第3章7話『私、貴女だったら大丈夫かも』
差し出されたお茶を1口飲む。
ほのかな柑橘系の香りが、緊張していた心にゆっくりと染み渡る。
「......美味しい」
つい、ホッとして声に出してしまった。
黒髪の女性は驚いた顔で私を見ている。
もしかしてマナー的に良くなかったかも......。
「うん。スッキリしていて美味しい」
「これが以前言っていた、アティス様の領地の特産品ですね」
隣に座っているサラがフォローしてくれた。
黒髪の女性はアティス様と言うんだ。
ルディアンは柔らかく微笑んで頷いた。
「ハルカ、こちらはアティス=チェルゾーヴァ侯爵令嬢。私の婚約者だ」
「婚約者!?」
「ははっ。私はもう25だ。遅いくらいだよ」
中学校にいた若い先生くらいかな……。
落ち着いてよく見ると、6年前よりずっと大人びていて、髪も短くなって、芸能人みたいな雰囲気というか……。
「25歳なんですか……」
「いい男になっただろう?」
「え!?」
「ハルカ嬢にそんな熱い視線で見つめられるなんて……嬉しいね」
「ルディアン様!!」
サラとアティス様が、同時に声を上げた。
「ハルカお姉ちゃん。ここはもうお暇して、リュゼルお兄ちゃんのところに行きましょう!」
「ルディアン様、私という者がいながら……他の女性を口説くのなら、婚約破棄しても構いません!」
「いや、え!?ちょっと、サラちゃん?」
「私が用事があるのはアティス様なので、一度退室しましょう!」
「サラ、アティス、ちょっと待て、冗談だ。ハルカ嬢は全く本気にしていない!!」
アティス様が私の方を向く。
紫の大きな瞳に涙が今にも溢れそうになっている。
「……そうなのですか?」
「はい……ただのルディアン王子の戯言です……」
「私は本当の事しか言わないけれどね」
「ルディアン様!!」
――この王子はこんなに幼かったかな……。
◇ ◇ ◇
埒が明かないので、アティス様の部屋に場所を移すことになった。
ちょうど、ルディアン王子の公務があり、時間切れとなった。
「改めて、私はアティス=チェルゾーヴァ。どうぞアティスとお呼びください」
「ハルカです。アティス様、どうぞ私もハルカと」
侍女が、先ほどとは別のお茶を運んできた。
このお茶もかすかに甘みが感じられ、自然と顔がほころんだ。
その様子を見たアティス様が、ふわりと微笑んだ。
「先ほどは失礼いたしました。殿下の事を疑っているわけではありませんが……以前からお話を伺っていましたので」
「お話?」
「側室候補をと」
お茶を吹き出しそうになった。何を言ったんだあの王子様は……。
サラは初めて聞いた事みたいで、隣で固まっている。
「アティス様、ハルカお姉ちゃんには別の人が……」
「ええ。伺っております。竜騎士の方でしょう。ですが、この世界は竜の番契約以外であれば、王族は重婚が許されております」
「まだ番契約を行っていないのであれば、可能性がございますもの」
番契約?
そういえばナスタもその事を言っていたような気がする。
……それに、私は今のリュゼルも昔のリュゼルも詳しくは知らない。
今も私のことを想ってくれているかどうか、分からない。
「ハルカお姉ちゃん!!」
サラの声で我にかえる。
「大丈夫だよ。リュゼルお兄ちゃんを信じて」
温かく淹れ直したカップを差し出され、一口飲む。
「ありがとう。サラちゃん」
ペンダントの光の数が2個減っていることに気づいた。
2個で済んでよかった。
でも、こんな気持ちになるのは今じゃない。
「私は6年前、彼に何も言わずいなくなりました。酷いことをしたと思います……。今も私を想ってくれているかどうか、本人から直接聞いていないので分かりません。だから、自分の目で彼を見て、ちゃんと今の気持ちを伝えたいと思うんです」
「もし、彼と以前みたいになれなくても……それでも、ルディアン王子とは友人でいたいんです」
アティス様は目をパチパチさせて、しばらくの間、ただ私の顔を見つめていた。
「私、貴女だったら大丈夫かも……」
「え?」
「貴女がルディアン様の側室になっても、ルディアン様に好意を持っても大丈夫そう……」
「アティス様?」
「なんて愛らしいのでしょう……私、今すぐ貴女を着飾って甘やかしてあげたいわ」
あまりの言葉に、晴歌はサラと顔を見合わせた。
「ルディアン様と一緒にお出かけしても面白そう……フリルのたくさんついた帽子なんか合わせちゃって……」
アティス様はうっとりと空を見つめている。
「ああもう!! 王族って、変な人ばっかり!!」
晴歌も、心の底からそう思った。
◇ ◇ ◇
「はしたないところをお見せしてしまいました」
「ははは……」
笑うしかなかった。
「本題に入らないとやばそう」
サラはボソッと呟き、カバンから布に包まれたものをテーブルの上に置く。
(あれは……私がサラちゃんに渡した薬草のはず)
「アティス様、こちらをお渡しに来ました。チェルゾーヴァ侯爵にお渡しください」
「おそらく、王宮の薬師は調合可能かと思います」
「父に……?」
アティスは布包みを見て、何かを察したようだった。
「本当に存在したのですか?」
「はい。ハルカお姉ちゃんがいた場所にありました」
「……調合方法は」
「こちらに控えていますが、書物はところどころ朽ちていて読めたところだけ。
私が薬に詳しくないので、分かる方には分かるかなという感じです」
「……サラ、ありがとう」
アティス様はサラの手を取り、涙をこぼした。
「お礼は、侯爵様が回復された時に」
「ええ……」
幻の薬草ということは、もう治らない病気なのかな。
それだったら急いだほうが……。
「あ、貴族からの個人的な依頼って言ってたのって」
「そうなんです。アティス様からのご依頼だったんです」




