02-31-0049
Side:アッシュ
「ンクッ、ンクッ、ンクッ、ンクッ………」
少年が必死に血を飲んでいるのだが、なんだか赤ん坊が母親の乳を飲んでいるようだな?
昔、闘技場で私に賭けて大勝ちした女性を思い出す。
人狼族の女性だったが父親である男は逃げたらしく、一人で子供を育てていた女性だ。
物凄く興奮して私に何度も感謝を言っていが、その傍らで赤ん坊が乳を飲んでいたのだったな。
あの女性と子供は元気で暮らしているんだろうか?
闘技場でたまにあった良い出来事の一つだ。
それはともかくとして、血抜きもそろそろ終わりか。
「ンクッ、ンクッ、ンクッ、ンクッ………」
「いやいや。そろそろ終わりよ、終わり!
でないとヴォークソンが干乾びてしまうわ。
ヴァンパイアは血を武器にしたりするから、相当に血を圧縮してストック出来るらしいけど、それ以上飲まれると売り物にならなくなるから止めなさい」
「すみません。お腹が空いていたので、つい………」
「この後もモンスターを倒すから、その際の血抜きも少年に任せる。
これ一体だけではないから我慢してくれ」
「い、いえ、我慢なんてそんな………。
あの、その、すみません」
なんだか謝ってばかりの少年だなと思いつつ、私はヴォークソンの死体を布に包んでいく。
少年が不思議そうな顔で見ているが、その後にマーヤに小さくしてもらう。
すると少年の顔は驚いた後にキラキラし出した。
なんだか他の種族の子供と変わらないなぁ。
「貴方ヴァンパイアの中で相当に若いわね?
なんでその若さで修行の旅に出されてるのか知らないけど」
「ぼくの家はそれなりの家ですが、既に兄上が継ぐ事は決まってますので………」
「ああ、他の者はどうなってもいいって事ね。
ヴァンパイアって継ぐ子が決まると、他の兄弟には冷淡になるって聞くわ。
おそらくそれでなんでしょうけど、それにしても早すぎると思うけどね。
ここに居るって事は、貴方ってガルバスの者なんでしょう?」
「はい。
僕はガルバス海国の国境の町を任されている、デューエフ辺境伯家の三男。
ラブアトゥヌ・フェ・デューエフといいます。
挨拶が遅れて申し訳ございません」
「ラブと呼ばせてもらうが、この辺りに統率者が多い事は知っているか?」
「えっ、そうなんですか!?」
………嘘は無いな。
少なくともこの少年は統率者に関して知らないのだろう。
とはいえデューエフ辺境伯家が知らないとは限っていないがな。
根本的な話をするのならば、幾ら辺境伯家の者でも三男に教えたりなどしないだろうし。
仮にガルバス海国が攻めて来る気でも、わざわざ情報が漏れるようになどしない。
なので知っていても当主のみか、それとも次の当主である兄ぐらいだろうな。
貴族というのが面倒なのは、臭い女の愚痴から知っている。
「実はこの辺りのモンスターの群れには統率者が多いんだ。
というか必ず統率者が居るぐらいだよ。
前にドーヴァルと山狼の巣を潰したが、それでも山鹿とヴォークソンの巣を新たに発見した。
そのうえ両方に統率者が居る」
「うえぇぇ………そんな所にぼくは居たんですか。
危うく殺されてしまうところだったんですね。
流石に62歳で死にたくないです」
「ろくじゅうにさい?」
「ヴァンパイアならそんなものでしょ。
妖精族なら一気に体が大人になって、以降は全く変わらず過ごす事になるわ。
それで寿命の間際になったら一気に年老いるの。
でもヴァンパイアは一生を掛けてゆっくりと歳をとっていくタイプよ。
だから62歳でも見た目は幼い少年なのよ。
人間で言うと6歳から7歳ぐらいの見た目ね」
「62歳でそれというのも大変でしょう。
光妖精族や闇妖精族でも、もっと年上の姿ですよ。
それに比べてヴァンパイアは随分と遅いんですね。
流石は妖精族と同じくらい長生きすると言われる種族です。
その割には数が少ないんですけど」
数が少ない? そういえば妖精族も数は多くないと言っていたな?
それでも人間との間に妖精族が生まれたりするから、絶滅なんて事にはならないらしいが。
片親でも妖精族なら、妖精族が生まれる確率は半分ぐらいあるらしい。
人間が生まれる確率はゼロで、妖精族との間の子供は必ず妖精族か妖人族になるそうだ。
人間は数が多いから問題にはなっていないらしいが………。
妖精族が人間との間に子が成せるのは、妖精族が絶滅しない為の能力なんだろうか?
なんだかそんな気がする。
「ヴァンパイアの寿命って900~1000年くらいあるのよ。
わたし達はほぼ確実に1000歳を超えるけど、ヴァンパイアの中には900歳の途中で寿命を迎える者が多いと聞くわ。
1000歳以上まで生きるのは稀だそうね」
「そうですね。1000歳を超えた方は大長老と言われて讃えられます。
それはどこの家の者であっても変わらないそうで、一種の栄誉だと聞きました」
「それよりもラブ、君は服とかそういった物はどうしたんだ?」
「ヴァンパイアは服を自分で作る事ができます。
もちろん血を使うので真っ赤な服しか作れませんが、それを着ていました。
それと、他の荷物は逃げる際に落としてしまい……」
「ふむ。ではすまないが、ちょっと臭いを嗅がせてもらうぞ?」
「へっ?」
私はラブの事を気にせず臭いを嗅ぎ、そしてラブの臭いのする方へと歩き出す。
ラブは血でサンダルを作ると、その足で歩きだした。
………何故サンダルだけ作ったのだ? むしろ変態的な格好にしか思えないぞ。
「血が足りないので服まで作れないのです。
それよりも何故ぼくの臭いを?」
「アッシュは犬人族かと思うくらいに鼻が利くのよ。目も相当に良いしね。
物心がついた時には闘技場に居て、その後は22年も奴隷闘士をさせられていたらしいわ。
それでも生き残って解放の日を迎えたら、執拗に残そうとされたんですって。
香まで使ってね」
「香………って、それもしかして?!」
「そう、アッシュは知らなかったみたいだけど、ほぼ間違いなくブヌクスの香よ。
アッシュは身体強化で防いだらしいけど、よくもまあ身体強化で防ぐと思うわ。
それはともかく、ヴォークソンがまた居るわね」
「近くに他のヴォークソンも居るかもしれません。
ここはなるべく音を出さずに仕留めたいですね。
先程より奥に入ってきていますし」
「ですね。仕方ありません、ナイフで殺してきます。
喉を穿てば叫ぶ事も出来ないでしょう」
「ええ。お願いします」
私は適当に歩いているヴォークソンの背後に忍びる。
そしてナイフを革の鞘から抜くと、後ろから手を回して右手のナイフで喉を突き刺す。
そしてそれと同時に左手でヴォークソンの口を押さえて後ろに引きずる。
ヴォークソンは息が出来ずに暴れるものの、後ろに引っ張られているので尻を地面に突く形で倒れた。
それでも暴れようとするが、私は口を閉じさせ開けないように押さえ込む。
既に右手のナイフは首から抜いているが、抜く際にも回して傷口を広げている。
なので後は死ぬまで待つだけだ。
皆も近くに寄ってきたが、何もせずに周囲を警戒してくれている。
そして抵抗が弱まってきた頃、私はヴォークソンを地面に寝かせてラブを呼ぶ。
「ラブ、これから首を切るので血抜きを頼む」
「分かりました」
そう言いつつ「ゴクリ」と喉を鳴らすラブ。
よほど血に飢えているらしいが、赤い目を爛々とさせるのは止めてくれ。
そう思ったものの、さっさと飲ませた方が手っ取り早いか。
そう思った私はヴォークソンの首を切ったが、その直後にラブが切り口に飛びつく。
一滴も逃すまいという執念が感じられるな?
ヴァンパイアの本能なんだろうか?




