03-17-0097
Side:アッシュ
「キャァァァァァァァァァァァァァ!!!」
「すまない、これは坑道の中で倒したロックセンチピードだ。
私はハンターだが、この右腕で担いでいる者が噛み付かれた。
早く医者に診てもらいたい!」
私がそう説明するも、受付の女性は悲鳴を上げるばかり。
なので困っていると、中から若い男性が現れた。
種族は闇妖精族だが、基本的に医者は長命の種族がやっている事が多い。
それだけ多くの知識や経験を必要とするからだ。
「悲鳴が聞こえて何だと思って出てきたが、モンスターを治療してくれとでもいうバカが現れたのか?」
「治療してほしいのは私が右腕で担いでいるこの男だ。
私が持っているロックセンチピードの統率者に噛み付かれたらしく、かなりの重傷を負っている。
その説明をしているのだが、聞いてもらえなくてな」
「そりゃそんなもん持ってたら聞く以前の問題だ。
とはいえ、置いといたら誰かに奪われるだろうし分からんではない。
それよりその男を連れてこっちへ来い。
ああ、そのロックセンチピードはその辺に置いといてくれ。
汚い物を持って入られても困る」
「分かりました」
私はロックセンチピードの統率者の死体とランタンを置くと、男を医者が出て来た部屋へと連れて行く。
そして中にあった簡易な寝台に横たえると、すぐに部屋を出ようとして止められた。
「仲間ならそんな薄情な事はするべきじゃないぞ」
「私の仲間ではありませんよ。それどころか勝手をしただけの男です」
「は? どういう事だ?」
医者は男の右腕の怪我を見つつ、私に問いかけて来たので答える。
「私は鉄級への昇格試験として、この町の4番坑道に居るモンスターの群れを片付ける仕事を受けています」
「4番坑道といえば、あのモンスターの大群が居たという空洞にブチ当たった坑道か。それで?」
「今日から本格的に坑道の掃除を始める予定で入ったんですが、この男が先回りして入っていて、しかも襲われて重傷を負っていたんですよ。
ちなみに昨夜酒場で見ただけで、この男とは一切関りはありません」
「なるほど、そういう事か。
それにしてもバカな事をしたものだな、コイツも。この怪我では腕を切り落とすしかないぞ。
もしそれが嫌なら【浄化魔法】が使える者を連れて来い。そうすれば腕は助かる。
早くしないと腕どころか、汚い物が全身に回って死ぬぞ」
「いてぇ………いてぇよ……」
碌に医者の話も聞かず、痛いとしか言わない男。
医者は呆れてしまい、放置する事に決めたようだ。
「こういうヤツは放置するに限る。
実際にこっちの話は聞こえているんだよ、でも腕を失うのは嫌だと駄々を捏ねているだけだろう。
本当に死にかけたら、慌てて腕を切ってでも助けてくれと言い出すさ。
その時には既に手遅れだがな」
「手遅れ?」
「さっき言ったろ、体に汚い物が回るって。
実は傷口などから汚い物が入り込み、それが血に入って全身を巡るんだよ。そうなったら終わりだ。
後は全身が蝕まれてしまい、腕を切り落としたとしても汚れが全身に回っていて手遅れとなる」
「そうなんですね。
私も闘技場で数多くの怪我をしてきましたが、大丈夫なのは運が良かっただけなのかも……」
「それなら運が良かっただけだろうな。
どうしても死にたくないなら、綺麗な水を持ち歩け。
そして傷ついたらすぐに綺麗な水で洗い流すんだ。
それだけでも大分違うからな」
「ああ、怪我を負った後はよく井戸の水を被ったりしてたので、それでですかね?
大抵は全身の汚れも酷かったので洗い流してたんですよ。
冬場は冷たくて辛かったですけど」
「なるほど。それなら今まで無事だったのも分かる。
まあ、この男の事は放っておけ。こんなヤツはよく居る」
「分かりました。お願いします」
そう言って私は部屋を出ると、受付近くに置いていたランタンの火を消して鞄に仕舞う。
その後でロックセンチピードを持ち上げて治療院を出た。
受付の女性は怯えていたが、申し訳ないと言うしかない。
怪我人がいるし両腕が塞がっていたので、私もどうする事も出来なかった。
諦めてもらうしかない。
「アッシュ、あの男はどうであった?」
ロッドン殿が来たので私は男の事を話すも、ロッドン殿も「放っておけ」という結論だった。
「そういうヤツはおるのだ。
怪我をしたというよりも、失敗した事が受け入れられんのだろうの。
大した怪我でなくとも呆然としたりするものよ。
そういうヤツは正気に戻るまでどうしようもないのだ。
戦闘中にそうなる者もおる」
「戦闘中にもか? ああなったら死ぬしかないだろうに……」
「そうじゃ。お荷物となって死ぬか、それとも仲間に迷惑を掛けるかじゃ。
チームが一気に崩壊しかねん、それ程までに危険な事なのじゃが………本人にも止められん事ではある。
実際ワシも過去になりかけた事があるでな。
ワシの場合はすぐに正気に戻ったから良かったが………」
「ロッドン殿でもなるのか、それは気を付けた方がいいな」
「うむ、誰でもなり得る事でもあるのだ。
なんでも強い衝撃を受けると、一時的に混乱するらしいからの。あの男もそれじゃろう。
碌にこっちの話も聞けておらんかった」
「医者が言うには、こっちの話は聞けているとの事だったが……」
「聞こえておるのじゃよ。
ワシもそうだったが、聞こえているのに内容が頭に入って来んのだ。
それ故に混乱なのじゃよ」
聞こえているのに内容が入ってこない、つまり理解できないとは………。
そんな状態になったら、間違いなく殺されるしかないな。私も気を付けねば。
会話をしつつ解体所に行って統率者の死体を売り、中銀貨1枚を受け取った。
高いと見るか安いと見るかだが、甲殻が防具に使えるので中銀貨になったらしい。
使えなければもっと低いのだと覚えておこう。
体の中にあった<混沌の種>を受け取って異空鞄に仕舞う。
私が素手で持ち続けていると消してしまうからな、それはマズい。
ちなみにロックセンチピードの<混沌の種>はステージ2と言える大きさの物だった。
ただしステージ3一歩手前のような、誰かがバラ撒いて作った大きさではない。
なので天然で大きくなった物なのだろう。
私はロッドン殿と共にハンター協会に行き、木札を出して<混沌の種>を預けようとする。
すると受付嬢が支部長へと聞きに行ったので待つ。
ここのハンター協会では坑道の確認などはしたが、挨拶はしていなかったな。
そんな事を考えていた。
受付嬢に呼ばれたのでカウンターの奥へと行き、扉の先へと進む。
ここの支部も2階は無いので、1階の奥に支部長の執務室があるようだ。
ヴェルイーと同じだな。
受付嬢がノックをすると、中から許可の声があったので入る。
中に居たのは熊人族であり、結構な大柄だった。
全身が毛に覆われているが、奴隷仲間は夏場が暑くて大変だと愚痴を溢していたのを思い出す。
「わしを見て笑うとは、舐めているのか?」
「申し訳ありません。
熊人族を見るのは久しぶりで……かつての奴隷仲間を思い出していました」
「………そうか。それはともかく、お前がアッシュだな?
挨拶が遅かったが、そこは許してやろう」
「挨拶が遅いも何も、アッシュは鉄級の試験で来とるだけじゃ。
試験に当地の支部長への挨拶が必要など、聞いた事がないがのー」
「お前はなんだ?」
「ワシは今回の試験の監査役。銀4級のロッドンじゃ」
「監査役か、まあいい。
それよりも姐御……ではなかった、マスターからお前が<混沌の種>を消せると聞いている。
ここにも<混沌の種>があるのでな、すまんが消しておいてくれ。
お前が持っている物も含めてだ」
「分かりました。しかし<混沌の種>はどこに?」
私がそう言うと、支部長は立ち上がって後ろの扉の鍵を開けた。
どうやら支部長室の奥に保管してあるらしい。
「ついてきてくれ」
私達は支部長の後ろについていく。
するとその先には梯子があり、地下に下りるようになっていた。
王都でもそうだったが、地下に作らなきゃいけない決まりでもあるのだろうか?




