを刻む。
「イグニシア……お前、もしかして……」
「ギュアッ」
嬉しい時に聞く鳴き声だ。
もしかしてーー晴歌に出会ったのか?
俺はすぐさま来た道を戻り、厩舎のドアを開いたままにしてしまった。
イグニシアも機嫌が良いのか、俺を優先してくれたのか分からないが、ちゃんと管理人の言うことを聞いて、大人しくその場に留まっている。
(廊下を走っていくのは遠回りだな……)
リュゼルは身体強化の魔法を発動し、外からカフスの鼓動が速くなる位置を探す。
外を走っているからか、人も少なく、もう少し魔力を強くしても大丈夫そうだ。
「うわっ」
庭にいた一人がよろめき、一緒にいたであろう人物も倒れそうになった。
(やばい、ちゃんと横も見ないと)
遠くで、「また、強い風ですか!」「今度は飛ばされなくてよかった」と聞こえた。
なんの事だろうか。
それにしても、近づいているはずなのに、見つけられない。
この先は王族の区画。
感覚としては、間違いない。王の近くにいる。
強化魔法を解除し、外から隠蔽されている魔法を破って入るしかない。
廊下に戻れば破る必要はないが……。
「遠回りになる」
リュゼルは、竜族の一握りしか持っていない力に集中する。
カフスがこんな反応をすることがあるのか?
徐々に熱を持ち痛みも感じてくるようになった。
着いたのは、謁見の間に続いているベランダの真下だった。
「謁見の間……?」
魔力で宙に浮き、ベランダの窓からそっと中を除くとヴァルゼイン陛下とサラの姿が見えた。
サラの隣にもう一人小さい子が……。
「ハルカ……?」
窓を勢いよく開け、謁見の間に入る。
三人は驚いた顔をしている。
陛下の前で礼など、関係ない。
リュゼルは晴歌の腕をつかみ、力づくでベランダに戻った。
口笛を吹くとイグニシアが飛んできた。
リュゼルは晴歌を抱えてイグニシアに飛び乗る。
ヴァルゼイン陛下とサラは止めようと声を上げているが、そんなのお構いなしだ。
ーーもう離さない。
強く抱きしめられて、嬉しいのに苦しい。
六年前と同じ匂い、暖かさ。
瞳から、自然と何かがこぼれ落ちていくのが分かった。
(……ずっと、逢いたかった)




