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「そういえばダリウスのおっさん、具体的にはなにをして英雄って呼ばれるようになったの? イーリィ、知ってる?」
俺がそう問えば、イーリィはなんとも微妙な顔で俺を見たあと、こんなことを言った。
「ダンジョンの攻略、と言われていますね」
詳しいことを知るために、俺はダリウスのおっさんが英雄と呼ばれるきっかけになったダンジョンへと向かうことにした。
三等住民区画である。
ここはどうやらダンジョンの周りに作ったキャンプ地をそのまま区画としたらしい。
地面は土が剥き出しだし、並ぶ家々も石造りの立派なものはなく、仮住まいみたいなテントが多い。
で、今、ここは、ドワーフ反乱軍の拠点になっているようだった。
ダヴィッドと合流できた。
「アレクサンダーじゃねーか! テメェ、街に来た初日に死んだって話になってんぞ!」
ひと悶着はあったが――
俺たちはたくさんのドワーフたちに見守られながら、焚き火を囲んで話し合う。
パチパチと爆ぜる火に照らされたダヴィッドの顔は、むしろ俺たちと旅をしていた時よりもツヤツヤしているように見えた。
「っていうかダビちゃんなにしてんの? なんで反乱軍とか起こしてるわけ? 略奪にハマったの? 趣味の欄に『略奪』って書いても採用してくれる会社とかないよ?」
「バッカちげェよ。ここにいるドワーフ衆がどうにも辛気くせェんで事情聞いてみたら、ドワーフは三等住民区画で一生ダンジョンの石材を地上に運び出したりそれを加工したりする仕事に従事させられるって言うじゃねェか」
「そうなのか」
「おうよ。ここのドワーフ連中は主に石材の掘り出しとその加工やらされてんだ。これがまあークソ! うじうじうじうじしやがってよォ! 石材掘りで一生を終えるのイヤだってんなら街を出ろよ! 家族がいるから出られねェ? んじゃあ気に入らねェところを変えりゃいいだろうが! アタシは現状を変える努力もしねェで愚痴ばっかり言ってる連中がどうにも我慢ならねェ。つーわけでドワーフどものケツを叩く役目をかって出たってわけよ」
「いや、そうはならねーよ。どんなバイタリティだ」
「テメェこそなにしてたんだよ。まあ、ドラゴンの巣でテメェの不死身はさんざん見たから心配なんかしてなかったがな」
「俺はこの街を騒がしてる『真白なる夜』っつー盗賊団に所属してた。んで、今はアジトを一つもらってるところ」
「いや、そうはならねェだろ。どういう順応性だよ」
「なっちまったモンはしょうがねーだろ。つーかお前こそ、どうして『ケツを叩く』なんて発想になったんだよ。不満は独力で解消しようとするタイプだろうが」
「うるせェな、テメェのせいだよ」
「俺ぇ?」
「テメェがアタシの故郷のドワーフ衆をどうにかしたろ。……だからさ、ひょっとしたら、きっかけさえあれば、人は変われるんじゃねェかって思ったんだよ」
「へぇ。まあ独力で解決するお前も素敵だったけど、今のお前の方が俺は好きだぜ」
「殺すぞ」
「なんでだよ!?」
「うるせェな! まあとにかくそういうわけだ。……つぅか、わっかんねェのはな、街のドワーフ連中がアタシに指示をあおぐことだ。テメェらの中から代表を出せや。アタシは部外者だぞ」
周りを囲むドワーフから、「だって兄貴」「でも兄貴」と、もの言いたげな返答がぽつぽつ聞こえた。
っていうか……
「ダヴィッドお前、兄貴とか呼ばれてんの?」
「あー……まあなんだ、アタシが活動を始めてから、実際にアタシに会うまで連中の中で噂が一人歩きしたみてェでな。なんでも連中はアタシのこと『大男』だと思ってたらしい。オヤジの名前そのまま使ってるし、あとアタシの連れてるゴーレムくんの中にアタシが入ってると思ったらしく……」
「まあお前は兄貴だな。うん。向いてるよ兄貴」
「うるせェお姉様と呼べ。ぶち転がすぞ」
「……本当にお姉様と呼ばれたいの?」
「兄貴よりはお姉様のがいいだろ」
「そうか。なんつーか、意外。けどそういうのもいいよな、うん。それなら俺は今後、お前のことダヴィッドお姉様と呼ぶから」
「ぶん殴るぞ」
「それはさすがに理不尽では?」
「で?」
火を挟んで向かい側にいる彼女が、ずいっと身を乗りだした。
オレンジ色に照らされた彼女の褐色の頬は、どこか熱っぽく上気してる。
……たぶん反乱活動に忙しくて寝てねーな。やけにハイなのもそのせいだろう。
俺はなんとなくダヴィッドの赤茶色の毛を見た。
ボサボサしたそこに枝毛などを探しつつ、
「英雄ダリウスが、英雄と呼ばれるゆえんについて知りに来た」
「倒すのか」
「おいおい、なんでだよ。『知りに来た』『倒すのか』ってどういうやりとりだ」
「テメェは興味がそのまま戦闘意欲になるタイプだろうがよ」
「……まあ、成り行きがそうなったらそうする。でもまあ、目的のための調査とかじゃねーよ。興味……んー、まあ、興味以外に言えねーけど……興味があって来たんだ。ノリは観光だな」
「ドワーフと『真白なる夜』が組めば結構な戦力になるだろ?」
「そういうのやめろよ。俺たちはあくまで旅行者だろ? ここの連中が解決したい問題なら、ここの連中で解決すべきだ。問題を見るたびに手を貸してたら『果て』への道のりが遠ざかるばっかりだぜ」
「わぁーってるよ。けど筋道ぐらい示してやるべきじゃねェか? つぅかここの連中、気概がなさすぎんだよ。放っといたらまた死んだように生きるぜ。命張れよ。守るべきモンがあるならさあ」
「そのノリはたぶんあんまり理解されねーぞ。熱血すぎる。んで、ここの連中はありとあらゆるやつらが、妙に冷めてる」
「クソだな」
「ノリが悪いのもアレだ、ダリウスのおっさんが恐いからだろ」
「テメェから見てもか?」
「恐いよそりゃあ。まあ俺がどう思おうが関係ねーけどさ。街の連中にとって、あのおっさんは支配のシンボルだ。アレに正面切って刃向かおうと思えない気持ちはわかる。不満がたまって機会が訪れりゃ話は別だろうがな。不満噴出にはあと一手だけ足りないように見える。今はせいぜい『各地で武装蜂起』止まりだ」
「充分に不満が噴出してるように聞こえるんだが」
「足もとでチョロチョロしてるだけなのを『噴出した』とは言わねーよ。本気で街をとりたいなら、ダリウスのおっさんの首に刃物突きつけねーと。まあ、誰かがやりゃみんな続くだろうがな」
「……ダリウス、アタシらでやっちまうか」
「それもいいと思う。だから好きになりに来た」
「……」
「嫌いなヤツとかどうでもいいヤツを倒すのはやりたくないんだ。人だぜ? 人生があるはずなんだ。歩んできた道と、歩み続けた理由があるはずなんだ。……誰もが抱えてる、人生という冒険譚が、あるんだよ。知らないで事務的に倒すのはそりゃあ楽かもしれねーけどさ。せっかくだから、まとめて全部知った上で、そいつの人生をかっさらいたいだろ?」
「アタシが言った通りじゃねェかよ。この悪党め」
「こういうの好きなくせに」
「まあな。……よし、ついて来い」
ダヴィッドは立ち上がる。
俺も立ち上がって、彼女を見下ろしながら、
「どこへ?」
「ダンジョンだ。ダリウスが英雄になった場所を案内してやる。……おう、テメェら! アタシはしばらくダンジョンこもりだ! なんかあったらテメェらで判断しろよ!」
そう言われたドワーフたちは「そんな、兄貴がいないと……」「もしダリウスの兵隊が攻めてきたらどうすりゃいいんですか!?」「置いていかないでください兄貴!」と大変情けないことを口々に述べた。
ダヴィッドは大きく息を吸いもともと大きい胸をさらにふくらませて、
「うるせェェェェェェェ!」
叫んだ。
誰よりもお前がうるさい。
「兄貴兄貴呼びやがって! お姉様だっつってんだろ! アタシが男に見えるか!? ああ!?」
そのおっぱいで男はないな。
ダヴィッドは叫び続ける。
「だいたいこれは、もともとテメェらの問題だろうが! アタシに頼るんじゃねェ! 次に情けねェこと口走りやがったら、金床にくくりつけてそのまま海に沈めるぞ!」
ドワーフ連中は「兄貴……」とつぶやいたあと静かになった。
探索に行っていい感じっぽい。
ダヴィッドとダンジョンにこもるのは、ダヴィッドのいた村を襲ってたドラゴンの『もと』を断ちにいった時以来だ。
空を飛ぶやつは屋内戦の方が弱かったとはいえ、なかなか苦戦した。
目を閉じれば思い出す……密室、爆炎、空跳ぶ巨体……致命傷、致命傷、そして致命傷。
そしてやっぱり飛び道具は強いな、俺も飛び道具ほしいな、なんて思ったりして。
そういえば。
「ダヴィッド、サロモンがどこにいるかはわかる?」
「あア? 知るかよ。どこかで草でも食ってんじゃねェの、あの細長」
はっ、と吐き捨てるダヴィッドであった。




