第3章3話『賑やかな朝』
リュゼルの話をしていたら、また胸が苦しくなってきた。
話題を変えないと――。
「これでも元の世界の家族の話とかは大丈夫になったんだよ」
晴歌は手のひらを上に広げ、蝋燭のような光の球を作り出した。
それはみるみるうちに四角くなり、日本の家の形になった。
「これ私の元の世界の家。お父さん、お母さん、お兄ちゃんの四人で住んでたんだ」
もう片方の手のひらには家よりも大きく、窓がたくさんついている建物の形。
「学校って言うんだけど、同じ歳の子達が集まって勉強するところ。懐かしいな……」
晴歌は目を細め、遠い記憶をたどるようにゆっくりと目を閉じた。
「私……お姉ちゃんは元の世界に戻ったんだって思ってた……」
晴歌はサラの顔を見る。
泣きそうな、でも、必死に笑おうとしている顔だった。
きっとリュゼル達もそう思っているのかもしれない。
あの時が帰るチャンスだった。
けれど、この世界を創った神のことも気になっていたし、リュゼルとは離れたけれど同じ世界にいたかった。
何より――。
「元の世界に戻っても、私を知っている人がいないからかな」
これが一番の理由かもしれない。
戻ったところで、医者になることはできないだろう。
なら、ここに留まって力をコントロールすれば良い。
この世界は長寿の種族が住む世界。
"日本"とは違うから。
六年間、一人でここに暮らすようになって呪文のように唱えていた。
サラは言ってしまったことに後悔したのか、俯いてしまった。
「……そろそろ夕食の時間だね。何か作ろうか」
◇ ◇ ◇
サラはとても疲れていたのだろう。
夕食をとり、旅の話を面白おかしく話してくれた。
結構お酒を飲むので、六年前の姿とのギャップに戸惑いながらも、久しぶりに笑いが絶えない夜を過ごした。
晴歌のベッドで寝ているサラの姿を眺めながら、習慣になっている日記を書いていた。
ページを開くと、そこには同じ言葉が何度も繰り返し書かれていた。
日本語で。
『ひとりはさみしい』
六年間で、この世界の文字は読めるようになった。書くこともできる。
けれど、この言葉だけは日本語で書きたかった。
「……みんなに会いたいな」
ため息のような小さな声で呟いた。
(副作用我慢すればいけるかな……。ううん。まだ、だめだ。何かあったらみんなに迷惑かけちゃう)
「明日は、サラちゃんとはお別れしなきゃね」
自分に言い聞かせるように、そう呟いて、椅子の上で眠りについた。
◇ ◇ ◇
翌朝、目を覚ますと、外から剣がぶつかり合う音が聞こえた。
ベッドにサラはいない。
この場所を知っているのは白い神ともう一人――。
「もしかして!!」
晴歌は、椅子から立ち上がり外に飛び出した。
「ハルカお姉ちゃんをどうしようっていうの⁉」
「ちょっと待ってよ。どうもしないって」
「ここは誰でも入れる場所じゃない!」
「貴女こそ、勝手に入ってきたんじゃないの」
ナスタだった。
ナスタは黒い神と、この世界の住人で元人族の間に生まれたハーフ。
神から受け継いだ力もあり、白い神のアドバイスで、ナスタはこの森へ自由に移動できる。
(ナスタがここに来るなんて……何かあったのかな)
剣と剣がぶつかり合う甲高い音が響く。
「ちょっと二人とも、やめてってば!」
晴歌は慌てて小屋の周りに透明な障壁を張った。
サラの剣から放たれた風の刃が障壁に当たり、弾かれる。
「あら、やるじゃない」
ナスタが笑みを浮かべながら、今度は炎の魔法を放った。
サラも負けじと水の盾で受け流す。
「……二人とも双剣使いなんだね」
呟いた晴歌の声は、剣と魔法がぶつかり合う音にかき消された。
炎と水。風と土。
二人の魔法が次々と放たれ、森の中で激しくぶつかり合う。
「だから、やめてってば!」
晴歌の声も届かない。
それどころか、二人とも楽しそうに笑い始めた。
「へぇ、貴女なかなかやるわね!」
「そっちこそ!」
だめだ、これは。
晴歌は両手を前に突き出し、呪文を唱えた。
「全ての魔力よ、今は静まれ――《魔力無効化》《空間固定》」
瞬間、二人の周囲の魔力が霧散し、体が宙に浮いた。
「え?」
「あら?」
手足をばたばたさせる二人を、晴歌は呆れた顔で見上げた。
「ハルカお姉ちゃん!」
「ハルカ⁉」
「大丈夫! お姉ちゃんは私が守るからね!」
「この子、さっきから話を聞いてくれないのよ!」
宙に浮いたまま言い合う二人。
急に賑やかになったなぁと、空を見上げた。
◇ ◇ ◇
三人で席についた。
晴歌が用意した朝食は、焼いたパンと野菜のスープ、それに果物。
「いただきます」
晴歌の声に続いて、サラとナスタも小さく頷いた。
フォークとナイフが皿に当たる音だけが響く。
サラは時々晴歌の顔を窺うように見て、ナスタは黙々とパンを食べている。
「あの、ナスタさん……」
「ナスタでいいわ」
「ナスタ……さん。さっきはごめんなさい」
「別に。私も悪かったわ」
そっけない返事だったが、ナスタの表情は少し和らいでいた。
気まずい雰囲気が少しだけほぐれたところで、ナスタが口を開いた。
「私はナスタ。アナスタシア・ベロゴール。Sランクの冒険者よ」
「サラ・フェリオンです。Aランクです」
「サラちゃん、Aランクなの⁉」
「へぇ……まだ若いのに凄いのね」
「……お姉ちゃんと旅したくて頑張ってました」
その言葉になぜか反応するナスタ。
何かを考え始めたのか、真面目な顔をして黙ってしまった。
「えっと、ナスタとは六年前の巨大ダンジョンの時からの知り合いで、ここで暮らすのにいろいろ助けてもらっているの」
「そうなんですか……」
今度はサラが黙ってしまった。何か思い出しそうな表情を浮かべている。
「もしかして、東側の統括を……」
「ええ、そうよ。あの時は大変だったわ」
ナスタの言葉に、サラははっとした顔をした。
「やっぱり。報告書で読んだことがあって……あの時の記録、今でもギルドに残ってます」
朝食を終え、食後のお茶で一息ついた頃には、三人の間の空気も随分と和らいでいた。
小さな小屋にはしばらく沈黙が流れた。
聞こえるのは外からの鳥の声や風の音。
晴歌はどうしたら良いか分からず、お茶のおかわりを注ごうと席を立とうとした時、ナスタも立ち上がった。
「ハルカ、条件付きでなら地上に行けるかもしれない」
「え?」
晴歌とサラの声が重なり、二人は思わず顔を見合わせた。




