第3章 11話『目覚めの朝に』
パリン――パリン
何かの弾ける音で目が覚めた。
まだ、パリン、と音が聞こえる。私の首あたりから。
体を起こし、ペンダントを見る。視界の隅のウィンドウには、【残り:78】。
音は、ペンダントの中の光が壊れる音だった。
(無意識に使っちゃったんだ……)
「ハルカお姉ちゃん!!」
ベッドの横に座ったまま眠っていたサラが、晴歌に気づいて顔を上げた。
「目が覚めたんだね。よかった……!」
気づけば、客室のベッドに寝かされていた。いつの間にか寝間着にも着替えさせられている。
窓の外は明るい。一晩、眠っていたのだろうか。
「えっと……侯爵様は……」
サラがコップを差し出し、晴歌はそれを受け取った。
「侯爵様は大丈夫。少し後遺症は残ってるけど、ちゃんと生きてるよ」
「アティス様は王宮に戻られて……王女殿下も治癒師の人たちも、お城に戻ってる」
「目が覚めたこと、侯爵夫人に伝えてくるね」
まだ頭がぼうっとして、サラの言葉も半分ほどしか入ってこなかった。
メイドが近づき、飲み干したコップを受け取る。
「ご無事で安心いたしました。おかわりはいかがですか?」
「あ、大丈夫です。ありがとうございます」
「では、何か軽いお食事でもご用意いたしましょうか。果物がよろしければ、そちらも」
サラより年上だろうか。もう一人のメイドが、穏やかに声をかけてくる。
「食事ですか……」
起きたばかりで、お腹が空いているのかどうかも、よくわからなかった。
「四日も眠っていらしたので、体に優しいものをご用意いたしますね」
「四日!?」
「はい。アティスお嬢様も王女殿下も、目を覚ますまではと、ずっと気にかけておいででした」
……四日も眠っていたんだ。このだるさは、寝すぎのせいなのかな。
◇ ◇ ◇
目を覚ましてから、二日ほど経った。
体の調子も戻り、いつも通りまで回復した。
はじめのうちは、だるさが半端なくて、ベッドから下りるのも一苦労だった。
すごい量の力を使った反動だろう、というのが侯爵家の医師の見立てだった。
それでも二日で回復したことに、侍医は目を輝かせて興奮していた。
明日には王城へ戻る。
出立の前に侯爵へ挨拶をしたいと、メイドから伝えてもらうよう頼んだ。
すると、今からでも構わない、との返事だった。
準備が出来次第、案内の者に従って部屋へ向かう。
治療のとき、侯爵の部屋はぼろぼろになってしまったので、今は別の部屋で休んでいるという。
通されたのは、侯爵が休む部屋の隣――以前は美術品が飾られていたという一室だった。
広々とした空間で、壁にはいくつもの絵画が額に収められて並んでいる。
ドアが開き、晴歌は侯爵の姿に思わず息を呑んだ。
左目には眼帯。左手には手袋。そして――車椅子に、座っていた。
(眼帯と、片手だけ手袋……何か、隠してる?)
「待たせたね。まだ、慣れなくて」
執事が車椅子をテーブルの上座へ進めながら、侯爵は静かに言った。
「明日、王城へ戻るんだってね」
「はい。滞在中は、お世話になりました」
サラは知っていたのだろう。侯爵が、こうなっていることを。
「アティスに会ったら、様子を見てやってくれないか。あまり、話せなかったものだから」
「あの……侯爵様」
私の治療は、失敗したんだ。
謝っても、許してもらえないかもしれない。それでも、言わずにはいられなかった。
「治すことができず……すみませんでした」
――しん、と。
部屋は静まり返り、外の風の音しか聞こえなかった。
とても長い時間が経った気がした。
「うむ……ハルカ殿。もう一度、君の力で私の中を見てくれないか」
「え……?」
サラの方を向くと、微笑んで頷く。
「では……」
晴歌は侯爵の体に、サーチ魔法を展開する。
今のところ、変わったところはない……?
――そうだ。私の破壊の力も、混ぜなくちゃ。
さらに集中し、深く潜るように魔力を流し込んでいく。
あれ……?
どこにも、モヤのようなものがない。
再度確認しても、足先まで見ても、あのモヤは見つけられなかった。
(なんで?どうして?)
「……ないです。無くなってます。魔物の魔力」
「それは、治ったということにはならないのかな」
「でも……その目と、左手が、まだ使えない状態ですよね」
「そこまで分かるのか」
「え……はい。なんとなく、ですが」
「確かに、体は不便になった。だが、命は長らえた。私は、原因が分かっただけでも良かったと思えているよ」
「……侯爵様は、強いですね」
「強い?」
「はい……強いというか、前向き、という感じで」
「私は、目の前が絶望になったとき、死んでしまいたいって、何度も思いました……。でも、それも出来なくて、苦しくなって、全部、他人のせいにしたときもあって……」
「――私の場合は、ちょっと違ってね」
「?」
「人によって、病とか、辛いときの捉え方には違いがあると思う。私の場合は、苦しいときや痛みがあるときは、このまま死んでしまえばと思っていたよ」
「でもね」
侯爵は、ふっと目を細めた。
「家族の姿が、目の前にちらつくんだ。ああ……まだ、一緒にいたいなって」
「自分にとって本当に大切なものが、ちゃんとあるんだって。改めて、知らされるというか……」
「……家族の話は、君には酷かもしれないけれど」
「……知っているんですか。私のこと」
「流行り病の対策で、指揮を執らせてもらっているからね。内密に、話は聞かされているよ」
「……そうですか」
「あとは、アティスと恋敵になるかもしれない、とも聞いていたからね」
「!?」
「侯爵様。それはない、と言っているじゃないですか」
「アティスさえ良ければ、ハルカ殿を養女として、家から二人、嫁に出しても」
「他のお家から、苦情と批判が届きますわよ」
夫人とアーロンが、部屋に入ってきた。
「私は構いませんけれど」
「ハルカ様が、お義姉様になるのですか!? 嬉しいです」
「え、お二人とも? だから、それは……っ」
サラが、すっかりあたふたしている。
「ハルカ様。まずは、当主である主人を治していただき、感謝申し上げます」
夫人の後ろに控えていたアーロン、それに侯爵家の医師、執事、侍女たちも、一斉に頭を下げた。
「そして、私たちまで守っていただいたと、サラから聞きました。なんとお礼を申し上げればよいか」
「……そうなの?」
「そうなんですよ。侯爵の声がして、その後、ハルカお姉ちゃんが侯爵に向けて魔力を放出して……なんだろうと思った瞬間、目の前が真っ白になって。」
「目を開けたら、部屋が爆発のあとみたいになってて、お姉ちゃんは倒れてるし……。」
「でも、リリアン王女と侯爵と、ドアの入り口に結界が張られてたから、私たちは無事だったんです」
「そっか……みんなが無事で、よかったです」
ペンダントを、ぎゅっと握る。
(この石の光の力も、あったのかな……。本当に、よかった)
「実は私は、重篤な流行り病を克服した第一人者、という意味では……ある種、誇らしくもあってね」
「侯爵様、それは声に出しちゃいけないやつです」
サラが突っ込むと、侯爵は照れたように笑い、軽く咳払いをした。
晴歌も、堪えきれず、小さく笑みをこぼした。
◇ ◇ ◇
王城に戻ると、ルディアン王子とアティスとの面会の席が設けられていた。
のちにリリアン王女も加わり、五人での会談となった。
「ハルカ嬢。戻ってきたばかりで申し訳ないが、お願いしたいことがある」
その第一声に、晴歌は懐かしさを覚えた。
――こんなふうに彼に呼ばれるのは、初めてではない気がした。




