第2章 第24話『届かない距離』
「……生きてる?」
かすれた声だった。
「フィアナ!生存者がいる!」
「本当ティオ!?」
二人の足元で倒れていた男が、ゆっくりと目を開ける。
「ここは……」
瓦礫の上で、体を起こす。
少し離れた場所でも、別の人影が動いた。
「……助かったのか……?」
ざわめきが広がっていく。
倒れていたはずの人々が、次々と目を覚ましていく。
——だが。
すぐ隣で横たわっていた者は、動かないままだった。
同じ場所にいたはずなのに。
「……なんで」
震えた声が落ちる。
視線の先。
地面に、淡く光の跡が残っている。
円のように、まだらに。
——そこにいた者だけが。
ほんの数歩の距離だった。
光の中と、外。
それだけの違いで——
生きている者と、そうでない者が分かれていた。
◇ ◇ ◇
リュゼルは、その光景を見ていた。
何も言えず、ただ立ち尽くす。
(……戻っている)
だが。
視線を動かす。
動かない者も、いる。
崩れた建物も、そのままだ。
剣や荷物も、散乱したまま。
(全部じゃない)
胸の奥が、わずかにざわつく。
ゆっくりと息を吐く。
(……ハルカ)
名を呼ぼうとして、止めた。
◇ ◇ ◇
「……ここ、光ってた」
ナスタが静かに呟く。
地面を見つめる。
まだ消えきらない、淡い痕跡。
「でも、全部じゃない」
風が吹く。
焦げた匂いと、土の匂い。
その中に、かすかに残る魔力。
ナスタは目を細めた。
(……あなた、やりすぎよ)
ほんの一瞬だけ、口元が緩む。
(でも——)
その表情は、すぐに消えた。
◇ ◇ ◇
光が、すっと消えた。
次の瞬間、空間は一気に静まり返る。
さっきまでの柔らかな光はなくなり、ただ白いだけの、無機質な空間に戻っていた。
「……っ」
膝から力が抜ける。
そのまま、床に崩れ落ちた。
息が浅い。
指先に、力が入らない。
(……なに、これ)
体の奥が、空っぽになったような感覚。
さっきまでの光が、自分の中から抜けていく。
止めようとしても、止まらなかった。
ただ——流れていくのを、見ているしかなかった。
(……私、また……)
『……無理をしたな』
白い神の声が、静かに落ちる。
「……大丈夫」
かすれた声だった。
「これくらい……」
『強がるな』
少しだけ間があく。
『だが——救ったな』
晴歌は、ゆっくりと息を吐く。
(……全部じゃない)
目を閉じる。
浮かぶのは、あの光景。
生き返った人。
動かなかった人。
「……まだ、全然足りない」
小さく呟く。
「でも……」
ほんの少しだけ、力が抜ける。
「少しは……医者っぽいこと、できたかな」
自分で言って、小さく笑う。
すぐに、その笑みは消えた。
(……会いたい)
リュゼルの顔が浮かぶ。
——離れないようにと、何度も手を引いてくれた。
胸が、きゅっと締まる。
ティオ、フィアナ。
そして——ルディアン王子。
「……でも」
目を閉じる。
「今のままじゃ、また壊す」
『……』
「ちゃんと制御できるようになるまで」
「……戻れない」
静かに、言い切った。
◇ ◇ ◇
足音が近づく。
「ナスタ」
リュゼルだった。
「……ハルカは?」
ナスタは、すぐには答えなかった。
風の音だけが通り過ぎる。
「……いないわ」
「どこだ」
「……神のところよ」
沈黙。
「——嘘だな」
ナスタの指先が、わずかに揺れる。
リュゼルは一歩近づく。
「何があった」
ナスタは小さく息を吐いた。
そして、視線を落とす。
「……あの子は、止まれないから」
「……?」
「だから、止まることにしたのよ」
リュゼルの眉が、わずかに動く。
ナスタは懐から、小さな布を取り出した。
「これ、預かってる」
差し出されたのは、見慣れたカフス。
リュゼルの魔力が、かすかに残っている。
「……なんで」
手に取る。
まだ温もりが残っている気がした。
「渡してって言われた」
「……もう、会わないつもりか」
ナスタは視線を合わせない。
「……“今は会えない”って」
それだけだった。
◇ ◇ ◇
リュゼルは、しばらく動かなかった。
手の中のカフスを見つめる。
「……勝手だな」
小さく呟く。
怒りでも、悲しみでもない声。
「何も言わずに消えるのか」
握る力が強くなる。
その瞬間、ふとよぎる。
——あの時の、手の温もり。
離れないようにと、掴んだ感触。
「……」
わずかに、息が止まる。
(……あいつは)
言葉にならない。
だが。
ゆっくりと息を吐く。
「……いや」
顔を上げる。
空は静かだった。
「……それでも」
声は低く、静かに落ちた。
「戻ってこい」
それだけを言った。
◇ ◇ ◇
人の踏み入らない森の奥。
静かな場所。
小さな光が、ゆらりと揺れている。
晴歌は、その中で目を開ける。
「……ここが」
『本当にこの場所でいいのか?』
白い神が隣に立つ。
「……うん」
小さく頷く。
(ここから、やり直す)
誰にも知られず。
誰にも会わず。
力と向き合うために。
その光は、静かに揺れていた。
——誰にも届かないまま。
【第2章 完】




