04-34-0159
Side:ラフィル
どうやら私の知る酒場と、このアッシュ殿の言う酒場は変わらないようです。
本当にここは千年も後の世なのでしょうか?
どうしてもそれが本当の事とは思えないのですよね。
「その者達はそんな事も知らなかったようで、その後は揉め事になったのです。
ですが剣を抜いている割には使えないへっぴり腰、そして酒場のルールも知らない。
いったいどこの誰だとなり、首を鷲掴みにして吊り上げました。
まあ、殺す気はありませんでしたが」
「それでその者達はどうなったのです?」
「途中で兵士達が来て連れて行かれ、私も連れて行かれました。
まだ食事をほとんど食べていなかったのですがね。
それはともかく、その後は兵舎に連れて行かれるのかと思っていたら、何故か神殿に連れて行かれ、訳の分からない者に会う事に」
「訳の分からない?」
「ええ。邪神をゴミだと罵る輩でした。
<混沌の種>というか<邪神の欠片>の事もゴミだとか言っていましたが、正直に言って私の印象は狂っている者。
おそらくそれが一番正しいと思います。正気には見えませんでした」
「邪神様の事をそのように申すなど許しがたい愚行ですが、なぜ神殿の者がそんな事を………」
「そもそも<邪神=悪>としているのは神殿ですよ?
どこの神殿でもそのように言っています」
「なんですって!?」
私はアッシュ殿の言葉に驚いてしまいます。
神殿の者が率先して神様を貶めるなど、あり得ないこと。
そんなバカな事が……
「事実です。千年前はいざ知らず、今や当たり前のように語られています。
ただし私達も最近は怪しいと思っていますけどね。
神殿の中には邪神の女官を殺害したという話も残っているようで、それを隠蔽する為か言い訳の為にそのような事をしているのだろうと」
「邪神様の女官を?
いえ、ですが、それは……」
「ええ。私もここに来て初めて知りました。
邪神の女官を殺したのではなく、まさか実験に使っていたなど。
むしろ己らの悪行を掘り返されない為に邪神を悪だと言っているのでしょう。
っと、話が横に逸れましたね」
そういえば、何故ここに居るのかという話だったのですね。
すっかり忘れていました。
しかし神殿が邪神様を悪だと言っているなど、本当であれば許されざる愚行です。
必ずや止めねばなりません。
「私は狂ったヤツの後に別の部屋に連れて行かれ、そこには首を絞めていたヤツが居ました。
そいつの髪は赤かったのですが、実は染めているだけで、本当は空色の髪の者です」
「空色という事は、空間の神の加護を持つのですね」
「ええ。そしてそいつが私をここに転移させた者です。
私は【転移魔法】でここに飛ばされ、そしてそこは最下層でした。
そこで会った異形の怪物。
それこそが私に殺してくれと頼んできた者であり、邪神の女官でした」
「そうだったのですか。つまり、神殿の者が貴方をここへ………
しかしいったい何故なのでしょう?」
「狂った者は私を不浄なゴミと言っていましたが、その者は白に紫の髪色です。
そして同じ髪色の侯爵家の方は、私が邪神の生まれ変わりではないかと言っていました」
「邪神様の!?」
私は驚いてアッシュ殿を見ます。
確かにアッシュ殿からは昔から感じていた邪神様の気配を感じます。
とはいえ薄く感じるだけなので、そこまでではありません。
とはいえ邪神様の気配を持つということ自体、あり得ない事ではあるのです。
ですので、そう思うのは分からなくはありません。
「リビ殿は私が神の子だと言い、このまま私が<混沌の種>、つまり<邪神の欠片>を吸収していけば何れ邪神が弱いながらも復活する。
そう言っていました」
「なんと!? 邪神様が!!」
それは素晴らしい事です。
邪神様が耐えられなくなり、砕かなくてはならなくなったという神託を聞いた時には、膝から崩れ落ちてしまいました。
あの後に酷い目に遭わされましたが、しかし邪神様が復活する可能性があるのは喜ばしい事です。
「ここに飛ばされてきた経緯はそれですが、ここがどこかは分かっていません。
まずはここを隅々まで調べてから脱出し、そして村か町まで行って情報を得なければならないでしょう。
買う物も色々とありますし……」
「そ、そうですね………」
私は貫頭衣ですし、下着も着けていません。
流石にそれはちょっと………色々と思う事もあります。
アッシュ殿がアレで私がコレだと………まるで性奴隷みたいですね?
昔は連れて歩く方が居ましたが、今はどうなっているのでしょう?
「アッシュ殿が普通の服を着て私がコレでは性奴隷のようですね。
かつては連れ歩く方が多かったですが、今はどうなっているのですか?」
「…………奴隷は居るには居ますが、国の所有物です。
それに……性奴隷など違法ですよ? 捕まったら処刑は確実です」
「あら? そんな世の中になっていたのですね。
かつては性奴隷を連れて歩くのは富豪としてのアピールだったのですが、変われば変わるものです」
「いや、アピールって……」
「変ですか? 着飾って美しくし、そして連れて歩くのです。
自分の財力と、性奴隷ですら優雅な暮らしが出来ている。
そういうアピールをする事がよくあったのですよ。
本当に虐げられている訳ではありません」
「はあ、そうなんですね」
あ、これは信じていませんね?
………という事は、額の眼で見えているのは相手の感情という事になりますか。
なるほど、相手の感情が見えるというのは便利なものが手に入りました。
これは黙っておく方が良いでしょう。
「そもそも私が生きていた時には、性奴隷との間の子供が家を継ぐというのも普通でした。
なので性奴隷として売り出されていても、決して全員が不幸だったという訳ではありません。
大抵はそこまで酷い目に遭わずに生きていました」
「そうなんですね?」
「まだ信じていないようですが、そもそも奴隷というのは財産です。
売る事もあるのですから、高く売れるようにしておくのは当然なのですよ。
なので虐めたり傷つけたりなどはしません。すれば商品価値が落ちるからです。
ですが、その建前で助かっていた者が多いのも事実」
「助かる……」
「怒っても嘆いても奴隷は無くなりません。
食べる物が無ければ売るしかない。置いていても一家全員が飢え死にするだけ。
それを避けるには子供を売るしかないのです。
そもそも私もそうやって売られた者であり、声が美しかったので神殿に買われたというだけでしかありません」
「神殿が、奴隷を買う……?」
既に奴隷が当たり前ではないから理解できないのでしょう。
奴隷が当たり前だったとはいえ、そこには正しく秩序がありました。
決して買ったから好き放題していいなどという事は無いのです。
そもそも粗末に扱えば取り上げられますからね。
「取り上げられる? 誰にですか?」
「もちろん国にです。
粗末に扱ったりすれば、場合によっては没収されかねません。
暴力などで故意に死なせてしまった場合には、全財産を国に持って行かれてしまうのですよ。
なので奴隷と言っても扱いが悪いという事はありませんでした。
むしろ注意されない自分の子に対しての方が厳しかったでしょう」
「何も罰を受けないから……ですね?
それもそれで、どうかと思いますが」
「もちろん問題になっていましたよ。
ただ、家庭内でやっている事ですから、口を挟みづらいのです。
その結果、気づいたら居なくなっているという事も……」
「殺して捨てた、と?」
私はそう聞いてくるアッシュ殿に対し、無言で首を縦に振ります。
酷い者も居ましたが、全ての者が悪い訳でもありません。
おそらくそれは時代を問わずに居るのだと思います。
時代が変わっても、そこが改善する事は無い。
生き物の本質だと私は思っていますので。




