名もなき一族の一幕
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遠い過去。故郷を追われ、マクブライン王国へ流れ着いた魔族たちがいたという。
便宜上、長の名を取ったヴィンス一族であったり、ヒト族との共存を望むことから、融和派魔族などと呼ばれているのだが、本来の氏族の名は既に失われてしまった。
まさに名も無き一族だ。
苦難の道を乗り越えてきた彼らは、流れ着いたマクブライン王国において、有力者の庇護を受けて安寧の時を生きている。いや、生きていたというべきか。
残念ながら、彼らの安寧の時は終わりを告げてしまった。
「……カーラ。戻ってきたのか」
「……何故にバートたちは死んだ? エイダも意識が無いと聞いたが……一体、何があったんだ?」
「そのことについては、ヴィンス様が直々にお話になる……すまないな」
マクブライン王国王都にあるラドフォード魔導学院。その敷地内にある、住み込みの庭師用の屋敷。それが流れ着いたヴィンス一族の本拠地となっている。
一族の中でも、ヒト族の魔道士と同等以上の力を持つ者たちは、辺境地などへ傭兵のような形で出稼ぎに出ており、力を持たない者たちは、王都や他の地域でヒト族社会に溶け込んで生活をしている。
カーラと呼ばれた赤毛の女は出稼ぎ組。ここ一年ほどは西方の大湿地へ赴いていたが、傭兵としての契約が一旦保留となったタイミングで里帰りをしていた。
だが、彼女を迎えた故郷の、一族の内情は大きく変化していた。……変化させられていた。
幼い頃から弟妹のように可愛がっていた、一族の次代を担う力を持つ若者たち。
そんな彼ら彼女らがいきなり五名も殺された。その上で、リーダー格だった者も意識不明の状態。そんな情報だけを聞かされたカーラの混乱は如何ほどだったか。
「……では、ヴィンス様はどちらに?」
「案内しよう。長はエイダの傍にいる。……カーラ。悪いがエイダは普通の状態ではない。意識が無いのではなく、一種の錯乱状態だ。それだけは覚悟しておいてくれ」
「……本当に、何があったんだ……?」
一族の男に先導され、慣れた屋敷を歩くカーラ。彼女には疑問の嵐が吹き荒れている。
皆が馴染みの者たち。久しぶりの再会を楽しみにしていたカーラだったが、彼女を迎える皆の顔は一様に優れない。そっと目を逸らすばかり。彼女とて戦場を征く戦士だ。仲間との死別が特別でもない環境には慣れている。しかし、次代の者たちは本格的に戦場に出ていなかった。安穏たる王都で暮らしていたはずだ。何故に死ぬのだ? ……そんな疑問を抱え、彼女は再会を果たす。長と。そして、変わってしまった妹分と。
……
…………
「……ヴィンス様。お久しぶりです。戦士たるカーラ、ここに帰還しました」
「うむ。壮健で何よりだ。戦士カーラよ」
一族における形式的な挨拶ではあるが、カーラからすればそれどころではない。
エイダ。
幼い頃から一緒に育った妹分。そんな彼女が、まさに変わり果てた姿となっていた。
「……あう……? あ? ……むい?」
部屋の隅に棒立ちのまま。虚空を彷徨う視線。意思の光を失った虚しい瞳。半開きの口からは、意味のない音が発せられるのみ。カーラのことをカーラとして認識などしていない。明らかに正気でないその様。
「……ヴィンス様。これは……エイダは一体どうしたのですか? それに、バートやベラたちが死んだと……戦場に行かせたのですか?」
真っ先に思い描く理由。戦場を知り、命を喪った。生き残ったエイダも正気を失った。ありがちな話だ。少なくとも、カーラには納得の行くストーリーだ。
しかし、違う。エイダたちの身に起きたことは、そんな戦士として当たり前の話ではなかった。いっそのこと馬鹿馬鹿しいまでの話。
「……カーラ。心して聞け。バート、ベラ、ベン、グレタ、ガロン……そしてエイダ。この者たちは、ただただ愚かだっただけじゃ。戦場へ行かせるどころか、戦士としてまるでなっておらなんだ。自らの力を過信し、勝てない相手に手を出し、手痛い反撃を受けた。その代償として命と正気を失った。要はそれだけのことじゃ。エイダたちが挑んだ相手は……かすり傷一つ負わなかった上に、ほとんど消耗もしておらん様子じゃったよ。やられたらやり返すというシンプルな戦士の論理で……格下相手にも手を抜かなかった。いや、エイダが辛うじて生き延びられたのは、手を抜かれていたからじゃったかも知れんな」
長であるヴィンスの語りは、淡々と感情を交えない声色ではあったが、その表情は苦し気に歪み、まるで罪の告白のよう。
「……戦場ではなく、王都でエイダたちが仕掛け……返り討ちにあった?」
「左様。それ以上でも以下でもない」
間を置かない即答。硬い声。その様子から、ヴィンスが、同じようなやり取りを何度も繰り返しているのだとカーラは察した。だが、それでも彼女は問う。長に。
「……ヴィンス様。どのように愚かな理由であっても、一族の者が殺されたことに変わりはありません。……その相手はどこに? いや、当然に仇は討ったのでしょう?」
相手はかすり傷一つ負わなかった。消耗もしていない。
そんな様子を知り得るというなら、当然に相手を把握しているはず。なら、仇を取るというのは当然の思考だ。
ヒト族の貴族家ではないが、名も無き氏族であっても、舐められたら終わりなのは、命のやり取りを行う戦士として共通する認識のはず。カーラは当たり前にそう考える。長であるヴィンスや、一族の皆の様子から、そうなっていないことは承知していたが、それでも彼女は問う。
「賢明なお主なら分かるじゃろうて。わしは長として、バートたちを殺した御仁と和解した。生き延びたエイダの命の保証を得た。これで手打ちだ」
『何を腑抜けたことをッ!』
と、かつてのカーラであればそう猛っていただろう。
しかし、彼女はヴィンスの決定に異を唱えるような真似はしない。どうしようもなく戦場を知ったから。ヒト族を……辺境の戦士たちを知ってしまったから。
「……皆からは異論が出たでしょうね」
カーラはそっとそう呟くのみ。
「ふむ。カーラは収めたのか?」
「ええ。当然に皆の仇を討ちたいという昏い願いは身の内にあります。しかし、バートたちを殺し、エイダの正気を奪った相手は……辺境の戦士なのでしょう?」
表向きに腑抜けた都貴族の者たち相手に、エイダたちがこうも一方的にやられるとは思っていない。それができるのは……辺境の戦士か、あるいは本物の都貴族。カーラは前者の方に当たりを付け、それは間違っていなかった。
「……そうじゃ。わしは噂しか知らなんだが、彼の御仁は南方辺境地の戦士じゃったよ」
「南方! 大森林の戦士か! ……ふぅ、どうりで。エイダたちが敵うはずもない」
怒りはある。一族の者として、復讐を望む心もある。だが、それでもカーラは踏み止まる。知っている。戦場を共にした辺境地の戦士たちの性質を。仕様を。
「……認めたくはありませんが、エイダたちは本当に馬鹿を仕出かしたのですね? 何故にそのようなことに?」
「許せ。全ては腑抜けていたわしの責任じゃ。わしは見誤っておった。舐めていたのだ。ヒト族の戦士を。そして、魔族の開戦派などにかぶれるエイダたちを野放しにし過ぎておった」
ヴィンスは語る。現実を知る戦士カーラに。エイダたちの仕出かしたことの顛末を。
結局のところ、平和と安寧を享受し、次代の者たちを甘やかしてきたのは、一族皆の総意だったのだ。
今さら長一人を責めるのはお門違いではある。
しかし、それでも現実の見えていない甘ちゃんたちは一族の中にも多い。
ヒト族の庇護の下に生きているというのに、ヒト族を舐めている者たち。
実のところ、心の奥底にあってはヴィンスも同じだったというだけのこと。
気付きを得ただけ。次代の若者たちの命を対価として。それは重すぎる代償だったのか……今はまだ、ヴィンスたちは冷静に振り返れない。
「……つまり、開戦派を騙る連中がいると?」
「そうじゃ。エイダたちを唆しておったのはそいつらじゃ。……わしはヒト族たちの暗闘のバランスまでは知らん。しかし、現に魔族の排斥の圧は強くなってきており、〝庇護者〟の方々との繋がりが途切れつつある。開戦派の魔族たちも、その開戦派を騙る怪しい輩たちも、それぞれが王国に入り込んできている。カーラよ。これはわしら一族の存亡の危機じゃ。幹部連中にも実感のない者たちも多いがな」
マクブライン王国において庇護を失いつつある。それはそのまま一族の存亡の危機に直結してしまう。つまり、ヴィンスたちは、自分たちが籠の鳥でしかなかったことに気付いた。忘れてしまっていたのだ。
「庇護者の下を離れる時期が来たということですね」
「うむ。カーラよ。お主には西方辺境地の者に繋ぎを付けてもらいたい。戦える者は傭兵なりで身を立てることができるかも知れんが、そうではない者も多い。すでに王都に居を構えている者たちについては、魔族であることを捨て、そのままヒト族社会に紛れて暮らせと通達するつもりじゃ」
「……ヴィンス様の決断に異論はありません。一族の誇りを大事にする者には酷ではありますが、所詮は名も無き一族に過ぎませんから。……私は西方貴族家に繋ぎましょう」
ヴィンス一族の生き残りを懸けた戦いは、静かに始まっている。カーラはそれを即座に理解した。それは彼女の感性の問題ではなく、戦場での経験則……どうしようもない現実を知った諦めだったのかも知れない。
辺境貴族家が脈々と受け継いできた流儀には、その地で生き残るための知識の集大成という意味がある。しかし、自分たちはどうなのだと。流浪の一族が持つ誇りや流儀は、今、この地で生き残るための知識の集大成と言えるのか? ……カーラはそうは思えない。カビ臭い誇りを守るために命を棄てることに、意味などないと割り切っている。
「……ヴィンス様。一つだけ願いがあります」
「なんじゃ?」
「エイダです。彼女の正気が戻らなければ、私が彼女を連れて行きます。また、正気が戻るにしても、私は彼女の望む通りにさせてやりたい。なので、私がいない間に何があっても、その命だけは助けてやって欲しいのです」
ただ、割り切れないものはカーラにもある。直接の身内がいないカーラにとっては、妹分であるエイダこそが家族。一族の中でも特別な存在。家族を守るためにできることをするのは……当然のこと。
「……命の保証はしよう。じゃが、もしエイダの正気が戻り、復讐を口にするようなら……わしは一族の長として看過はできん」
「心得ています。その時は、エイダを連れて私も一族を出奔します。遠い地で暮らせる道を彼女と共に模索します」
「よかろう。……できることなら、復讐云々を抜きにして、未来ある者には一族を離れてもらいたいんじゃがな。滅び逝く一族の後始末は、長としてのわしの最後の仕事になるじゃろうて……」
一族の存亡の危機とは言いながら、既にヴィンスには一族の滅びが見えている。名も無き一族が、結束も、過去も、流儀も忘れて、ヒト族の社会に溶け込んで混じっていく。そんな未来が迫ってきていることを知っている。
「大老たるヴィンス様。名も無き一族は滅びても、その血は残ります。いえ、残さなければならない。子供たちに未来を」
「……承知の上よ」
語られることのない一幕。〝物語〟の本編には関わらない枝葉のエピソード。滅びし一族の足掻きなど、多くの者は気にもしない。
ただ、だからと言って、当事者たちは何もしない訳にもいかない。
結局のところ、負け戦であっても戦い続けなくてはならない。逃げることは許されない。まさに生きるという戦い。
それぞれの〝物語〟は続く。
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※コミカライズが面白いよ! そっちはまだまだ続くよ!(願望込み)




