第3章8話『広がる病と、侯爵家の夜』
「言いにくいんですけど、六年前から、ある病気が流行っていて……」
サラは晴歌の方を向いて、言い淀んだ。
「……六年前? もしかして……私が原因?」
「可能性が高いという一部の意見です。ハルカお姉ちゃんの事を知っている人たちの間では」
「ナスタからは何も聞いていないよ」
「ナスタさんは言わないと思います。二年前に進行を遅らせる薬や魔法が開発されたので。それに、症状が出る人と出ない人もいます」
「――でも、アティス様のお父さんは症状が重いんだよね。薬や魔法が効かないくらい」
サラとアティス、二人とも黙り込んだ。
私が原因ってことは、ダンジョンを出現させて、神の世界に移動した際に何か起こったってことだと思うんだけど……。何か私の力で治す事はできないのかな。
「色々聞きたいことあるけど、まずは薬を作らないといけないね」
「アティス様。私が原因みたいだから、何かできることがあるかもしれない。私をお父様の所に連れてってくれますか?」
アティスは晴歌を連れていくかどうか、一瞬迷った。
「ハルカ様が故意に広めたものではないとはうかがっています。それに、この世界では何百年かに一度、流行病が繰り返されると国の歴史書には記載がありました。今回もそれが重なっただけで、一部の貴族や国民のほとんどは、そうだと思っています。それも神の定め、寿命だと。ですので……」
「決して全てがハルカ様が原因だと、あまり重く受け取らないでくださいまし……」
辛い、けれど相手に気を遣っている――そんな複雑な表情が、晴歌の目に映った。
「……はい」
自分の父親が病に冒されているのに、私の事を気遣ってくれるアティスの優しさに、胸が締め付けられる思いがした。
助けたいな。
私は父親が亡くなった時、何もできなかったから。
「サラちゃん。今すぐ、この薬草を王宮の薬師さんに持っていこう」
◇ ◇ ◇
チェルゾーヴァ侯爵は現在、調子の良い日は王宮に出仕し、そうでない日は王都のタウンハウスで静かに養生していた。
今日はなぜか、毎朝起こる体の鈍い痛みがない。
心なしか、顔の張りもいつもと違う。
「……期待してしまうな……こういう日は」
ドアのノック音が聞こえた。
「旦那さま。アティス様がお帰りになられました」
「アティスが?」
「お父様! 薬ができました。早くこちらを飲んでください」
「アティス!? なんだ急に帰ってきて、廊下を走ってきたんだろう」
走って乱れた髪をさっと整える侯爵の姿に、晴歌は父を思い出した。
「それにサラも一緒か。帰ってきていたんだな。……後ろのお連れの方は?」
「はい。侯爵はご存知かと思いますが……」
晴歌は一歩前に出て、サラの横に並ぶ。
「初めまして。ハルカと申します」
「……ハルカ。……黒髪、瞳……ああ、王子の……」
私は王子のなんだろう――。
「お父様、こちら飲んでください」
「あ、ああ。でも本当に飲んで大丈夫か?」
「魔法石の反応では、治癒の部類との事で、まずは少ない量からと言われました。念の為、陛下の計らいで、王宮の治癒士も二人、お連れしています」
「陛下が……?」
この世に存在しないと言われている薬草の薬だから、効果も分からないし、飲むのに躊躇するのはわかる。正直、私も飲めと言われても、素直に飲めないと思う。
侯爵は娘から薬を受け取り、口に入れて水で流した。
ほっとした顔になったアティスを見て、晴歌もサラも胸をなでおろした。
◇ ◇ ◇
しばらく様子を見ることになったので、晴歌たちは侯爵家に泊まることになった。
久しぶりの貴族の夕食は、質素な食事だった晴歌には新鮮に映った。
「ハルカお姉ちゃん、これも食べて」
サラはニコニコしながら、手をつけていない皿を晴歌に渡す。
「大丈夫だよ。そんなに食べれないよ。それに……」
「食後のスイーツの方が食べたいんでしょ。知ってるよ甘いもの好きだって。小屋の食料見て思った」
「うぅ……」
「ハルカ様、今度は王宮でお茶会いたしましょう。甘いものたくさん用意しておきますね」
「アティス様まで!?」
そんなやりとりを繰り返し、そろそろ客室に戻ろうとした時、食堂のドアが勢いよく開いた。
「アティス様! 侯爵さまの容体が悪くなりました!!」
執事長が走って伝えにきた。
◇ ◇ ◇
侯爵の冷たく湿った額、青ざめた顔色、細かい息切れ――歯を食いしばり、何かに抗うように体が震えていた。
治癒師二人が回復魔法と治癒魔法を交互にかけている。
傍らには、アティス様のお母さんだろうか、青白い顔でメイド長の腕にしがみついていた。
「薬は効かなかったの……?」 サラは震える声で呟いた。
侯爵家の医師が晴歌たちのそばに寄ってきた。
「薬を飲んで、二時間は落ち着いて休まれていました。顔色も息遣いも、いつもより穏やかで、このまま回復されるのかと思いました。ですが、先ほど突然苦しみ出して、今、治癒師の方が対応しております」
「私が……薬を強く勧めたから……?」
「お嬢様……」
アティスは膝を崩し、床に座り込んでしまった。
サラはアティスの側に寄り添い、その細い肩をそっと抱いた。
私に何ができる?
苦しんでいる人が目の前にいて、何ができる?
「――サラちゃん。教えて。なぜこの病が広がったのか」
「お姉ちゃん……」
「私に関係することだったら、教えてほしい。私は禁書によって、全属性と治癒属性が使える。でもやみくもに使ってもダメだと思うから」
「どこまで知っていますか? 六年前の事」
「……私が知っているのは、ダンジョンが消えた後、光が現れて、その箇所だけにいた魔物はいなくなって、ヒトは生き返った。でも、光の当たってないところのヒトは生き返らなかった……その部分まで」
「はい。その後、生還した人たちだけ、数年後に突然息を引き取るということが増えていたんです」
晴歌は目を見開いたまま、言葉が出なかった。
「病気だとか寿命だとか、そういうものだって思っていたんです。でも、詳しく調べてみると、六年前に生還した人たちがほとんどだったんです」
「そうだったんだ……」
「だから、いつかは落ち着くと思ったんですけど、数は減らなくて」
サラが言葉を切った。
「亡くなった人の周りにいた人。家族までも亡くなっていったんです」
「家族まで……?」
「国をあげて対応していて、二年前に薬と魔法が完成しましたが、完治するまでには……」
「じゃあ……アティス様たちもいつかは……ってこと?」
「はい。おそらく、ルディアン王子や王族も可能性としてはあります。ただ、これはここだけの話です。王族が箝口令を出しているので」
「父は、この病に関する対策の責任者でした。患者や家族のもとへ自ら足を運んで、話を聞いて回っていたんです。だから……」
アティスは少し落ち着いたのか、ゆっくりと立ち上がった。




