第3章 12話『知らずに壊し、知らずに救い』
「戻ってきたばかりで申し訳ないが、お願いしたいことがある」
チェルゾーヴァ侯爵家を後にし王城に戻ると、ルディアンとアティス、ルディアンの妹リリアンとの面会の席が設けられていた。
私は隠さずに、侯爵の症状、病の原因、アティス達が戻った後の話を三人に話した。
意識を失っていた時の事は、サラの口から伝えられた。
そして、一通り話をしたところで、ルディアンから話があるとの事だった。
「ハルカ嬢は、竜の番契約についてはどこまで知っている?」
「竜の番契約ですか……」
確かナスタやアティスが話していた気がするけど、結婚とかそういう感じの認識しかなかった。
「……そうか、リュゼルからも何も聞かされていないのだな」
「ティオさんが言うには、ハルカお姉ちゃんの体に、どう影響するか分からないから、番契約の話はしなかったんじゃないかって言ってました」
「そうか……それも、そうだな」
ルディアンは黙ってしまった。何か考えているようだけれど、私には全く分からない。
「ルディアン様。この際、知っていただくのが良いと思いますわ」
「これからお願いすることにも関係のあることですし」
「……そうだな」
ルディアンは、息を大きく吐き、姿勢を正す。
「竜の番契約とは確かに結婚、竜族の婚姻の事をさす――」
竜族はヒトよりも長寿で、魔力も、身体能力も強く、その上、家族や仲間など親しい者に対して異常な情をもつ。
竜の番契約は、相手と添い遂げるように、寿命をも変えてしまうもので、基本一人につき一人、命の理をも捻じ曲げてしまう、ある意味力技の古代から伝わる契約。
ただ、片方が病気か何かで亡くなった場合、およそ二十日以内に、後を追うように、もう片方も確実に亡くなってしまう。
「え……。こわっ」
「お姉ちゃん?」
つい声に出してしまった。
皆私の方を見て驚いた顔をしている。
「ごめんなさい。つい……」
「まぁ……異世界からきた君には、確かに異質というか、重いかもしれないね」
「そうですね。ただ、竜族は相手を守る事を重きにおいていますし」
「守る?」
「ええ……。竜族の国は、立地的にあまり環境が良くなく、災害の多い国でもあります。
竜族だから生きていられるとも言いますか、他の種族であれば、あまり住むにはおすすめしない国なのです」
「公務で何回か行ったことがありますが、滞在は長くて一週間ほどでしたね」
アティスに補足する感じでリリアン王女が言った。
「――だから滅多に他の国から侵略もされないっていう利点もある」
「なるほど」
竜族は基本、最期まで、番に愛を伝えるし行動でも伝える。
契約時に竜族以外の相手にも、共に生を終えるという意識・感情が芽生えるそうだが、永い人生の中で、想いが続かない場合も出てくる。
相手が嫌いになったのに、なぜ自分は死ななきゃいけないのだと。
番契約を破棄すれば、元の種族には戻れないが、竜族のまま新たな人生を送れる。
「相手がいないのに、破棄って出来るものなんですか?」
「そう、そこで、番契約を無くす事ができるのが、唯一竜族の王だけ。――と思っていたんだけど」
もしかして、まさか。この流れは……。
「気づいた?ハルカ嬢もできちゃったんだよ」
「ええええ!?」
晴歌はつい席を立ってしまった。
サラも驚いたようで、口を開けている。
「そうだな。契約の術式的なものを破壊したって感じかな?」
いつ!?どこで?
地上に戻ってきてから、そんなに人には会っていないと思うけど……。
ルディアンが側近に声をかけると、ある一人の女性が入ってきた。
白いローブを羽織っている、清楚な雰囲気をまとった女性だった。
どこかで見たことあるような……。
「ハルカ。チェルゾーヴァ侯爵に薬を飲ませた後、急変した時に治療していた二人がいたでしょう。その一人です」
リリアンが静かに言った。
「ああ、あの時の」ぼんやりとだが、若い女性も一緒に侯爵家に行ったのを思い出した。
「彼女はこの国の貴族出身で、竜族の騎士と番契約をして竜族の国ザル=エンハール連邦王国に住んでいました。
――訳あって国に保護を求めてきたので、治癒魔法の使い手ということから王宮で働いてもらっているのです」
国に保護? 竜の国は強いのに?
「侯爵家に派遣される一週間前に、相手が亡くなったと連絡が入りました」
「え?じゃあ……」
このローブの女性はあと数日で亡くなってしまうと言うこと?
「私も相談を受けていて、ザル=エンハール国に向かわせようと話をしていたのです。
兄が転移魔法陣の管理者でもあるので、最短で行けるように調整もしてもらっていました」
「まず相手国への調整とか、日数がある程度かかってしまうから、ぎりぎりかなと思っていたのですが……」
リリアンの言葉に、ルディアンが横から口を挟む。
「ハルカ嬢が現れた時は、天の助けだと思ったね!」
「え……?」
「もしかしたら、君なら色々壊してくれるかもしれないだろう?」
「いや……そんな無茶苦茶な」
「私も兄がそんな無謀な考えをするとは思わなかったのですけど……」
リリアンが困ったように微笑みながら、小さく肩をすくめた。
「以前、リュゼルが受けた禁書の力を破壊しただろう?だからいけるかなって」
「ルディアン王子?あの時点で、どんなものかわからないのに壊せる訳ないじゃないですか……」
「え?無意識でも壊しちゃうだろう?」
「昔は、昔です!今は訓練して大丈夫……な……はず?」
先ほどルディアンが話していた言葉を思い出す。
『番契約を無くす事ができるのが、唯一竜族の王だけ。――と思っていたんだけど』
『ハルカ嬢もできちゃったんだよ』
「大丈夫じゃなかったんだ……」
私の六年間の訓練はなんだったんだろう……と、膝から力が抜けて、椅子に身を預けるように座った。
「お姉ちゃん、治療の時にダンジョンは発生していないから、そこは安心して」
サラは晴歌の手を握り、真っ直ぐに晴歌の目を見る。
「そうなんだ……よかった……」
少し報われた感じがした。
「王子、他に同じような人はいますか?あの時は確か、もう一人の治癒師とリリアン王女、侯爵夫人、ローラン様が近くにいたはず」
「これもハルカ嬢に伝えていい話か分からないが……」
「教えてください」
今後のためにも知っておきたかった。
「治癒師は肩こり腰痛が治って、持病までよくなったらしい。リリアンも頭痛持ちだったが治ったと聞いている」
どういうこと?
体の不調が治ったってこと?
「後になって聞いた話だが、侯爵夫人にも流行病の症状が出始めていたらしい。それもいっさい無くなったらしい」
「そんなことって、あるの……?」
「流行病についてはこちらでも調べておくが、まずは今回、君の力が良い方向に使われたという事は信じて欲しい」
ほっとしたのか涙が自然と溢れてきた。
侯爵の姿を見て、自分の力を完全に把握していないのを痛感していた。
けれど、無意識だったけど、ちゃんと治せていたんだ……。
「ただ、番契約というのは、私たちには全くお手上げな部分もあって、彼女自身は契約がなくなったと言っているんだが、こちらも確信がないまま、そのままにしておけないというか……」
「ですので、ハルカには彼女と一緒にザル=エンハール連邦王国に行って、竜王様に会っていただきたいのです」
竜王国――リュゼルの故郷。行けば、会えるかもしれない。会いたい。でも、少しだけ怖い。
相反する二つの気持ちが、胸の奥でせめぎ合っていた。




