王都の狂信者
※R8.4.30 「狂戦士なモブ、無自覚に本編を破壊する」の最終巻となる7巻が発売(電子オンリー)となりました。よろしくお願いいたします。
:-:-:-:-:-:-:-:
マクブライン王国の中心である王都。
かつては建国王の名が街に冠せられていたと云うが、誰も彼もが気安く建国王の名を連呼するのは如何なものか……ということで、いつしか、ただ〝王都〟とだけ呼ばれるようになったのだとか。
国の象徴たる王城を街の中央に据え、同心円状に外へ外へと広がっている作りとなっており、城壁によって街は区切られている。
第一は至尊区、第二は貴族区、第三は民衆区、そして第四……一番外側の、元々はスラム地区を整備したという区域は単純に第四区なり新区と命名されているのだが、誰もその名で呼ぶことはない。
王都に非ずという侮蔑を込めて〝外民の町〟と呼ばれている。
もっとも、元スラム地区である第四区の住民は、今では『だからどうした?』という程度の認識となっている。
外民の街の住民に対して苛烈な排斥や差別が横行した時代は、もはや一昔以上前のことではあるのだが……結局のところ、外民の街の中に、新たなスラムができただけのことだ。
周囲との貧富の差を考えると、もしかすると今の方が、かつてのスラムよりも這い上がることが難しい泥沼なのかも知れない。
栄えある王都の片隅……外民の街のスラムの中で、貧困の連鎖を断ち切ろうと活動する者がいた。
名をフランツ。女神に仕える聖職者であり助祭の男。
……
…………
「フランツ様。どうして僕たちが読み書きを学ばないといけないのですか? こんなことをするよりも、仕事を探したり、商店でおこぼれを狙う方が良いんじゃないですか?」
「サイラス。その仕事を得るために学びが必要なのです」
「?」
そこは古びた教会。風情があると言えば体裁は整うが、はっきり言えば、どうしようもなくボロいだけ。
流石に教会の中は掃除も行き届き、清潔さは保てているが、壊れている備品も多く、外壁が一部が剥がれ落ちていたりする。
今ではスラムの子供たちの集会場のようだ。ただ、それは信仰の家の運営を任された助祭の差配によるもの。
「まだ君には分からないかも知れませんが……労働に対して、適切に報酬を得ようとするなら、読み書きが……知識と教養があるに越したことはありません」
「どうしてですか? 別に読み書きができなくても、手伝いをしてお金を貰いますよ?」
スラムの子供……サイラスは助祭の言い分が分からない。事実、サイラスは時折、商店の手伝いをして駄賃を貰うこともあるのだ。
「……サイラス。君はこれまでの〝手伝い〟が不平等だということを知らない。報酬が安過ぎることに疑問を抱いてない。覚えておくんだ。優しげに君たちに手伝いを頼む大人たちが、決して優しいわけではないことを。悲しいかな、スラムの子供を騙しても、心がまったく痛まない大人などいくらでもいるんですよ」
フランツはそっとサイラスの頭を撫でる。
生活魔法の恩恵により、スラムの子であっても体は清潔に保てていることが普通だ。
だが、それでもなお、サイラスの髪はがさがさであり、その身は薄汚れている。自身の身を顧みることもできないほど、大人たちに酷使された結果だ。
「……? でも、商店の人たちは、別に僕らのことを殴ったりはしなかったし、ちゃんとご飯も出してくれましたよ?」
サイラスは知らない。それは善意というにはほど遠い施しだったことを。彼らが労働の対価として得るには全然足りない。彼らは知らないままに大人たちに良い様に使われていただけ。酷使され、搾取されていた。
「……サイラス。君は素直だ。その素直さは女神様が美徳とされるものでしょう。疑うことを知らぬということも間違いなく素晴らしいことではある。しかし、時と場合によっては、その素直さ、他者を疑わぬ清廉さは……ヒトを殺すのです。女神様の美徳を持つ君を殺してしまう。なんと嘆かわしいことか……ああ! なんとヒトは愚かで汚らわしいのか!」
「フ、フランツ様?」
外民の町の古びた教会にて、世の無常を憂う敬虔なる女神の徒。彼の胸の内には、清廉で、狂おしいほどの熱を持ったナニかが燃え盛っている。
サイラスのようなスラムの子に比べれば、十分以上に恵まれた環境にいる大人たち。女神の教えを知らぬはずもない者たち。そんな者たちが、救いの手を差し伸べるべき相手を自身の利益のために利用する。そして、それを恥とも思わない。
「サイラス。君たちは学ぶのです。読み書きを知り、計算を知り、世の動きを知り、そして女神の教えを守って生きるのです。決して十分とは言えませんが、私はできる限りの支援はします。グループの子たちにも伝えなさい。三日に一度程度は教会に来なさいと」
「は、はい……」
肯定。サイラスの答えは一つしかない。それはフランツの博愛に心を打たれたからではない。女神の教えに感銘を受けたからでもない。
フランツ助祭は優しい大人だ。彼の語る内容の全てが理解できるわけではないが、自分のようなスラムの子供を気に掛けてくれているというのは、サイラスにだって分かる。
しかし、決してそれだけではない。サイラスはフランツの言葉を否定することができない。逆らえない。それは恐怖。彼が持つ狂気の片鱗に触れている。彼の中には異様なナニかが蠢いている。
「……フ、フランツ様。その……読み書きができれば、僕たちは仕事にありつけるんですか?」
「はい。少なくとも、今の〝手伝い〟以外の仕事は紹介しましょう」
「で、でも……商店のルッソさんには、これからも手伝いをするって約束した……んです……け……ど……」
思わず言葉が尻すぼみになってしまう。にこやかに微笑む、〝得体の知れない〟フランツ助祭が目の前にいる。
「安心なさい。ルッソさんには……私の方からちゃんと話を通しておきます。サイラスは何の心配も要りません」
「は……は、はい……」
王都には都貴族という腐敗した特権階級者たちがいる。一般の民衆の中にも、更に自分たちより下の者を利用しよう、食い物にしようとする者がいる。
そして、スラムの教会には、狂気を身に宿す女神の信徒がいる。
数日後、とある商店の店主が不審死したのは言うまでもない。
:-:-:-:-:-:-:-:
※1巻や2巻で打ち切りになるのが、まったく珍しくないご時勢にあって、商業作品として、最終巻まで出版していただけるとは思っていませんでした。これもひとえに読者様のおかげです。ありがとうございました。
※コミカライズが面白いよ! そっちはまだまだ続くよ!(願望込み)




