第3章10話『治癒の代償』
一時間くらい経っただろうか。
話し合いが終わり、王都の学園に通っているアティスの弟アーロンが代表として晴歌の前に歩み出た。
「ハルカ殿に父の治療をお願いしたいと思います」
きっと泣いていたのだろう。目の周りが赤く、声も震えている。
それでも毅然と言葉を紡いだのは、次期侯爵としての矜持だろうか。
◇ ◇ ◇
待っている間、晴歌とサラは王宮に連絡し、治癒師二名、新たに薬師を追加で派遣してもらうよう頼んだ。
「お久しぶりです。ハルカ」
治癒師二名、そして、ルディアン王子の末妹であるリリアン王女が薬師としてやってきた。
サラが持ってきたルナシル草を薬に調合したのが王女で、侯爵の服用後の急変を調べたいとの事で同行を申し出たようだ。
晴歌とサラ、リリアン王女と治癒師達は、侯爵の寝室に向かった。
ドア越しでも感じる魔物と同じ魔力の気配。
サラの顔を少し見ると、眉間に皺ができるほど、顔がこわばっている。
「大丈夫?無理そうなら私だけでも……」
「大丈夫です。――お姉ちゃん、ペンダントつけてますよね」
「うん。でもあまり無理しないでね」
治療に集中するあまり、私の魔力や感情が暴走しないように。サラはそれを心配してくれているのだろう。
あまり空気を吸いたくないのか、黙ってサラは頷いた。
王女は平気そうだけど、他の人たちの表情は辛そうだった。
ドアを開け、室内に入る。
そこには、先に治療にあたっていた治癒師二人が床に倒れている。
アティスや侯爵夫人、メイド長も床に倒れていた。
「母上!お姉様!!」
「ダメです!入らないで!」
助けに部屋に入ろうとするアーロンを制止する。
「しかし……」
「私が部屋から廊下に連れ出します」
「どうやって……」
晴歌は両手を前に突き出し、呪文を唱える。
室内にいた侯爵以外の五人の体が宙に浮き、廊下へと静かに運ばれていった。
ぐったりはしているが、意識はあるみたいでホッと息を吐いた。
「この部屋の外に魔力が溢れないように魔法の膜を張ります。中に入っても大丈夫な人は……」
「私は……」サラは体が無意識に拒否しているのか、足が動かないでいる。
「わたくしが行きますわ」
リリアン王女が凛とした声でそう告げると、迷わず室内へと入った。
「わたくし、ルディお兄様と違って魔力が全く無いのです。なので何ともないのかと」
なるほど、確かに魔力がない者には影響が少ないのかもしれない。
「ハルカお姉ちゃんは自分の魔力だから大丈夫なんですね……」
「そうかも」
「私、ここで待ってますから!無茶しないでくださいね」
「うん」
晴歌も室内に入り、防御の魔法を展開した。
外に漏れなくなったのか、サラやアーロン達の表情が少し和らいだ。
侯爵の横にいき、再度、サーチ魔法をかける。
モヤの濃い位置は変わっていない。ただ、さっきよりも大きくなっているような気がする。
もしかして、治癒魔法に反発して魔力の放出が多くなったとか……?
もっと元の世界で体の仕組みについて勉強しておけばよかったかも。
モヤが濃いのは、心臓と肺、それから頭部。
背骨のラインにも、うっすらとモヤがかかっているのが見えた。
「一番魔力の多い、心臓のところから行います」
瞳を閉じ、心臓のあたりのモヤを端から少しずつ破壊の魔力で壊していく。
少しずつ。
でも、心臓そのものを壊さないように。慎重に。
心臓も実際見えてはいなく、感覚でしかわからない。
心臓そのものは、モヤに包まれて輪郭が掴めない。
けれど――その奥で、何かが必死に脈打っている。魔物の魔力に抗い、生きようとする力。
(ここだ。ここは、壊しちゃダメ)
その生命の鼓動を頼りに、周りのモヤだけを少しずつ剥がしていく。
二時間経った頃、心臓のもやが、すっと薄くなった気がした。
(……いける、かも)
少しだけ、肩の力が抜ける。
ただ、まだ中には入り込んでいるようで、血液のように外に出てきた時に壊していくしかない。
「一度、休憩しませんか?」
晴歌の肩に手をおき、リリアン王女は声をかける。
「少し侯爵の表情が和らいだ感じがします。無理して取り返しのつかないことになるよりも、間に休憩を入れた方が効率が良いと思うのです」
タオルを差し出され、晴歌はそっと受け取った。
自分が思ったよりも汗が出ていたのに気づいた。
「そうですね」
冷たいお茶も用意されていたようで、二杯続けて飲んでしまっていたほどに、緊張もしていた。
◇ ◇ ◇
休憩を合間合間に入れて、やっと濃い部分は粗方取り終えることができた。
ただ、やはり心臓の中や、肺の中がなかなか流れ出ず、どうしようか手が止まる時があった。
細い魔力で中に入るように操作しながら少しずつ壊していくしか無いのかな……。
侯爵の苦しむ時間が短くなってきているから、ちゃんと取れていると思うんだけど。
それとも、明日とか、時間経ってからまた行った方がよいのかな。
「リリアン殿下。魔法で治療する場合ですけど、一度で治療できなかった場合はどうされているんですか?」
「――そうですね。治癒師や本人の様子でも変わりますが、基本は一度で治してしまいますね」
「一度で?」
「ええ。基本は、です。魔法に限って言えば一度で大体は治ります」
「別のところが原因だとしたら?」
「それは……薬師が出すもので対処しながら治していくという感じでしょうか」
「それでも症状が出る場合は、再度治癒魔法をかけます。そういう治療法ですが……」
「なるほど……」
なら、一度今日はここで終わらせて、明日またサーチで見ていこうかな。
サーチを止めようとした瞬間、視界の端にあるウィンドウが大きくなり、黄色と黒に変わる。
”チュウイセヨ”
「グワァァぁ……ああああっ!」
突然侯爵の口から聞きなれない声が発せられ体が激しく動く。
魔物が発する声に似ている。
恐怖が、背筋を伝う。
リリアン王女は、恐怖で床に座り込んでしまった。
体は小刻みに震えている。
侯爵の両手が自身の首の辺りに近づく。
――もしかして!!
晴歌はペンダントを握り締め、侯爵の動きを止めようとした瞬間、眩い白い光と衝撃が室内に広がる。
防御魔法の膜は粉々に砕け、廊下で見守っていた者たちにも衝撃の余波が走った。
――その向こうで、サラの叫ぶ声が聞こえた気がした。




